建国

 危地を脱した我々を待っていたのは、一連の騒動で荒れ果てた大地であった。


 なんちゃってメテオの連発によって、穴ぼこだらけとなった侯爵領。問題はそこに元々存在していた田畑である。リヒテンシュタイン伯爵の言葉に従えば、侯爵領は同国においても屈指の食料庫として機能しているという。


 その大多数がメテオの影響で失われていた。


 マリグナ様を狙って外れた流れ弾が、近隣一帯をクレーターだらけにしていたのである。後日の報告によると、侯爵領の農業地のおよそ七割が削られてしまったそうな。人のいる場所こそ避けていたものの、他に気を使っている余裕がなかった。


 女神様に襲われつつのオペレーションであったので、落下させる岩石のサイズや速度を細かく確認している余裕がなかったのが原因だ。場合によっては領地のみならず、大陸にまで影響を与えていたかも知れない。


 そう考えると恐ろしい魔法だよ、飛行魔法。


 幸いであったのは、兵の進行に先立ち、田畑から人が避難していた点か。しかし、今の時期は収穫も目前であったという。おかげでこの後の展開次第では、決して少なくない餓死者が予想される。既に難民と化した領民が動き出しているらしい。


 おかげでリヒテンシュタイン侯爵領界隈は大騒ぎである。


 そうした騒動の一端は、ブナドナドナの町に戻った我々の下にも届けられた。ザック氏の知り合いの酒屋に入り浸り、例によって精霊殿やガリアーノ子爵と共に、お酒など飲んでいた時分の出来事である。


「ここの店に使徒殿がいるというのは本当か?」


 リヒテンシュタイン伯爵がやってきた。


 傍らには侯爵の娘さんの姿もある。


 争いの現場で別れてから、かれこれ数週間ぶりの再開である。彼は店を訪れると共に、金髪ロリータの姿を発見して声を掛けてきた。なんでも王城からリヒテンシュタイン侯爵家に対する処遇が決定されたらしい。


「陛下が侯爵の独立を承諾された、ですか?」


「正確には放棄と言った方が正しい。故に国から復興支援は見込まれない。侯爵の行いによって荒れ果てた土地を、侯爵の責任により放棄する、といった建前を通す腹積もりのようだ。独立の承認はそうした名目を担保する為の行いだろう」


 もう他所の国になったんだから、うちは知らないよ、ってことだろう。


 まあ、一方的に離反を受けた国側からすれば、当然のような気もするけれど。


「やはり理由は……」


「うむ、侯爵領に隣国から守るだけの価値がないと判断されたのだろう。ただし、魔法の被害を免れた土地や町、村については、近隣の貴族たちが領地を主張し始めている。おかげで宮中は大騒ぎだ。これに混じってやり合うのは、とんでもなく大変だろう」


「左様ですか」


 居合わせたのんべぇ子爵が、リヒテンシュタイン伯爵の姿を目の当たりにして驚いている。ただ、今はそうした彼の驚きにも増して、我々は驚いている。まさか王様が独立を承知するとは思わなかった。


 領地最大の魅力である農業地帯が壊滅したことで、その価値を下げたのが原因。隣国とは国境を接しているとの話であるから、わざわざ苦労してまで、何の利益も生まない土地を守るのは、割に合わないと判断したに違いない。


「つまり、リヒテンシュタイン前侯爵の娘である彼女は……」


「リヒテンシュタイン侯爵の身柄は、既に王国の預かりとなっている。近い内に処刑されるとのことだ。侯爵に組みしていたリヒテンシュタインの血族も、全員が国に捕まっている。ただし、私やエルフリーデについては恩赦が与えられた」


「この度の働きを得て、ということでしょうか?」


「そういうことだ。この点において、私は使徒殿の働きに感謝したい」


 神妙な面持ちとなり、リヒテンシュタイン伯爵は言葉を続ける。


 決して両手離しで喜べる状況ではないのだろう。


「つまり名目上は、エルフリーデが独立国の女王、ということになる」


「隣国に動きはありませんか?」


「これと言って証拠も上がっていない。我関せずを貫いているそうだ。隣国側は被害のあった土地を挟んで、幾つかこぢんまりとした町があるくらいだ。すぐに手の出せる農耕地が広がっているということもない」


「…………」


 どうやらお隣さんも、穴だらけの土地には魅力を感じていないようだ。他国に戦争を仕掛けてまで欲しい土地ではなくなった、ということなのだろう。おかげで一時的にせよ、空白地帯となってしまった侯爵領である。


