スマイル

デジ砂

読み切り

「口裂け女と動画つくりたいな。例え嘘でも」

 ヘッドセットをつけた俺が、ぼんやりとパソコンのカメラにむけて呟く。ビデオ通話が繋がっているパソコンのモニターには、マスクをつけた目元涼しい女性が映っている。彼女は画面越しに少し笑って、答える。

「三木君。それって本気?」

 名前を呼ばれた俺は少し声のトーンを上げる。

「本気っすね、本気。これだけ皆マスクをつけているなら、ひとりくらい出会いそうじゃないですか――――口裂け女。そう思いませんか? スマイルさん」

俺は天井を見上げて言ったが、女性――通称スマイルさんからは反応はなかった。いつもの笑い声が聞こえない。

 沈黙が続き、ヘッドセットの位置をずらす。安いヘッドセットを買ったせいか、サイズが合わず、耳が痛い。そういえば、スマイルさんは部屋でもマスクをしている。顔バレを警戒しているのだろうけど、耳とか痛くならないのかな。

 ふと、気になった俺が、彼女の方を見ようとして。

「わかった、それにしよう。そろそろ落ちるから。細かい内容は後日連絡するね。あと、直接会う約束の返事を期待しているから」

 その言葉を最後に、彼女からのビデオ通話は切られた。

 こうして、次回つくる動画の企画が決まった。スマイルさんと俺が共同制作して、動画サイトに投稿する予定だ。

でも。

「最後、スマイルさんちょっと機嫌悪かったなー。やっぱ、人と話す時は目を合わせてしゃべった方がいいな」

 反省点を述べつつ、『口裂け女』についてネットで検索をかける。

 口裂け女。恐らく、最古の都市伝説であろう。

 簡単な概要としては、こうだ。

 夕方。マスクで口元を覆った女が、下校中の子供に対して「私、キレイ?」と問う。

子供は「キレイ」と答えるが、マスクをとり、口が裂けた姿を見せる。

そして、「これでも」と問い詰める。子供が無言なら、鋏や包丁で襲うという都市伝説だ。

「突っ込みどころが多すぎる」

 これが検索しての、純粋な俺の感想だった。

 時代背景が違いすぎて、正直共感できない。

 監視カメラ張り巡らされて、子供が防犯ブザーを常備し、些細なことでも不審者情報で晒されている。この情報化時代では無理なのだ。口裂け女やこの都市伝説が存在する、ということは。

「……やっぱりやめるべきなのか」

 長時間作業をしているせいか、疲労がでている。その証拠に手の神経が痛み、頭も動かない。パソコンに向き合い続けたからだろう。

 パソコンの電源を切ろうとする。その直後にパソコンのメールが届く。差出人はスマイルさんだ。内容は、

『こんばんは。さっきはいきなり落ちてごめんなさい。やっぱり私の素顔が気になるよね。だから画像を添付します。見たらすぐ消してくれると助かります』

添付画像を見る。マスクを外した彼女は美人さんだった。だが、口元は、笑っていなかった。

「…………」

 少し放心した後、手元を見るとマウスを動かしていた。無意識に。

 そのマウスカーソルは、スマイルさんの口元の場所を「笑う」ように画面上でなぞっていた。

 恐怖を感じ、パソコンの電源ボタンを押し、強制終了させる。パソコンデスクに置いてあった睡眠導入剤を水なしで噛むように飲み込む。

俺は椅子からベッドにすぐ移動して、寝転ぶ。意識が落ちかける。動揺して乱れる脳内を疑問で固定させる。現代に口裂け女はいるのだろうか。そもそもなんで、口裂け女なんているのだろう。そして、何故、俺は口裂け女にこだわるだろうか。その答えは出ないまま、スマイルさんの安らぎと口裂け女の恐怖を重ねたまま、就寝した。



数日後、スマイルさんと連絡をとった。

先日の終わりのことを謝罪する。

スマイルさんは笑顔で、許してくれた。この人はいつでも笑ってくれて、俺やその周囲の人を明るくしてくれる。周りから『スマイルさん』と良い意味でのあだ名で呼ばれるということは伊達ではない。

企画を詰めていく。いつものようにビデオ通話で。

 あくまでネタ動画、ロールプレイ動画としてつくる。

 そして、この動画は前編と後編の二部作として撮影する。

前編がビデオ通話を通じての面接形式の選考会、後編は選んだひとりとの夕方の街歩き動画という内容にした。

 前編のキャストの伝手はスマイルさんがなんとかするらしい。

 ちなみに面接の質問は固定にした。箇条書きにしたら、こうだ。

 ・動機

 ・口裂け女のメリットとデメリット

 ・好きな食べ物

 ・会いたい人

 ・伝えたいこと

 以上の五つの質問となる。インタビュアーと撮影はスマイルさんがやってくれるらしい。

 なんとも申し訳ない。なにか手伝えることはないか、聞くと。

「編集はまる投げするから、よろしく!」

 という、心強い言葉を頂いた。睡眠時間がゴリゴリなくなりそうだ。

 睡眠、と言う言葉で、この前微睡みながら浮かんだ疑問を、スマイルさんにぶつけてみた。

「最後に企画とはあんまり関係ないことですけど、聞いていいですか?」

 彼女は、いいよー、と言った。もちろん、住所や顔を見せて、の質問以外ならと追加条件を付け加えて。俺は落胆する気持ちを表情や声に出さず、質問する。

「もし、口裂け女が現在もいるなら、どうやって生活しているのだろうね?」

「…………」

「今の情勢では厳しいと思うんだけどね。監視カメラとSNSとか発展しているしさ」

「私はきっと――今、口裂け女は幸せだと思う」

「……幸せ?」

「そう、幸せ。今は常にマスクしてないとおかしな世界だし。最近は人と会わなくていいことが多い。例えば、仕事だったらテレワーク、趣味だったらバーチャルで配信するとかね。仕事と言えば動画投稿サイト最盛期だから、私みたいに編集のお仕事もできるしね」

