三十一話 開戦

三十一話 開戦



「中々エグい試験を考えたものね。ふふっ、相手も固まってるじゃない」


 始まった試験。だが最初に場を包んだのは、静寂であった。


 突然始まったことに加えて、相手を殺傷してしまいかねない恐怖。鞘から剣を抜いて構えた瞬間から、それが頭から離れない。


 だがそれを最初に打ち破ったのは……レグルスである。


「めんどくせぇな。要は相手全員、殺さない程度にぶっ殺せばいいんだろが! やってやるよ!!」


「ま、待って! レグルス!!」


 我先にと走り出したレグルスに呼応するように、相手の魔闘士が詠唱を始める。


 そしてレグルスに向かうは、剣士二人。あの二人で時間を稼ぎつつ、魔闘士の準備を整えるつもりだ。


(くそっ、出遅れた。僕も行くべきか……?)


 でもまだ、何かが引っかかっている。


 僕達に剣を与えた理由は、本当にただ慣れさせることだけなのか? こんな生徒が死んでしまうかもしれないというリスクまで犯してすることが、本当に……


「あはは、ユウナ•アルデバラン。もしかしてあなたビビってるのかしら? でも安心なさいな。そこでじっとしていれば、全てが終わるわっ!!」


 その瞬間。僕の背後でも、詠唱が始まる。


「紅き獄炎は紅蓮の解放。その炎身をもって顕現せよ!」


 形作られていくのは、赤と黒で染められた炎の弓矢。アリシアさんの手に握られた弓に、空中で形作られていく三本の矢が呼応する。


「相手が人間だから威力は相当落とさなきゃいけないけれど、直撃させなければいいだけのこと。天才の私の前にひれ伏しなさい!」


 加速、収束、形成。三本の矢はやがて弓の弦に引かれ、狙いを定める。


 狙う先は、レグルスと対峙しようかという剣士二人。その、足元。


「獄炎の矢(ヘルフレイム•アロー)!!」


 解き放たれた炎を纏いし矢は、一直線に二人の足元の地面を抉る。そしてそれと同時に爆風を巻き起こし、レグルスもろとも吹き飛ばした。


「あら? 猿が一匹巻き込まれちゃったわね。まあいいわ、どうせ私一人で事足りるもの」


「オイテメェ! どういうつもりだコラ! 威力の制御もできねえのか性悪女!!」


 いや、絶対にわざとだ。口ぶりからしてたまたま巻き込んでしまったかのように言っているけれど、二人相手に三本用意した時点で多分鼻からレグルスにも攻撃する気だったのだろう。


 だけど、そのことを除けばとてつもない破壊力と精度だ。吹き飛ばされた二人も後方に飛んだだけで怪我などをしている素振りは無い。恐らくそういうふうに狙いをつけて撃った、牽制の一撃だ。


「さて、こんなつまらない試験さっさと終わらせましょ? 私が四人圧倒して、ジ•エンドよ!!」


 圧倒の才能。抉られた地面に、遥か後方へ吹き飛ばされた二人は呆然としている。


 だが────


「あはっ、流石は噂のお嬢様。強烈だねぇ」


 詠唱を終えた魔闘士の瞳の炎は消えるどころか……更に、燃え上がっていた。




「ミリア! 詠唱が終わったなら戦え!」


「へーいへい。そう焦らないでよ。守ってもらってた分……ちゃんと仕事はするから、さっ!」


 アリシアさんの爆撃から、およそ数秒後。最後列から茶髪の闘士が陸を駆ける。


 その先一直線上には、未だ怒りを露わにしているレグルス。背から距離を詰める彼女の存在には、気づいていない。


「レグルス、後ろッ!!」


「ッ!?」


 鈍い衝突音。剣の間合いに入った異物に気づいた野獣が咄嗟に剣を構える。鉄が受けたのは青に包まれた拳。防御には成功したものの不意の攻撃に虚を疲れたレグルスは、半身ほど後ろへ飛ぶ。


「ふぅん、今のタイミングでガード間に合うんだ。案外やるじゃん」


「なんだてめぇコラ。出会い頭に顔面どつこうとするたぁ、中々粋な挨拶じゃねえか」


 ミリア•バッケス。身体強化魔術を中心とした近接戦闘主体の魔術に長けており、魔術師の中では魔闘士に分類される。


 ユイさんの事前情報の通りなら、実力は他の魔術師とは本質的に比べづらいとはいえ、剣を持った男子を簡単に圧倒してしまう程。


 だが、当然レグルス相手では一筋縄ではいかない。リヒト、ドーレに続き三位と言われるほどに剣士としての実力を備えている彼もまた、近接戦闘では負け無しの実力者だ。


「俺が躾し直してやる。来いよ、乱暴女」


「ふふっ、首輪つけて飼い慣らしてあげるよ。可愛い狂犬君っ」


 互いに互いを挑発しながらも、決してその目は笑ってはいない。


 既に二人とも、臨戦態勢だ。


「作戦通りだ。厄介なレグルスはミリアに任せる。俺達はコイツをすぐに片付けて旗を撮りに行くぞ!」


 そして、強者二名のマッチが決定した最中。アリシアさんの攻撃によって吹き飛ばされていた二人と、詠唱をしていたミリアさんの事を守っていた一人が結託する。矛先が向けられたのはレグルスと既に分断され孤立していた、僕。


「はっ、コイツいつも蹲ってた女々しい奴だろ。学園長の娘やレグルスと比べたら屁でもねえ。とっととぶっ倒すぜ」


 四対四のチーム戦。そのうち三人の意識が全て僕に向いている。


(これは、チャンスだ)


 ここで三人倒すことができれば、チームとしては勝ったも同然。


 アンジェさんと過ごした三年間は、何も魔術だけを勉強していただけではない。半年間剣を握らなかったブランクを取り戻し、確かな自信を得た。


(三人まとめて、僕が倒す……っ!)



 迫り来る三本の剣を前に、僕は一人。小さく息を吸って呼吸を整え、ただ静かに剣を構えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る