三十話 切られる火蓋

三十話 切られる火蓋



 各自が波乱の夜を過ごし、やがて明ける。


 試験の日に相応しい、快晴だった。煌々と照りつける太陽に肌を焼かれながら、僕達は四人揃って試験場へと移動する。


「ア、アルデバラン君。その……昨日は大丈夫でしたか?」


「うーん、大丈夫ではないかもですね。一応レグルスとは話をしましたけど……」


 レグルスは、昨日に増して機嫌が悪いように見えた。周囲に怒鳴ったりしているわけではないし大人しいけれど、その心の奥底で僕に対する敵対心が強まっているのが見てとれる。


『僕がチームを勝たせる』


 あの発言は、挑発のようにとれられていてもおかしくない。確かに僕は宣戦布告の意味も込めて言ったから、間違ってはいないのかもしれないけれど。それでも結局は同じチームなんだし、試合そのものに負けてしまっては意味が無い。ぶつかり合って僕ら二人がチームを負けさせるようなことだけは、絶対にあっちゃ駄目だ。


「ユイさんの方こそ大丈夫でしたか?」


「わ、私は大丈夫でしたよ! 色々ありまして……アリシアちゃんとはちょっとだけ、仲良くなれました」


 仲良く、か。どうやら女性陣の方はそれなりに上手くやれているらしい。本当、僕の方は仲良くなるどころか咄嗟に喧嘩を打ってしまって。情けない。


「さて、お前ら準備はいいか。これより昇格判断試験の舞台へと案内する。だがまずはその前に、武器の支給をしておこう」


 武器、なんて物騒な言い方をしているけれど、木刀と杖のことだろう。いつも通り相手の剣を弾くか寸止め、あとは怪我をさせない程度に身体に当てて……といった感じで試合を進める事になる。


 はず、だった────


「なっ!? オイ先公……どうなってんだこれはよォ!!」


「質問は禁止だ。各自、好きなものを手に取るといい」


 案内された先の廊下に置かれていた長机。その上に並べられていたのは、そんな甘っちょろい練習用の武器ではなかった。


 鉄の刃が備え付けられた、紛う事なき真剣。プロの騎士が腰から下げているような、本物だ。


 重量感、質感。全てが違う。レグルスが取り乱すのも最もだ。こんなものを装備して人と戦闘をするなど、どんな大事故につながるか分からない。


 しかも武器がいつもと違うのは俺達男子陣だけではないようで、女子達の前に置かれている杖も魔石のようなものが埋め込まれていた。アンジェさんから一通りの魔術関連の知識は教えてもらったから分かる。あれは恐らく魔術を固めて作った魔剣用の物ではなく、純粋な魔素を固めて作ったもの。その魔素を使い魔術の強化を促す類のものだ。


 昇格判断試験。いつも通りとはいかないのは想定していたけれど、ここまでとは思っていなかった。こんな物を与えられたらそこで行われるのはもはやただの試合ではない。────殺し合いだ。


「別に、武器を取らないことも選択肢の一つだ。まあその場合は素手で戦う事になってしまうがな」


「チッ、クソが……」


 僕らに与えられた選択肢は、人を殺せる武器を手に取るか、手に取らず素手で戦うか。選択肢がもはやあってないようなものである僕達二人はもう、目の前の剣に手を伸ばすことしかできなかった。


「アリシアちゃん、どうするの……?」


「私は勿論使うわよ。まあでも威力上げすぎちゃ相手殺しちゃうし、奥の手として取っておく、ってくらいだけど。でもユイ、アンタは迷わず持っておくべきでしょ。付与術師は攻撃なんてしないんだから、効果を上げる面において貰い得じゃない」


「う、うん……」


 全員が武器を手にする選択をし、それを見届けた教員がついてくるように促す。


 コツ、コツッ、と足音が響くその先に待ち受けていたのは、普段の授業で使う訓練所と比べると二回りほど大きい、コロシアムのような大広間。周りを見渡すと上から今日の試験をすでに終えたのであろう八人の生徒と、僕達の審査をする先生達がこちらを見つめていた。


「゛あぁ? なんかアイツらボロボロだな。それに顔が沈んでやがる。全員落ちやがったのか?」


「全員……? 本当だ。どっちかのチームは勝ってるはずなのに、なんで全員あんな顔を……」


 まるでその表情は、すでに自分達の死期を悟ったかのよう。試験の結果を発表するのは試験最終日の翌日。つまり彼らは自分が試験に落ちたかどうかなど分かっていないはずなのだ。


 まだ負けたチームがどんよりとしているのは分かる。しかし全員が同じ顔つきをしているというのは、不自然で仕方ない。まるで……全員が負けたかのような。


「では、両者出揃ったな。これより最終説明に入る」


 だけど、周りに気を配っている余裕はない。そうしている間に既に相手四人も反対側で待機していた。


 事前情報通り、男三人に女の子一人。そしてその一人は拳の先に何かを装着している。あれが、魔闘士か。


「試験の大まかなルールは事前に通達した通り。ここでは最後の細かいルールの補填を三つ行う」


 男性教員のその言葉とともに、僕らの背後に二メートルほどの石の柱が出現する。そして、その上には小さな旗。


「勝利条件はその柱の上にある相手の旗の奪取。手が触れ完全に柱から離した瞬間、勝利だ」


 まずは知っている情報の追加。加えてここからは新ルールが、語られていく。


「制限時間は三十分。三十分以内に決着しなかった場合……両チームの生徒全員に減点を行う。そしてこれは当然のことだが、相手チームの誰か一人でも殺害した場合、その者は退学処分とする」


 退学。重い言葉が、僕の頭を反響する。


 つまりこの試験では初めてまともに扱う真剣を、一人を殺さないように使い、旗を奪い取らなければならない。それも、時間制限のある中で。恐らくあの八人が浮かない顔をしていたのは、決着をつけることができなかったからか。


「では、これで説明は以上だ。両者、構えッ!!」


(でも、うだうだと悩んでる時間はない。もう……やるしかないんだ!)


「昇格判断試験第三試合、開始ッッ!!」



 男性教員の手が振り下ろされたその瞬間。戦いの火蓋が、切って落とされた。

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