第二話⑤

 客にふんしたあの男たちが、アドラスさんの命を狙っていることだけは確かだ。しかし男たちのたたずまいは、いずれもならず者然としていて、携えているのも長剣など近接武器ばかり。お世辞にも、錬成薬のような高価な代物を扱う人々には見えない。

 それに錬成薬を用いた方法も稚拙だし、失敗の気配を感じ取ったとたん、荒々しい手段に切り替えるなんて慎重さにも欠けている。彼らは一体、何が目的なのか。

「お前たち、あまりれていないようだが何者だ? 俺の殺しでも依頼されたのか」

 男たちはアドラスさんの問いに、へらへらとあざけるような笑みを浮かべた。その中で赤ら顔の男が、大きくうなずく。

「そんなところだ。金払いのいいだんに、『アドラスという男に薬を盛ってくれ』って声をかけられたんだよ。──ああ、勘違いするなよ? 俺たちは毒なんざ使わなくても、一人るくらい問題ねえと言ったんだぜ? だが依頼人の方が、まず毒を使えと言って聞かなくてよ。お前、何をやらかしたんだ?」

「前金はいくらだ」

「はあ?」

 アドラスさんの唐突な問いに、男たちは顔を見合わせた。そんな彼らに、アドラスさんは淡々と語り出す。

「実はこれまでにも、何度か襲撃を受けているんだ。それなのにいくらやっても俺が死なないものだから、お前たちの依頼人は毒を持ち出したのだろう。ちなみに前回の連中は、一人あたり銀貨十枚だと言っていた。お前たちは、いくらで雇われたんだと聞いている」

「……」

 男たちは沈黙した。少しの困惑が、薄汚れた顔に浮かんでいる。その様子にアドラスさんはニヤリと笑った。

「さてはお前ら買い叩かれたな? 無駄に大所帯だからな。せいぜい一人銀貨二枚といったところか」

「てめえ……」

「その程度では治療費にもならないだろう。見逃してやるから、よその店で飲み直してこい」

 十人もの武装した人々を前に、アドラスさんの口ぶりはどこまでもごうだった。

 これには私を含めた全員がぜんとして、言葉を失う。

「……状況が分かっていねえようだな。俺たちはガキの生死なんざどうでもいいんだぜ」

 と言いながら、赤ら顔は私に視線を流す。

「このあとツレの姉ちゃんに優しくしてやれるかどうかも、お前の態度次第だろうな」

「分かった、そう殺気立つな」

 アドラスさんは軽く答えて、腰元の剣帯を外した。剣をさやに収めたまま、男たちに見せつけるように片手で掲げる。そして──

「リコ、同時だぞ」

 そう言って、剣を床に放り投げた。剣は緩い線を描いて落下し、木造りの床とぶつかり合って鈍い音を鳴らす。

 ──それが、合図だった。

 まずアドラスさんが、手近なテーブルをちゆうちよなくり上げた。

 突然宙を舞ったテーブルと真正面から衝突し、木片をき散らしながら二人の男が同時に倒れる。続けて降り注ぐは骨つき肉の雨。

 その一方では、リコくんが小さな体を器用にひねり、自身を摑む大男の急所に、かかとを容赦なくめり込ませた。

「ぐうっ!」

 あっさりとリコくんを手放して、大男はうずくまろうとする。哀れなことに、その隙だらけな体はアドラスさんに荒々しくつかまれ、力任せに放り投げられた。

 テーブルに次いで大男も宙を舞い、幾人かの仲間を巻き込みながら、食堂の床にどさりと落下する。食器と家具がひっくり返ってかき鳴らすそうおんが、夜の宿屋にけたたましく響き渡った。

 そうして息をつく間もないうちに、襲撃者たちは半分にまで数を減らしていた。残った男たちは、仲間たちの惨状をぽかんと眺めて立ち尽くしている。

 数人がやっと事態を飲み込んで、アドラスさんにりかかろうとするが、次の瞬間には蹴られ殴られ投げ飛ばされていた。破れかぶれに刃を振り下ろした男も、ひょいとかわされ、代わりに重いこぶしあごに食らう。

 首領格とおぼしき赤ら顔の男は、はじめこそやる気たっぷりに抜き身の剣を構えていたものの、床の上に次々と折り重なっていく仲間たちを見て、考えを改めたらしい。とうとう自分が最後の一人となると、踊るように身を翻し、出口へと駆け出した。

