第5話

 雨に降られ、風呂に入れられ、散々な目に遭った黒斑は疲れて寝ていました。昼の雨は夕方になるとすっかり上がっていて、今は夜空にたくさんの星が輝いています。夜空を見ながら縁側で食べるすいかはとても美味しく、卯之助と村長は三日月型のそれをむしゃむしゃと頬張っています。

「村長。どうして黒斑をここに置いてやるんだ?」

「なんじゃ? おめえはあやつを自分のいる場所に帰したいのか?」

「そういうわけじゃないけどさ。物ノ怪を嫌う婆様ばさまが、自分の家に泊めてやるなんて珍しいからさ。近いうちに雪でも降りそうだなーと思ってさ」

「お告げじゃよ。先月の祭りの前に術を使って、対話をしたんじゃ。そしたら悪い物ノ怪を消すためには、子供の物ノ怪が必要だと言われたんじゃ。だから黒斑が偶然、人間の世界ここに来たのも、何かの縁じゃなかろうかと思うての」

 ふーん、と言いながら卯之助は呑気にすいかを齧ります。

「じゃがのう、やはり嫌いなものを急に好きになれというのはいささかしんどいものじゃ。だから卯之助が居てくれて助かってるんじゃよ」

「俺っちは別に、黒斑が心配だから一緒に居てやってるだけだい」

「ほっほっほっ、そう照れることでもないじゃろう。ーーそうじゃ。この間、旅商人から珍しいものを頂いてのう」

 よっこいしょ、と重たい腰を上げた村長は、引き戸の中から四角い細い筒を取り出しました。その中からさらに細い糸を束にして巻いたようなものが出てきました。

「なんだこれ?」

「これは線香花火と言っていたのう」

「花火? 花火は空に打ち上げるものじゃないのか?」

「手元で楽しめる花火を作りたいと、遠くの地に住む人が作ったらしくてのう。火を付けると中の火薬が段々と丸まって、火花が飛び散るらしいんじゃ。それを旅商人が大層自慢しておったわい。ほれ卯之助、やってみい」

 卯之助にその一本を渡すと、不思議なものを舐め回すように窺いました。村長は火の付いた手持ち蝋燭を縁側の足元に置き、線香花火を一本手に持ってゆっくりと火薬に火を付けました。すると火薬は段々と丸まっていき、ばちばちと音を上げながら火花を散らします。それは小さくて丸い菊の花が力強く咲いているように見えました。

「おお……! 俺っちもやる!」

「こりゃあたまげたのう」

 二人が線香花火を楽しんでいる後ろでは、燃える匂いで黒斑が目を覚ましました。寝ぼけ眼を擦りながら縁側に座ります。

「うわー、この光ってるのはなんだ?」

「線香花火っていうらしいぞ」

「おいらもやりたいにゃ!」

「その手で掴めるのか?」

 確かに猫又の姿では掴めなさそうな細さの線香花火ですが、黒斑は上手いこと指に挟んで巻きました。

「ほう、器用じゃのう」

「えへへー。これをどうするのにゃ?」

「こうやって先っちょに火を付けるんだ」

 卯之助は先ほど村長がやっていたように、先端に火を付けました。黒斑も続いて火を付けます。次第にばちばちと音を立てて花を咲かせますが、卯之助の方は火薬が玉になる前に落ちてしまいました。

「あ! 俺っちの花火が!」

「そんなに焦らんでもええじゃろう。ほれ、これ使え」

 卯之助がわたわたしている間に、黒斑は村長より大きな線香花火を咲かせていました。

「綺麗だにゃー……」

「よーし、俺っちも黒斑よりおっきな花火にしてやる!」

 卯之助は張り切って線香花火に火を付けますが、大きくなる前に火薬が落ちてしまいます。

「卯之助は元気が良すぎるんだにゃ。もっと静かに待つにゃ」

 村長の縁側は星空の下で花火と笑顔を咲かせました。そんな楽しい時間を過ごしているうちに、黒斑は物ノ怪の世界帰るべき場所へ帰りたくないと強く願いました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る