第二話③

「降霊術とか、そういう方法は」

「それ、禁忌魔術です」

 精霊を召喚し従える精霊魔術は広く用いられているけれど、人の霊魂を召喚・使役する行為は悪とされ、研究を固く禁じられている。死者をもてあそぶことなかれ、ということだ。

 一度禁忌に手を出せば、その後は異端狩りから追われる日々が続くことになる。ただでさえ神殿から逃亡している今、これ以上追手を増やす行為は控えておきたい。

「それに、よしんばお母様やクレマ妃の霊にお会いすることができたとしても、目的の言葉を聞き出せる保証もありません。肉体という外殻を失った魂はひどく不安定で、まともに会話もできないことがほとんどですから」

 懲罰房で出会った、あの霊のように。

 私がそこまで言うと、アドラスさんとリコくんはお互い顔を見合わせて、もう一度私を見た。彼らのきょとんとした表情に、少しだけ心が痛む。

「私にできることと言えば、そこらを漂う霊や精霊、魔力現象を視ることと、彼らの独り言を盗み聞きすることくらいで。運良くお母様かクレマ妃が霊になっていて、運良く私たちの前に現れて、運良く会話可能なほどに安定していらっしゃれば、お役に立てるかもしれませんが……」

「なんて限定的な」

 リコくんが思わず言葉を漏らして、はっと気まずそうに口元を手で覆った。

 彼の発言は至極当然なものだし、長年言われ続けてきたことなので、私は特に気にならない。

 一方のアドラスさんは、やや当てが外れたような顔をするものの、特に落胆することもなく頰をいた。

「そうか。霊にしやべらせる作戦なら絶対に上手うまく行くと思ったが、意外と制約が多いのだな」

「ええ。こんな調子だから、聖女位もはくだつされそうになったわけでして」

「だが、全てが都合よく進んで話を聞き出せる可能性はまだある。まあ、まずは試してみよう。悩むのはその後でもいい」

「……」

「どうかしたか」

「いいえ、なんでも」

 首を振るが、内心では驚いていた。

 神殿に忍び込み収監中の聖女を連れ出すなんて、かなりの覚悟がいるはずだ。それなのに、当てにしていた私の能力が期待外れで、この人はがっかりしたりしないのだろうか。

「まずはグレイン領へ向かおう。十八年前に亡くなったクレマ妃は望み薄だが、一ヶ月前に死んだ母ならまだ庭先あたりをうろついているかもしれん」

「その言い方は、ちょっとどうかと思います」

 とリコくんが主人をいさめる。

「それに、もしマルディナ様がいらっしゃらなかったら、そのときはどうするつもりですか」

「帝都に行くしかないだろうな。あまり気乗りしないが」

「……行けますかね。そもそも、グレイン領は大丈夫なのでしょうか」

「問題ないだろう。さすがに俺が不在の状態で話を進めるなど不可能だろうし」

 なにやら主従が深刻そうな面持ちで語り合う。彼らには、他にも色々と厄介な事情があるらしい。

 深くたずねてみてもいいものか少し迷っていると、女将おかみが杯を手にして、再び私たちのテーブルに戻ってきた。

「はい、追加のビールだよ。一杯でいいんだよね?」

「ああ、ありがとう」

 アドラスさんは杯を受け取り、さっそくビールに口をつけようとする。

 私はなんとはなしに、その様を眺めて──がね色の液面から、紫の光が立ち上るのに気がついた。

「──!」

 身を乗り出して、両手で彼の手首をがしりとつかむ。突然のことに、アドラスさんはぎょっとして顔を上げた。

「ど、どうした?」

「アドラスさん、いけません」

 顔を近づけ、ささやくように声を抑える。

「その杯、何か入っています」

「……」

 私の言葉にまゆを上げると、アドラスさんは慎重に鼻を杯へ近づけた。

「……どういうことだ。おかしなにおいはしないし、異物の混入もなさそうだが」

「液面に魔力のざんが視えます。それ自体に魔術がかけられているか、もしくは魔力を含んだ錬成薬が混入しているのではないかと」

 だとしたら、まだ近くに薬を盛った犯人がいる可能性が高い。ここでこちらが勘づいている素振りを見せるのは得策ではないだろう。

 私はアドラスさんの隣に移動して、彼に話しかけるふりをしながらもう一度液面を凝視した。やはり、湯気がたつ程度の魔力がはっきりと視える。

「そんなものまで視えるのか」

「魔力ならなんでも視えるわけではありませんが、錬成薬のように、魔力を凝集させたものなら大体は目視可能です」

「錬成薬……ということは、毒、でしょうか」

 リコくんは表情こそ動かさないものの、不安で声を震わせた。

 ──錬成薬。それは単なる調合薬とは異なり、魔術で錬成された薬物のことを言う。一般にはなかなか出回らないほど希少で扱いの難しい代物ではあるが、効果をもたらす臓器を限定したり、効能を倍増させたりすることができるなど、その可能性は多岐にわたる。

 ただ、実際は苦しむ病人よりも陰謀を抱く人々に需要があるようで。

 闇市場では、味や香りを消した毒性のある錬成薬が高値で取引されていると、以前聞いたことがある。

「どんな効果のものかは分かりません。でも、わざわざこっそり入れている以上、体に良からぬ影響があることは間違いないと思います」

「ま、毒だろうな」

 アドラスさんが面倒そうに両肩をすくめる。その断定的な物言いに引っかかりを覚えつつ、私は食堂内をそれとなく見回した。

 笑い合う酔っ払いたち。リュートをつまく男。せわしなく料理を運ぶ女将。一人で皿をつつく訳あり風の男性。全員まとめて、十人前後。

 ──この中に、毒を盛った犯人がいるのだろうか。

「分かるか」

 短いアドラスさんの問いに、「自信はありませんが」とあいまいに答えて、私は立ち上がる。

「とりあえず、まずは検討してみましょう」

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