「国境付近で演習を行っていた隣国の兵は、これを終えて戻ったという」


「それはまた分かりやすい話もあったものですね」


 ちなみにメルメロ様は金髪ロリボディの中に戻ってしまった。


 どこで誰が見ているか分からないので、外を表立って歩くのは控えたいのだそうな。自分の中に別人が入っているというのは、あまり気持ちのいいものではない。しかし、こちらの一存で追い出すことはできなかった。


 次は呼べばちゃんと出てくると言っていたけれど、まだ試してはいない。


 ザック氏からは幾度となく、自分にも紹介して欲しいと相談された。ただ、下手に手を出されても面倒なのでお断りしている。一方でこちらの金髪ロリータには、一度としてアプローチがない。きっと元のアラサー姿が影響しているのだろう。


 なんて分かりやすい男だろうか。


「侯爵の領地からは貴族は元より、平民も既に移動を始めている」


「…………」


 そうして語る伯爵は、とても深刻そうな表情である。


 こうなると何も残らないのではなかろうか。


 いや、穴だらけの領地と実家のお屋敷は残るか。


 彼女を家に帰すという目的を達する分には問題ないが、当初の予定とは大幅にゴールが姿を変えている。しかも原因は自身の魔法にあるから、非常に収まりが悪い結末である。今や負債以外の何物でもないリヒテンシュタイン侯爵領だ。


「だ、大丈夫です! 家は無事だったのですから、後は私が頑張れば……」


 しかも本人から、こうまでも健気な言葉を続けられてしまっては、流石に胸が痛む。


 このまま、それじゃあバイバイね、とは口が裂けても言えない。


「……承知しました」


 少しばかり目標とは違ってしまっているが、計画を改めよう。


 皆々が注目する中で、金髪ロリータは椅子から立ち上がり宣言する。


「リヒテンシュタイン王国を建国しましょう」


 前向きに考えたのなら、決して悪いことばかりではない。


 権力を傘に着てチヤホヤされる、という目標は何ら変わらない。こういう状況でこそ、ポジティブ思考。既存の国家に組みした貴族よりも、新たに立ち上げた国における貴族の方が、より大きな影響力を持てるかも、みたいな。


「ほ、本気かね?」


「本気です」


 目を白黒させて、リヒテンシュタイン伯爵が問うてくる。


 それは無理っしょ、と言わんばかりの表情だ。


 居合わせたガリアーノ子爵もまた、ギョッと驚いた表情である。


「国の代表、女王はもちろん貴方です」


 こういうのは勢いが大切だと思う。


 伯爵の隣に立っていた少女を見つめて、厳かにも伝えさせて頂く。


「私が、じょ、女王……ですか?」


「国が要らないというのですから、我々が便利に使わせてもらいましょう。田畑が失われたとはいえ、未来永劫そのままということもありません。やり方次第では、上手いこと復興させることができると思います」


 算段などまるで浮かばないけれど、きっと大丈夫。


 なんたってこちらの世界は、金のないアラサー陰キャが、美しい金髪ロリータに化けてしまうほど、可能性に満ち溢れているのだ。国土に生まれたクレーターの百や二百は物の数に入らないさ。


「……分かりました。が、頑張ってみますっ!」


「素晴らしい決断です、リヒテンシュタイン女王」


「っ……」


 予期せぬ女王呼ばわりを受けて、彼女はゴクリと喉を鳴らしてみせた。


 その挙動は無性にエロかった。


 おかげでザック氏の視線は彼女の喉元に注目である。


「よかったなっ! 家に帰れるぞっ!」


「そ、そうですよね。前向きに考えるべきですよね!」


 事情を理解しているのかいないのか。精霊殿から笑顔で言われて、新生リヒテンシュタイン女王は、戸惑いながらも拳を握ってみせた。


 酷い里帰りもあったものである。




◇ ◆ ◇




 動くなら早いほうがいい。お国の意向が変わっても面倒である。


 そうした思惑もあって、我々はリヒテンシュタイン侯爵領に所在する侯爵家のお屋敷までやってきた。共連れは新しい家主となる少女の他に、精霊殿、ザック氏、リヒテンシュタイン伯爵といった塩梅だ。


 のんべぇ子爵も誘ってはみたのだが、伯爵が怖いからと断られてしまった。あの人、以外と肝っ玉が小さい。格上の貴族が相手だとからきしだ。宅飲みをすると言って、ザックの知り合いの酒屋から去っていった。宅飲みは良いものだ。


「……ようやく帰ってきました。お父様、お母様」


 お屋敷のエントランスを抜けるに応じて、少女が誰に言うでもなく呟いた。


 感慨深そうな表情を浮かべている。


 ただ、そうして彼女を迎え入れたお屋敷に家人の姿はない。リヒテンシュタイン侯爵が捕縛されたのに伴い、お家もまた解体されてしまったようである。おかげでお屋敷はとても閑散としている。