 そういえば、スマイルさんとの最初の出会いは編集ソフト講座を依頼したことがきっかけだった。

 それから講座を通して、仲良くなり、今に至るわけだが。

「ねえ」

 俺の思考を断ち切るように、スマイルさんは、言う。

「止めないこの企画?」

「怖いの?」

「怖いよ」

「わかった。じゃあ」

「ごめん。さっきの言葉忘れて。私もこの企画やる」

「大丈夫?」

「大丈夫。本当に大丈夫だよ」


 後日、スマイルさんから動画素材がデータ便で送られてきた。

 それを確認したら、思わず叫んでしまう。

「データ量、少ない!」

 インタビューしたのは三人と聞いていたが、それに対して素材の容量が、明らかに少ないように感じる。

「伝手がダメになったのかな」

 とりあえず、編集ソフトに入れて、再生。それにはマスク装着したスマイルさんが映っていた。

「自分に対してのインタビューかよ。というか、スマイルさん、顔近い!」

 俺は画面いっぱい映ったスマイルさんを指さして、爆笑する。

「こんにちは! まずは動機からだよね。動機は本当の私を知ってくれるかも、と思ったからだよ」

 聞きながら、ふと、ある言葉の小さな違和感を覚えた。しかし、それを解決できないまま、動画は再生される。

「メリットとデメリットは、ね。メリットは目元に自信があるから、美人に見られることかな。デメリットはね。うーん、やっぱりアレかな。マスクを外すとみんな、笑ったまま固まることかな。いつ経験しても、辛い。私がどんな言葉をかけても反応しないの」

「………え」

 さっきの違和感が吹き飛ぶくらいの、理解不能な言葉の羅列をスマイルさんが喋っている。どこから理解していいのか、できるのかわからない。動画は続く。徐々にカメラから離れていくスマイルさん。彼女がいる背景の部屋に見覚えがあった。嫌なくらい見覚えがある、安アパートの俺の部屋。

「好きな食べ物ですか、やっぱりハンバーガーですね。それと一緒に買うものがあります。それはスマイル。有名な無料メニューですよね。例え、偽物でも私にとっては本物のスマイルをくれるから。私は本当に嬉しいから、何度も、何度も頼みます」

 あたまもからだもうごかない。

「会いたい人ですか、それは」

 ひやあせがとまらない。

「君だよ。三木君」

 と、同時に玄関のチャイムが鳴る。体を動かす。

「ああああああああああ」

 俺は、叫ぶ。

椅子でモニターを破壊する。画面にヒビが入り、もう動画は映らない。その後はまた立ち往生。無音の部屋に俺の息切れの音だけが聞こえる。そして、玄関から声が聞こえる。

「お荷物ここに置いときますので! じゃあ、失礼します!」

 という、聞き覚えがある男の声。よく来る配達員だ。

「……マジか」

 そう吐くように、発言すると、体に力が入り、玄関まで歩いていく。

 用心するように、ドアのスコープで視認する。ドアの向こう側には、誰も居らず、よく利用するネットショップのダンボール箱だけが置かれている。

 開錠し、慎重に、警戒しながら開ける。

やっぱり、誰もいない。

 ダンボールを拾い、玄関に急いで戻る。送り状は送り主はネットショップで、届け先は俺の住所になっている。

「でも、最近頼んだ覚えがないよな」

 開けると、中身は柄がボロボロの、使い古した包丁だった。

「これ、間違いじゃないか」

「間違いじゃないよ。私が送ったものの」

 背後から、さっきまで動画で聞いていた女性の声が聞こえる。

 後ろを見ずとも、肩に両手を置かれるのが、わかった。

「三木君、選択して。振り返らずに逃げるなら、二度と私は君の前に現れない。振り返るなら、それを持って動画をとりましょう」

「…………っ」

 強烈な肩の痛みがはしり、うめく。彼女の手に更に力が入るのがわかった。

 割れた画面には、口が裂けた、よく知るスマイルさんがぼんやり映っている。

「さあどうする? 私は、信じている。君となら、ずっと一緒に笑顔でいられることを」

「俺は、俺は――――」



「――――はっ」

 飛び上がるように、自室のベッドの上で起き上がる。

 懐かしく、そして怖い夢を見ていた。

 ベッドの近くにあるナイトライトを点けて、隣を伺う。

 勿論、誰もいない。

「とりあえずスマホを――――」

 スマホを見つけるように、枕元を探る。

 あった。

 手元に引き寄せると、それは包丁だった。

 夢に出てきた、柄がボロボロの、使い古した包丁。

 ここが夢なのか、現実なのか。

 わからない。でも、どっちでもいいじゃないか。

 彼女の笑顔は素晴らしい。

 永遠にしなくては。

 悲しい時も、笑顔でいられるように。

 俺は、パソコンデスクに移動して、スマイルさんのメールする為に起動させる。

 そして、返信する。内容は勿論、こうだ。

『会えるのを楽しみにしています』

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スマイル デジ砂 @east34

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