「リコ!」

 アドラスさんが呼びかけると、壁際に退避していたリコくんが、素早く左手を振りかぶる。

 彼の指先からはぎらりと光る刃が放たれ、逃げ出した男のしりに深々と刺さった。

「ぎゃ!」

 短い悲鳴をあげて、男は前のめりによろめく。

 そこをすかさずアドラスさんが押さえつけ、拳を打ち込んだ。次いでぽいっと投げれば、再び派手な物音を立てながら、赤ら顔も仲間たちの上に積み重なる。

 こうしてアドラスさんは、まるで荷を片付けるような手軽さで、剣も抜かずに刃物を持った男たちを制圧してしまったのだった。

「リコ、なんだこれは」

 赤ら顔の男の尻から、アドラスさんが刃物を抜き取る。よく見れば、刃物の正体はただの食事用ナイフだった。この宿のものではなく、手持ちのじゆうのようだ。

「食事に使うものを男の尻に投げるなよ。飯を食う度嫌な思いをするだろうが」

「僕だって嫌ですよ。でも、とうてき用のナイフを切らしちゃったんです。補充するお金もありませんしね」

 そんなやり取りをする彼らの様子は、食事のときと大差ない。まるでこの波乱は想定内だったかのように、涼しい顔で軽口をたたき合っている。

 一人訳も分からず圧倒されて、散らかり尽くした食堂を眺めていると、アドラスさんは思い出したように私の方を振り返った。

「ヴィー、怪我はないか」

「え、ええ。お陰様で」

「騒がしくして悪かったな。驚いただろう」

 それはもう、びっくりである。

 声に出さず何度も首肯すると、アドラスさんはやれやれと言いたげに肩をすくめて、広がる惨状を見渡した。

「これが、俺が皇子であることを否定したいもう一つの理由だ」




 あんな騒動のあとだったけれど、「いまさら焦っても仕方ないだろう」というアドラスさんの意見により、私たちはそのまま宿に一泊することになった。女将おかみにはだいぶ渋られたものの、食堂の片付けを手伝うことでなんとか宿泊続行を許してもらえた。

 お金がないので、部屋は三人で一つ。

 唯一の寝台は私に宛てがわれ、ついたてで仕切られた先の床で、アドラスさんとリコくんが寝袋を広げて休んでいる。彼らは何も言わないが、交代で扉前を見張ってくれているのは、物音で察することができた。

 ……一人柔らかな布団で横になるのは心苦しいけれど、彼らの足を引っ張らないためにも、今はしっかり休息をとるべきだろう。

 ぎゅっと目を閉じると、騒動後の会話が思い出される。

「俺がエミリオだと、色々と不都合のある人物がいるようでな」

 床に転がる襲撃者たちを宿の外に放り出したあと、散らばるテーブルと椅子を運びながら、アドラスさんはそう切り出した。

「グレイン領を抜け出したとたんに、ああしたお命ちようだいという連中がひっきりなしに襲いかかってくるようになった。襲撃者たちはどいつも現地のごろつきで、みな口を揃えて『見知らぬ男に前金を握らされ、お前を殺せば報酬をやると言われた』と言っていた」

「人を使った暗殺、ということですか。依頼者に心当たりは?」

「ありすぎてよく分からん。突然現れた皇子候補を殺したい人間など、掃いて捨てるほどいるだろう」

「ですが現皇帝陛下には、何人もお子さんがいらっしゃいますよね。アドラスさんが一人増えたところで、大きな問題にならないのでは?」

「エミリオは、十番目に生まれた皇帝の子供なんだ」

 その返答にしっくりこなくて首をかしげると、アドラスさんが補足してくれる。

「帝国皇室には、『帝位継承権保持者は十人まで』という古い鉄則があるんだ。それに準じて現在、各継承権は生まれた順に、十人の皇子皇女に付与されている。そこに、『我こそは十人目の皇子なり』と名乗りをあげる人間が現れたらどうなる?」

「なるほど。それは大波乱ですね」

 それでは、継承選における勢力図が一気に崩壊する恐れがある。アドラスさんを排除したいと考える人間が現れてもおかしくはない。

「おまけに現在皇帝陛下は体調が芳しくないそうで、政務を臣下に任せて療養しているらしい。関係者には、俺が皇帝不調の隙に継承者の中に紛れ込もうとする野心家に見えることだろうな」

 想像をはるかに上回る深刻な事態に、ほうきを持つ手が止まった。するとすかさず調理場から女将のせきばらいが聞こえてきて、慌てて片づけを再開する。

「現十番目の方は気が気でないでしょうね。アドラスさんが十人目だと認められてしまったら、自分は次期皇帝候補の枠からはじかれてしまうのですから」

「そうだな。この度重なる襲撃も、十番目の派閥の人間が仕組んでいるのかもしれない」

「それなのに、どうして彼らを逃したんです」

 換気のため開け放たれた扉に目を向ける。

 先ほどの襲撃者たちは、全員逃してしまった。彼らが有益な情報を持っているとは考え難いけど、仕事を持ちかけたという人物の特徴くらいは聞き出せたかもしれないのに。

「……現十番目はフェルナンド皇子という。祖父がアルノーズ侯爵という大物で、継承権保持者の中では一番若いが、次代皇帝の有力候補らしい。そんな方々を表立って敵に回しても後が大変だろう? 俺は別に、犯人探しをしたいわけではない。生きていられるなら、それでいいさ」

 そう答えるアドラスさんは、苦笑を浮かべているのだった。

「……」

 回想を終えて、ベッドの中で寝返りを打つ。

 アドラスさんを取り巻く状況は、想像の何倍も複雑だった。彼が平穏を取り戻すためには、命を狙ってくる人間たちから身を守りつつ、自分は皇族の人間ではないと証明する必要があるという。そんなことは可能なのだろうか。そもそも、アドラスさんは本当にエミリオ皇子ではないのだろうか。

 疑問はあふれかえるけど、しばらくして私は思考を途絶することにした。

 無意味な思考は時間の無駄だ。それならさっさと眠ってしまえ。

 ……先生の、教えである。

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