「めっちゃデカい家だなっ!」


「そうですね」


「こういうところに住んでみたかったっ!」


「おや、そうなんですか?」


 精霊殿は屋敷を眺めて興奮している。


 たしかに大きい。


 会話の上では屋敷と聞いていたが、ぶっちゃけお城である。母屋の他にも門塔や堀、跳ね橋など、その手の構造物がそこかしこに見受けられる。それら全てが石造りであるから、やたらと荘厳な見栄えが、暖かな家庭とはほど遠い雰囲気を感じさせる。


「私、頑張って家を建て直してみせます!」


「女王様の意志が確かなものであれば、国は必ずや復興することでしょう」


「し、使徒殿……」


 ただ、少女にとってはこのお城こそが、住み慣れた住まいなのだろう。自宅に戻ったことで、何やら決意も新たに真剣な面持ちとなっていた。領地を荒らしてしまった主犯としては、申し訳ない気分が湧いてくる。


 せめて彼女の生活が安定するまでは協力したいと思う。


「本当にそうだろうか? 私は国として成り立つのか疑問だ」


 隣にやってきた伯爵が、ボソリと小さく呟いた。


 彼が言わんとすることは理解できる。


「神々の争いによって失われた領地や、近隣の貴族によって奪われた町や村などを加味すると、本来のリヒテンシュタイン侯爵領と比較した時、もはや三分の一ほども残っていないのではなかろうか。領民の数も四桁在るか否か」


 伯爵の言葉が示すとおり、件の似非メテオについては、神様の魔法、ということになっている。マリグナ様の降臨と併せて降ってきたので、大多数の人々がそういう感じで受け取っていた。メルメロ様には口裏合わせをお願いしてある。


 これにより戦犯となる金髪ロリータの社会生命は、首の皮一枚で繋がった。


 そうした意味でも、リヒテンシュタイン王国を盛り上げる必要があるのだ。帰省を実現した娘さんには、存分に女王として活躍して頂こうと考えている。そう言えばそんな事もあったねと、将来、お互いに笑い合える間柄を目指したい。


「懸念は分かりますが、今は建国を急ぎましょう」


「ならば周辺各国に宣言を行うべきだな」


「そうですね」


 他に口出ししてくる人がいないので、話はサクサクと進んでいく。


 主だって動いているのは自身の他に、伯爵と侯爵の娘さん、それとザック氏くらいだろうか。ただし、伯爵は表立っては関わっていない。彼には本国の貴族としての生活がある。なので対外的には僅か三名での建国である。


 数日後、少女の名前でリヒテンシュタイン王国の建国が近隣各国に伝えられた。


 リヒテンシュタイン伯爵から人手を借りることで、リヒテンシュタイン王国からの使者として、地理的に近しい国々に人をお送りした。使者が往復して我々の下に返事が届くのには、更に数週間を要した。


 その間の滞在先は新生女王様のご自宅である。


 人こそ消えていたが、家財道具などは残されていたので、生活するには困らなかった。食料は自分や精霊殿が北方の森から調達することで済ませた。生活必需品はザック氏がどこからか持ってきてくれた。


 おかげで同所は傍から見たら、氏のハーレムである。お屋敷を訪れた当初は伯爵も一緒だったが、彼は領地での生活があるので、自らの住まいに戻っていった。もしかしたら、ザック氏の下半身の動向こそが、最大の懸念事項かも知れない。


 そして、気になる各国からのお返事だが、本国からはこれといって何も返事はなかった。好きにしろということだろうか。一方で隣国からは、おめでとうございます、との返事があった。文面を見た伯爵は、凄く適当な内容だとこぼしていた。


 両国以外では、我関せずが三ヶ国。隣国と同様におめでとうございますのお便りを送ってきたのが二ヶ国。対外的には最低限、国家としての扱いが成されたのではないかと思われる。伯爵もそのように言っていた。


 きっと誰からも期待されていないのだろう。


 というのもリヒテンシュタイン侯爵の私兵は、今回の争いへの参加の有無に関わらず、まるっと王国側に差し押さえられてしまったのだそうな。扱いについては未定とのことだが、まさか返還されるはずがない。


 なので現在、この地は武力的に丸裸である。


 少なくとも他所から見たら。


 万が一にも領地内で新たに資源など見つかろうものなら、瞬く間に攻め込まれて属領にされてしまうだろう、というのが我々の建国を眺める人々の判断だと思う。今はただ、そこに欲しいものが何もないから、スルーされているだけ、ということだ。


 なんとも寂しい話である。

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