横島恋歌と〇〇〇グループ──①

 九鬼を送った恋歌が、また窓から戻ってきた。

 表情が暗い。うまく元気づけてあげられなかったんだろうか。

 恋歌は無理に笑うと、俺の方に両腕を伸ばしてきた。



「んっ」

「その癖、まだ直らないの? この歳になると恥ずかしさが勝つんだけど」

「んっ!」

「……はいはい。ほら」



 腕を伸ばすと、勢いよく飛び込んできた。

 恋歌は満足気に、強く抱き締めてくる。


 これは、恋歌の癖だ。

 嬉しいとか、怒ってるとか、哀しいとか、楽しいとか……いろんな感情が許容量を越えると、甘えモードになる。

 互いに恋愛感情が希薄とはいえ、この歳でこれをされると、いろいろとまずいんですよ。


 そう思って、さすがに引き剥がそうと恋歌の肩に触れると……震えていた。

 肩だけじゃない。体が震えている。



「ど、どうしたんだ? まさか、また風邪か?」

「……違う……どーしよ、十夜」



 俺を見上げる恋歌の表情は、今まで見たことないほどとろけていた。

 だけど嬉しさ半分、恐怖半分の、変な顔だ。



「あ、あのね、さっき円香ちゃんを玄関までお見送りしたらね」

「お、おう……?」



 なんだ? 九鬼が何か言ったのか?

 若干の緊張感を持って、恋歌の次の言葉を待つ。

 恋歌の気持ちが落ち着くよう、頭を撫でて緊張をほぐす。

 たっぷり数分。頭の中で整理がついたのか、口を開いた。






「あ……明日、学校の他の友達に、ウチのこと紹介するって……!」






 …………。



「今からでもいい。お断りの連絡を入れなさい」

「でもパパ!」

「誰がパパだ」



 なるほど。それで変な顔になってたのか。

 恋歌はまだ人見知りで、陰の者だ。まともに話せるのは家族や昔から知ってる俺。あとは噂も何も気にせず、本当の恋歌を見てくれる九鬼くらい。


 が、他はどうだろうか。


 まだ人に慣れていない恋歌が、いきなりリア充のグループに放り込まれる。

 嬉しいという気持ちもあるだろう。

 でもそれと同じくらい、怖いはずだ。


 それだけなら、まだいい。


 恋歌の悪い噂は、学校中に広がっている。

 今は恋歌に噂を話すような友達はいない。九鬼もそんな奴じゃない。

 だから、あの噂も恋歌の耳には入っていない。

 可能性の話として、交友関係が広がったときに、恋歌の耳にあの噂が入れば……。


 恐らく、恋歌の心はまた閉ざされてしまうだろう。



「恋歌、落ち着いて。ただ時期が早いだけで、恋歌の行動を全部制限するってわけじゃないから」

「うん……十夜は意地悪でそんなこと言う奴じゃないって、わかってる。でも……」



 しゅんとしてしまった。

 うーん……恋歌の今後を思えば、あまりよくはない。

 だけど、大事なのは恋歌の今の気持ち、か……。



「恋歌はどう? 会ってみたい?」

「……十夜の言う通り、まだ早いかもしれないけど……遅いか早いかなら、ウチは挑戦してみたい」

「……そっか。なら、俺からはもう何も言わない。アドバイスとか期待しても無理だぞ」

「十夜、友達いないもんね」

「やかましい」



 いないわけじゃないから。限りなく少ないだけだから。

 覚悟を決めたのか、恋歌は立ち上がって自分の頬をぺちぺち叩いた。



「よ、よしっ。そうと決まれば、明日のために準備するっ」

「準備?」

「お肌の手入れとか、無駄毛の処理とか……!」

「そ……そうか」



 気合い入れすぎだと思うけど……それで恋歌が満足するなら、俺も応援するだけだ。

 恋歌はそれじゃっと挨拶すると、窓から自室に戻っていく。


 と、ちょうどその時。スマホが震えて通知が来た。

 鬼丸九音のゲリラ雑談配信らしい。



『こんくおーん! バーチャル鬼っ娘、鬼族の末裔! 鬼丸九音だよっ☆』



 ……相変わらず、これが九鬼とは思えないな。

 ゲリラ枠なのに、同接2000人。まだ増えてる。

 配信に関してはあまり詳しくはないけど、これって多いんだろうな。今2000人が一緒にこの配信を見てるのか。



『今日はギャルのリア友とお出掛けしてきたから、いろいろお話したくなっちゃって。……ギャルちゃんもこの配信見てるかって? 多分見てるんじゃないかな、ボクのファンらしいし。でも、ギャルちゃんはボクだって気付いてないかも。いえーい、ギャルちゃん見てるー?☆』



 九音たん九鬼が頭をぶんぶん振って、楽しそうに笑う。

 それに合わせてコメント欄も【いえーい】とか【ギャルちゃーん】といったコメントが流れた。

 恋歌のことだから、見てんだろうなぁ、きっと。

 本人は、自分のことだって気付いてないだろうけど。



『え、友達いたのかって……いるわい! ボクこれでもリア充よリア友! 友達100人いるから!』

【あっ…(察し)】

【元気出せよ】

【俺らがついてるぜ】

『嘘じゃねーし! 嘘じゃねーし!?』



 うん、嘘じゃないと思う。九鬼ならリアルで友達100人いそう。

 それにしても、楽しそうに話すよなぁ、九鬼って。口は悪いけど、リアルを知ってる分ちょっと面白い。



『──んで、ギャルちゃんってめちゃめちゃ可愛くて、めちゃめちゃいい子なんだよ。でも友達は少なくて……何とかしてあげたいって、思っちゃうんだ』



 と、いつの間にか恋歌の話になっていた。

 そうか。九鬼も何とかしたいって思ってくれてるんだ……。

 恋歌、お前果報者だぞ。推しにここまで想われてるんだからさ。……本人は、自覚ないけど。


 窓から、恋歌の部屋に視線をやる。

 明日のことを考えたら、心配だけど……でも、九鬼ならなんとかしてくれる、かな……?

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