リヒテンシュタイン家 八

 マリグナ様を見送った我々は地上に戻った。


 同所には以前として精霊殿を筆頭に、リヒテンシュタイン伯爵や侯爵家の娘さんなど、皆々の姿がある。周囲に展開した兵たちにも、これと言って被害は見られない。その一点において、オバちゃんは今回の戦いにおいて、勝ち星を上げたのではないかと思う。


「オマエ、ぶ、無事だったのか? っていうか、そっちのは……」


 いの一番に声を上げたのは精霊殿だ。


 ピューとこちらに向かい勢いよく飛んできた。


 しかし、エルフの隣にメルメロ様の姿を目撃したことで急ブレーキ。静止すると共に表情を強張らせた。油断なく身構えた様子は、勇者様ご一行と相対していた時と比較しても、ピリピリしているように見える。


 侯爵の娘さんより背丈の小さい我らが神様は、傍目には人間の子供のように映るだろう。おかしい点があるとすれば、顔に狐のお面を被っているくらいか。しかし、彼女はその中身が人間とは異なることに気づいたみたいだった。


「お、おいっ! それもあれの仲間だろっ!?」


「たしかに似たようなものですね」


 精霊殿は警戒も露わに吠えた。


 尊大な態度が常であった彼女だから、一連の振る舞いを目の当たりにした他の面々もまた、これはどうしたとばかりに身構えて思われる。居合わせた兵たちも、我々を囲うように武器を向けている。


『あのような者と同じに扱われるとは心外だ』


「でも、カテゴリ的には似たようなものでしょう」


『それはそうだが』


 一方で我らが神様は何ら動じた様子もなく受け答えしてみせる。


 その姿を目の当たりにして、どうやら精霊殿が気づいたようだ。


「もしかして、そ、そいつがオマエの神様なのか?」


「ええ、そうです。先程の神様から助けてもらいました」


「……そうだったのか」


 精霊殿の口からほぅとため息が漏れた。


 全身の緊張を解くと共に笑みを浮かべてみせる。


「アレの仲間が来たかと思ったぞ!」


『私の名前はメルメロ。精霊がニンゲンと共に行動しているとは珍しい。それともここ数百年で、精霊の在り方にも変化が生じたのだろうか? 差し支えなければ後学のために教えてはもらえないか?』


「え? あっ、べ、別に普通だよ! 普通っ!」


「神様、こちらの精霊はお酒欲しさに、人の世に紛れているのです」


『なるほど、それはまた変わった精霊だ』


「っ……」


 横から事情を伝えてみせると、精霊殿がモノ言いたげな顔となりオバちゃんエルフを見つめてきた。いじらしい表情だ。このふてぶてしい生き物にも、自身アル中であることを恥ずかしがるだけの意識が、ちゃんと備わっているのだろうか。


「っていうか、怪我っ! 怪我は大丈夫なのかよっ!?」


 そうかと思えば、精霊殿がエルフのボディーに引っ付いてきた。


 肩の辺りをペタペタと触ってみせる。


「問題ありません。貴方の回復魔法は完璧でしたよ」


「どうしてあんなことしたんだよっ!」


「あんなこととは?」


「私のこと、か、庇っただろっ!?」


「貴方は我らが神の信徒。これを庇うのは使徒として当然の行いです」


 すぐ隣に神様が一緒だし、ここは是が非でも格好いいことを言って、ポイントを稼いでおこう。あまり深く考えずに動いていたけれど、結果的に二人とも助かったのだから、あれはあれで悪くない判断だったと思う。


「……そ、そうかよ」


「ええ、そうなんです」


「でも、二度とお酒飲めなくなるところだったぞ?」


「結果的には大丈夫だったのですから、問題はありません」


「…………」


 素直に伝えてみせると、精霊殿が神妙な面持ちとなった。


 彼女にしては珍しい表情である。


 黙ってしまった相手を眺めて、続く言葉に迷う。


 すると、ややあって先方の方から大きく声が上がった。


「し、信仰してやるぞっ!」


「……というと?」


「私もオマエのこと、信仰してやるっ!」


「いえ、私ではなく我らが神を信仰して欲しいんですが」


「そんなのどっちでも大して変わらないだろ?」


「…………」


 いやいや変わるでしょ、そう思った直後の出来事だ。


 急にエルフの肉体が輝きを帯び始めた。


 同時に全身が熱に包まれる。


 それはミノタウロスの集落でグリフォンたちに拝まれた時や、エルフの里でエルフたちに祈りを捧げられた時と同じ反応である。つまり、肉体の変化に伴う発光現象だ。これが意味するところは一つ。


『ほう、どうやら祈りが届いたようだ』


「っ……」


 誰もが一様に驚きから身を強張らせる。


 例外は神様くらいか。


 そうして皆々から注目される只中、オバちゃんの内側に生まれた熱は、段々と強烈なものになっていく。これまでにも増して暖かなものが、肉体の内側を脳天から足の先まで、激しく駆け巡るような感覚。


