横島恋歌と〇〇〇グループ──②

 恋歌にとって、人生の分岐点とも言える日になった。

 いつも朝は俺の部屋に来る恋歌も、今日ばかりは来ていない。多分いろいろ準備をしてるんだろう。

 ……大丈夫かな、本当に。空回りしなきゃいいけど。


 制服に着替えて部屋を出ると、ちょうど夜美も同じタイミングで部屋から出てきた。



「あれ、十夜。これから登校?」

「まあ。……夜美がこんな時間までいるなんて、珍しいな」

「お姉様とお呼び。私は午後から大学に行くよ。また研究室での寝泊まりの日々ね」



 やれやれと肩を竦める夜美。大学生も大変そうだ。



「ところで十夜。何か悩みでもあるの?」

「……なんで?」

「なんとなく。君の姉だからね、私は」



 頭わしゃわしゃ撫でるな。ぼさぼさになるだろ。



「十中八九、恋歌のことでしょ」

「…………」

「やっぱり。愚弟は恋歌のことになると、いつも頭がいっぱいになるんだから」

「うるせ」



 図星だからこそ、言葉が雑になってしまう。

 それを見透かしてか、夜美はまた肩を竦めた。



「どれ、天才のお姉様に話してごらん?」

「いい。夜美には関係ないだろ」

「冷たい弟だ。お姉ちゃんは悲しいよ」



 とか言って、まったく悲しそうじゃないじゃん。

 夜美を振り切るように玄関で靴を履く。

 が、夜美は俺の肩に手を置いてゆっくり撫でてきた。



「大丈夫。恋歌は弱い子じゃないよ」

「──なん、で……?」

「ただの勘。十夜はただ、恋歌のことを見守ってあげなさい」

「……行ってきます」

「はい、行ってらっしゃい」



 くそ、全部見透かされてるみたいで、ちょっと腹立つ。

 ……見守る、か。俺にはそういう余裕が大事ってことなのかもな。

 よし。今日1日は余裕を持ってすごそう。

 余裕、余裕、余裕……。






 そんな簡単に持てたら苦労しないよッ!

 昼休み。教室の隅で弁当を食べながら、様子を伺う。

 九鬼がいるリア充グループは、教室の後ろに陣取っている。

 女子が3人。男子が2人のグループで、名前は……わからん。九鬼以外知らん。

 ただ、全員顔がいい。まさにトップカーストといった感じのメンツだ。

 けど……なんか、意外とチャラくない感じだな。全員誠実そうというか。


 黒髪清楚な九鬼。

 クールミステリアス美女。

 小動物系元気っ娘。

 元気爆発タイプイケメン。

 場をしきっている誠実イケメン。


 こんな感じの組み合わせだ。

 

 けどみんなナチュラルに絡んでるし、盛り下がるようなことはない。

 完全に、あの5人の空間ができあがっている。

 えぇ……ここに恋歌が入るの? ハードル高すぎだろ、マジで。


 話が盛り上がってきたタイミングで、九鬼がぱんっと手を叩いた。



「あ、そうだっ。みんなに紹介したい子がいるんだけど、いいかな?」

「へぇ、円香がそんなことを言うなんて、珍しいね。誰だい?」



 誠実イケメンが、珍しそうに尋ねる。

 九鬼はにこにこ笑い、教室の隅にいた恋歌の手を取ってグループに戻った。



「じゃん! 横島恋歌ちゃんです!」

「ひゃっ……は、はじ、はじめ、まして……!」



 ザワッ──。

 急にクラスがザワついた。

 それもそうだ。恋歌には悪い噂は絶えない。

 そんな恋歌が、クラスの誰もが羨むトップカーストに紹介されたら、誰もが注目するに決まっている。


 案の定、トップカーストたちもぽかんとしていた。

 が、1人だけ違った。──小動物系元気っ娘だ。



「うわ……」



 ……うわ、だと……?

 今のは間違いなく、引いたような声色だった。

 クソッ、やっぱりダメだったか……!

 急いで恋歌の元に行こうと立ち上がり、カーストに目を向け──






「乳、でっっっっけぇ〜……!」






 …………………………はい? 乳?


 よく見ると、元気っ娘は目をキラキラさせて恋歌を見ていた。

 確かにでけーけど、ガン見しすぎだ。



「見て、見てよミッチー! 乳でけぇ! ミッチーと大違い!」

「ふふ。柚姫ゆずき、黙りましょうか」

「はいっ!」



 返事はめちゃめちゃいいな、元気っ娘。

 元気イケメンも、誠実イケメンも、サラッと目を逸らしてるし。

 ミッチーと呼ばれたクール美女は、恋歌へ手を差し伸べた。



「クラスメイトですが、初めましてですね、恋歌さん。私は道谷智琉みちたにちるです。よろしく」

「は、は、はぃっ。よよよよよよよっ、よろ、しく……!」



 丁寧にタオルで手汗を拭いてから、道谷さんの手を握り返す。

 それを皮切りに、どんどん挨拶をしていく。



「あたし、あたしの番! 星咲柚姫ほしさきゆづきです! いい子です!」

「オレは久我。久我義樹くがよしきだ」

「僕は矢原太一やはらたいち。よろしく、横島さん」

「ぁゎっ、ぁゎゎゎゎ……!?」



 あ、キャパオーバーした。

 恋歌は恥ずかしそうに、九鬼の腕に抱きつき背中に隠れる。

 人馴れしてない上に、男なんてマジで俺以外と話すことがなかったからな……そりゃ緊張もするか。

 そんな恋歌を見て、久我が首を傾げた。



「初めて横島と喋るが……あれだな、噂とは正反対だな」

「久我くん。あの噂、まさか信じてないよね?」

「お、怒るなよ、九鬼。信じてねーよ。あんな根も葉もない噂」



 久我は面倒くさそうにため息をつく。



「オレもこの見た目でヤンキーって思われがちだからな。中学もそれで苦労したし。根も葉もない噂を流す奴なんて、どうせろくでもねー連中だ」

「あら。義樹にしては、いいこと言いますね」

「道谷、オレにしてはってどーいうことだ?」



 わいわい、がやがやと話すトップカーストたち。

 まだ恋歌は輪に入りきれてないが、歓迎されてるみたいだぞ。

 それに久我がさりげなく、大声でクラスを牽制した。

 見た目のヤンチャ感から想像できなかったけど、もしかしてめちゃめちゃ良い奴なのでは……?


 星咲は恋歌に目を向けると、人懐っこい笑みを浮かべた。



「それにさっ、それにさっ。くっきーの友達なら、悪い子じゃないに決まってるもんね。くっきー、めっちゃいい子だし」

「お。いい子代表の柚姫に褒められると、嬉しいね」

「むふふ。いいか悪いかで言うと、あたしは圧倒的いい子です」



 むんっ、と無い胸を張る星咲。なんだ、圧倒的いい子って。


 はぁ……よかった。なんとか輪には入れたっぽいな。

 なんか肩の荷が降りた気分。

 これで恋歌も、リア充街道まっしぐらか。影響されやすい恋歌なら、あのグループでもやって行けるだろ。


 席に座り直し、改めて弁当を食べる。

 さっきまで味がしなかった弁当が、今は高級料理並に美味い。

 美味し、美味し。






「そうだ。もう1人紹介したい人がいるんだ。──常澄くん」






 あれ? おかしいな、また味がしなくなったぞ?

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