第6話
線香花火を楽しんだ翌日は、晴れやかな夏の陽気に少しばててしまいそうなほどの暑さです。そんな中、明日の七夕に向けて村長の家の掃除を、近所の人たちと行います。裏に住む染め物職人の花守さんや、義理堅い漁師の片蔵さんが手伝いにやってきました。
「おめーたち、おらの掃除を手伝いに来てくれてありがとうな。
村長の指示でみんなは一斉に動き出します。子供たちはまず蔵の物を丁寧に運び出します。たまに
「痛っ!」
黒斑は何かに触れた瞬間、片方の指先が真っ赤になって火傷をしていました。
「大丈夫か!?」
卯之助が見たものは、お札が貼られ、太い組み紐で縛られた箱でした。卯之助は恐る恐る触ってみますが、なんともありません。
「黒斑は指冷やせ。俺っちが持っていく」
「……ありがと、にゃ」
あまりの痛さに目には涙を浮かべていました。近くの川辺で濡らした長布をもらい、指先をよく冷やしました。その後、村長に箱を持っていきました。
「村長、こんな箱見つけた」
「ほう! 蔵にあったのか。歳を取ると
如何わしい箱を村長に見せると、ずっと探していた物をようやく見つけたように目を丸くしました。
「これはな、あらゆる魂を封印するための道具でな。物ノ怪に渡らないよう札を貼って結界を作っているのじゃ。黒斑はこれに触って火傷を負ったのじゃろう」
「痛い……」
「先祖代々守ってきた物じゃからのう。黒斑はしばらく休んでおれ」
「どうかされましたか?」
染め物職人の花守さんが様子を見にきました。花守さんは目が開いているのか開いていないのか分からないほどの細い目をしておりますが、とても優しい人です。
「黒斑が怪我をしてしもてのう。花守や、代わりに蔵の掃除を頼めるか?」
「村長のためならなんなりと。黒斑さん、お大事になさってください」
花守さんと目を合わせた瞬間、黒斑は背中に虫が走ったような気持ち悪い感覚が襲いました。
(悪い物ノ怪!)
黒斑は咄嗟に卯之助の後ろに隠れました。おやおや、と言いながら花守さんは笑って蔵の方に行きました。
「どうしたんだよ、黒斑」
「あいつだにゃ、悪い物ノ怪ってやつ」
「花守さんは良い人だぞ? 憑いているようには見えなかったけど……」
「いんや、黒斑の言う通りじゃ」
村長は二人を連れて御神木のうろに行きます。御神木のうろは悪いものを寄せ付けない力を持っているからです。
「これはな、
「その封魂の筆が物ノ怪に渡っちまうと、どうなるんだ?」
「使い方に人間も物ノ怪も区別は無いのじゃ。この筆で名を書かれた者は封印を破らぬ限りは永久に閉じ込められる」
その話を聞いて、黒斑はふとあることを思い出しました。
「そうだ。おいらの世界の妖狐らが騒いでた。妖狐の親分が人間の世界で捕まってずっと見つからなかったけど、ようやく見つかったって」
「うむ。おそらく御本尊様の足元に封印されているのは妖狐の親分じゃろう。良いか二人とも。決してこの筆を妖狐らに渡すでないぞ」
二人は大きく首を縦に振ります。
それから三人で村長の家に戻ると、蔵の中の物は全て外に運び出され、協力しあって掃除をしていました。全員で日が暮れるまで蔵と家の掃除を行いました。帰る頃にはみんなすっかりへとへとになっていました。
「みなさん、握り飯ができましたよ」
遠くから卯之助の母親と数人の女性が大きな平たい器を持ってきました。卯之助は恐る恐る母親に近づきますが、母親はぎろりと睨んで近づけさせません。
(おっ母、どうしちゃったんだよ……)
卯之助は別の女性が持っている器から握り飯をもらい、川辺で一人食べることにしました。
「卯之助、元気ない。疲れたのか?」
「ううん。俺っち、おっ母に完全に嫌われたみたいだ」
「それは違うぞ。お前のおっ母は憑き物に乗っ取られているだけだ。おいらが絶対、お前のおっ母も花守さんも助けてやるからな」
「黒斑……」
やる気に満ちた黒斑の目を見ると、卯之助もへこたれまいと背筋を伸ばしました。
「なんか黒斑がいると安心するな」
「そそ、そんなことないにゃ! おいらはただ迷惑掛けてる分を返してるだけにゃ」
「なんでそんな照れてんだよー。それにまた『にゃ』って言ってる!」
そういうと卯之助は意地悪をするように黒斑がくすぐったいと思うところに優しく爪を立ててわしゃわしゃと動かします。
「く、くすぐったいにゃ! 止めるにゃー!」
――卯之助の母が住まう家にて。
「首尾はどうじゃ」
「お疲れ様にございます、
「そうか。我等の悲願、ようやくこの月に叶えられそうだ。気を抜くでないぞ。我が半身」
「はい」
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