 時間にして数十秒ほどだろうか。


 熱が引くと同時に輝きが段々と収まっていく。


 真っ白だった視界が再び元の風景を取り戻していく。


『良かったな。その姿ならオマエの願いも叶うだろう』


「…………」


 神様の声を受けて、自らの肉体を見下ろす。


 何にも先んじて意識が向かったのは腹部だ。ここ数日、ダイエットに勤しんでいた事も手伝い、徐々に引っ込み始めていた第三のパイオツ。それが輝きの前と後で、完全に消失していた。同時に第一と第二のパイオツもまた消失。


「……これは」


 地面が近い。手足も以前より遥かにか細い。肌の色こそ変わっていないが、肉の付き方には大きな変化が見られた。身につけていた衣服がずり落ちそうになり、これを危ういところで掴み上げる。


 いよいよ胸が高鳴るのを感じた。


 ズボンのポケットからスマホを取り出す。既にバッテリーも切れてしまったそれだが、表面の画面は人の顔を映すのに十分な光沢を放っている。これを顔の前に構えて、自らの首から上を確認する。


 すると、そこには確かに美少女の姿があった。


 エルフの美少女だ。


「お、おぉ……」


 やった、遂にやりましたぞ。


 どこからどう見ても可愛らしい、金髪ロリエルフがそこにはいた。




◇ ◆ ◇




 遂にオバちゃんはオバちゃんを脱した。


 ツル、ペタ、プニと三拍子揃った、愛らしい金髪ロリに進化を遂げた。腰下まで伸びたブロンドは、くせっ毛の名残などまるで感じさせないサラサラのストレートである。そのままでも可愛いし、ポニーテールにしてもいい、ツインテールなど最高だ。


 無駄に腹部を圧迫していた贅肉はまるで感じられない。代わりにお尻や太もものあたりがムッチリとしている。耳は依然として尖っており、肉体のベースがエルフ仕様であることが窺える。また、背中にはグリフォンの羽が生えている。


 ネトゲで装備を盛りに盛ったロリキャラっぽい感じが凄くいい。


「素晴らしいではないですか、メルメロ様の力は」


『だから言っただろう、オマエの望んだ通りになると』


 よかった、神様のこと裏切らないで。


 まさかこれほどのモノが得られるとは思わなかった。パッと軽く確認した限りではあるが、この様子であればチヤホヤは確定的である。誰もが構いたくなるような金髪ロリ美少女のいっちょ上がりである。


「ほ、本当に顔の形まで変わるんだな……」


 最大の功労者である精霊殿が呆け顔でいった。


 まさかお礼を言わずにはいられない。


「ありがとうございます。貴方のおかげで私は更なる高みに至れました」


「これって信仰が増えたらどうなるんだ? なんか怖いんだけど」


「……どうなんですか?」


 精霊殿と共にメルメロ様を見やる。


 すると彼女は軽い調子で説明をしてくれた。


『ある程度は本人の意志が働く』


 よかった。その点はずっと気になっていたんだ。


 ネトゲでも猫耳やしっぽを装備するスロット数には上限があったし。


『そうでないとキメラのようなおぞましい姿になりかねないからな。また、肉体が変化するには一定の信仰が必要だ。そこの大精霊のような比較的強い力をもった生き物であれば、一体であってもこのように変化を見せるが、そうでない場合もある』


「一つ確認させて下さい。顔貌が変わったり、腹部が引っ込んだのは?」


『精霊の特性だろう。その者たちの肉体はニンゲンやエルフといった受肉した生き物とは異なる。どちらかというとゴーストなどに近しい。故に存在の力によって、自らの意図したとおり変化させることも可能だ』


「なるほど……」


 第三のパイオツが消えたのも、顔立ちに磨きがかかっているのも、精霊殿の功績によるものなのだろう。そう考えるとあまりにも彼女に対する依存が大きい気がする。今後、精霊殿との関係は自身にとって何よりも大切なものとなるだろう。


 美味しいお酒とか、今のうちに探しておいたほうがいいかも知れない。


「おかげで心置きなく、使徒としての仕事に励むことができそうです」


『そうするといい』


 しかしながら、その前にまずは洋服だ。


 町に戻って可愛らしい服を買い込もう。個人的にはゴスロリがいいと思うんだ。やっぱり金髪ロリになったらゴスロリだろ。白ゴスもいいし、黒ゴスも素晴らしい。赤ゴスや紫ゴスも試してみたい。お金には余裕があるから、欲しいだけ買い込もう。


 やばい、この後に待っている何もかもが楽しみだ。


 世の中の美女、美少女たちは、こんな喜びの中で日々を生きているのか。


 なんてズルい。


 こんなのズル過ぎる。


「さて、それでは町に戻りましょうか。凱旋です」


 皆に語りかけるように、場を代表して金髪ロリが言う。


 すると、間髪を容れずに待ったの声がかかった。


「使徒殿。口を挟んで申し訳ないが、そう簡単にはいかない」


 リヒテンシュタイン伯爵である。


 彼はがしっと金髪ロリの肩を掴んで言った。


「あれを見て欲しい」


「なにか?」


 促されるがままに視線を向けた先は、延々と広がる農業地。いいや、正確には元農業地。メテオスウォームの影響でクレーターまみれと化した、畑のはの字も見つけることが出来ない月面さながらの一帯。


「……これは大変なことになるぞ、使徒殿」


「…………」


 やっぱり、なかったことにはできないようだ。

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