第三話①

 宿場町を出てから数日。アドラスさんの命を狙う人間たち(と、一応神殿)の追跡をくため、私たちは人通りの多い街道から外れ、山道、獣道、道無き道をひたすら突き進んだ。

 それでも一度、ようへい崩れの一団からの襲撃を受けた。アドラスさんが返り討ちにしたのち縛り上げたところ、「見知らぬ男に頼まれた。前金は三十万だった」と彼らは白状した。それを聞いて「そこそこ値上がりしたな」と満足そうにうなずくと、アドラスさんは襲撃者をあっさり解放してしまうのだった。

「なぜこれほど襲撃に失敗しておきながら、敵は手段を変えないのでしょう」

 山道を転げるように逃げていく襲撃者たちの背中を見送りながら、そんな疑問が私の口をついた。

「敵は本当にアドラスさんを殺害する気があるのでしょうか。前回だって、錬成薬なんて高価な物を持ち出しておきながら、使った人員はならず者同然の人たちでした。こんなことを繰り返すくらいなら、熟練者を雇えばいいものを」

「そうなると、俺が困るのだがな」

 アドラスさんは冗談めかして笑うと、襲撃者たちが消えた先へと視線を送った。

「もしかすると、襲撃を手配している人間は、これ以外の手段が取れないのかもしれん。あるいは、自分がひどい失敗をしているという自覚がないのか」

「そんなこと、ありますかね?」と言って首をかしげるのはリコくんだ。

「これだけやってもアドラス様が死なないとなったら、普通はやり方を変えようとするのでは」

「指示が下されても、報告が上がっていないという可能性もある。上からの声はあまねく大地に響いても、下々の声はなかなか天上に届かないものだからな」

 そう答えるアドラスさんの言葉には、皮肉な響きがこもっていた。

 ──一応、それが最後の襲撃だった。その翌日には、私たちはグレイン領領主が治める町の市壁を目の当たりにするのだった。

 町に近づくにつれ、道はにぎわいを増していく。町の入り口である正門が見えてきた頃には、荷車と人で往来は混み合い、足を止めねばならないほどになった。

「すごい人ですね。グレイン領がこんなに流通の盛んな地域だとは知りませんでした」

「いや。普段はもっとのどかなんだがな」

 アドラスさんは、人混みを前に渋面を作る。リコくんも難しい顔で、主人を見上げた。

「アドラス様、一度離れますか」

「いや、このまま行こう。……伯父おじ上め、まだあきらめていないのだろうか」

 なにやら穏やかならざる空気が、二人の間に漂った。どういうことかとたずねようとしたところで、男性の声が路上に響き渡った。

「正門では通行証の確認を行う! 荷もその際にあらためるので、みな用意しておくように!」

 声のする方を見れば、人混みの脇で兵が人々に呼びかけていた。それを聞いて、周囲の人々は証書の在りを確認するように、懐をまさぐり始める。

「いまさらですけど、私、身分証も通行証もありませんよ」

 あるのはこの身一つである。あとは一切合切、神殿に置いて来てしまった。

「通行については大丈夫だ。俺の連れだと言えばどうにでもなる。そもそも、普段は正門など日中開きっぱなしで、ろくな検問もしていないのだが……」

 相変わらず渋い顔のまま、アドラスさんは私の顔をじっと見た。

「君が聖女──いや、神殿の人間だということは、隠しておいた方がいいかもしれん。適当にごまかそう」

「それは構いませんが」

 聖女の称号なんて、がれかけの看板も同然だ。別に名乗りたいとも思っていない。

 しかし、私の能力は〝神殿の保証〟があるからこそ成り立つもの。私がただの一般人であったら、部屋の隅を指差して「あそこに女の霊が視えます」と言っても、人々からは痛々しい女として処理されるだけだ。

 一応は亡くなったお母様の霊を確認するという名目でこの地まで来たというのに、それでいいのだろうか。

 疑問を抱えたまま、ゆるゆると列を進む。そしてとうとう、検問の順番が回って来た。

「旅行者か。身分証の提示を……ん? おい、アドラスとリコじゃねえか」

 兵の一人が、アドラスさんの顔をのぞき込んで目を丸くした。

 彼の驚きの声に、周囲の兵たちが「どうかしたか」と振り返る。それに慌てて「なんでもない」と返しながら、彼は大きく首を振った。

「フリード、久しぶりだな」

 とアドラスさんは気安そうに声をかける。

 それに兵士はむすっとした表情を作り、声を抑えて苦言をもらした。

「久しぶりだな、じゃねえよ。お前、どうして戻ってきた?」

「色々あってな。ところで、妙に領内へ入る人間が多いようだが、もしかして伯父上はまだ……?」

「その通りだ。お前が消えたあとも、領主様は諦めちゃいなかったぜ。今も領主様の声かけに応じた東部貴族が、屋敷に集まっているって話だ」

「それは泣きたくなってくる情報だな」

「困った話だよ。噂を聞きつけた傭兵崩れやならずものまで仕事欲しさに流れ込んできて、領内はピリピリしてら。……本当にいいのか? 今ならまだ引き返せるぞ」

「仕方ない。俺が消えても事態は好転しないようだからな」

「そう言うなら止めはしないけどよ」

 会話の意味を理解できないけれど、どうやらアドラスさんの伯父──この地の領主グレインきようによって、町の中は妙なことになっているらしい。それも、好ましくない方向に。

 彼らの会話に耳をそばだてていると、兵が私に気づいてアドラスさんをひじで小突いた。

「おいアドラス、誰だよこのべつぴんさんは。一体どこのお姫様だ?」

「彼女はヴィーだ。リコの腹違いの姉らしい」

「え」

 いきなり妙な設定を振られて、ぎこちない声が出てしまう。これが、彼が言うところの〝適当なごまかし〟なのだろうか。私の隣では、リコくんが口を広げて絶句していた。

「腹違いの姉だぁ?」

「ああ。彼女とは、たまたま出先で再会してな。弟が暮らす町を見てみたいというので、連れてきたんだ」

 無理のある台詞せりふおくめんもなく言ってのけて、アドラスさんはこちらに目配せをする。こうなっては首を振ることもできず、私も「弟がお世話になっております」と精一杯姉らしく頭を下げた。

 私をじとりと眺めながら、フリードさんはあごでる。きっと私がリコくんの姉であるとは、露ほどにも思われていないのだろう。

 だがやがて、彼は「仕方ねえな」と肩をすくめる。

「そういうことにしてやるよ。じゃ、通りな。中は柄の悪いよそ者がうろうろしているからよ。ヴィーさんをちゃんと守ってやれよ」

 こうして私たちは、フリードさんのお目こぼしに甘える形で市壁の正門をくぐり抜けたのだった。

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