二十九話 乙女の戯れ

二十九話 乙女の戯れ



 私は、どうしたらいいのだろう。


「どうかしたの? 早くこっちに来なさいよ。ユイっ」


「は、はい……」


 明日はこの一年の集大成とも言える大切な日。だから今日は魔術の最終調整をする人や早く寝て備える人がほとんど。私だって今日はもうシャワーだけ浴びて早く寝る……はずだったのに。


「女同士なんだから恥ずかしがる必要ないわよ! ほら、早く!」


「ま、待ってくださいよぉ。まだバスタオルがっ……!」


 私は今、大浴場にいる。


(なんでこんな事に……)


 時は巻き戻り、十分ほど前。


「アリシアさん、どう……でしょうか?」


「いいわ! これ、最高よっ! 対戦相手は魔闘士の子と男が三人……私の独壇場じゃないっ!」


 私たち魔術師の弱点。それは、詠唱をしなければならない事にある。


 だけど逆に言えば、詠唱する時間さえあればゼロ距離まで近づかなければならない男の子相手には圧倒的に有利を取れる。そんな一方的に魔術を当てられ続ける状況を作らないため、相手のチームは同じく後ろから魔術で援護をして戦うわけだけど。今回の相手には、その役目を果たせる人がいなかった。


 アリシアさんの魔術の凄さは私も近くで何度も見てきた。性格無慈悲な魔術の矢は、接近戦に持ち込むにはあまりに危険。間合いを詰める前に被弾して致命傷を喰らってしまうだろう。


「男二人に時間を稼がせて、私が全てを終わらせる。まさに姫と仕える騎士ね。上下関係がはっきりと分かる作戦だわ!」


「そ、そこまでは言ってないんですが」


 どうやら彼女の中で、すでに私達の戦い方は決定していたようだった。


 まあでも、確かにこの人の弓矢の威力なら本当に相手四人を圧倒してしまいそうな気もする。そこの実力に関しては、本当に疑う余地は無い。


「ふふんっ、ユイ。あなたも私と同じ上の立場の人間になれるのよ? 安心なさいな。私に全部任せてれば大丈夫だからっ」


「あ、あぅ……頭くしゃくしゃしないでくださいっ……」


 けれど本当にこのままで大丈夫なのか。毎年全体生徒の二割以上が落とされると言われている昇格判断試験。その内容が本当にただの四対四なんて、初めて聞いた時しか違和感が取れない。

 何か、こう……言葉には表せない嫌な予感が────


「さて、もうそんなつまらない話は終わりよ! それよりもあんな何百人の男共と同じ部屋に入れられて、私早くお風呂に入りたい気持ちでいっぱいなの。ほら、早く行くわよっ!!」


「え? えっ? ちょっと待ってください私もですか!?」


「当たり前でしょう。パパがよく言ってるもの。同級生の女の子達とは仲良くするんだよって!」


「な、仲良くはいいんですけどお風呂は……あ、ぁう!? ほ、本当に待ってください! 引っ張らないでぇ!!」


「さあ! お風呂〜!!」


 そして今に至る。


 強引に私が連れてこられたのは、女子寮の大浴場。今はきっとみんなチームミーティングや調整に明け暮れている頃だろうから、当然人はいない。


 そんな無人の脱衣所に入れられ、逃げようとする私を逃がさないアリシアさんはあっという間に裸になっていた。ツヤツヤの肌がとても綺麗で……じゃなくて。本当に私も入らなきゃいけないのだろうか。


「なによ、バスタオルなんていらないでしょうに」


「いりますよ! 大体なんでアリシアさんはつけてないんですか!?」


「私に隠さなきゃいけないところなんてないもの。あと女の子同士だしっ」


「えぇ……」


 もはや男らしいとも表せるその清々しさで本当にどこも隠そうとしないアリシアさん。もう一緒にお風呂というのは確定事項で逃げようがないと悟った私は、仕方なく急いで服を脱いでバスタオルを身に纏った。


 いつもは人に肌を見せるのが恥ずかしくて部屋のシャワーでお風呂を済ませてしまう私だけど、今日はそうもいかない。せめてアリシアさん以外の人が来る前に早くと風呂を済ませて……


「ユイ、それ何カップあるの? 初めて見た時から思ってたけど、大きいよね」


「ひぇっ!?」


 いかに早くここを出るか。そんなことを考えて少し油断していると、バスタオル越しに胸をつつかれる。


「や、やめてくださいよ! 大きいの、気にしてるんですから……」


「ええ〜。とても可愛くて魅力的な身体なのに。まあ、たしかに戦う時に動きづらそうだし私にはいらないけど」


 この胸のせいで男の人に変な目線を向けられたりして嫌な思い出を持つ私にとって、こんなものは本当にただ邪魔なものでしかない。私にはアリシアさんの控えめな胸が、羨ましかった。


「……よし。シャワー浴びよ! 後で背中流し合いっこもするからね!」


「ひ、一人で洗えますよぉ。せめて私はアリシアさんのを流しますから、私の背中は……」


「ダメ! 私が流したいの!」


「うぅ……」


 それから、私達はシャワーで身体を洗った。当然背中の流し合いっこも強行され、背中を散々さすさすされてしまったけれど。私の中のアリシアさんのイメージは、少しずつ変わっていく。


 これまでは存在は知っていたけれど、一度も関わってこなかった間柄。今日初めて知り合って、目の前でレグルスさんと罵り合っているのを見て。この人はきっと怖い人なんだと思っていた。


 でも一緒にお風呂に入って、ちゃんとした人柄が分かった。自意識とプライドが高くて、男らしくて。だけど同時に、ウルヴォグ騎士学園の学園長さんをパパと呼んで楽しそうに自慢話をしてくるところなんかを見ると、やっぱり根は女の子。強くてカッコいいだけじゃない、可愛い一面も兼ね備えた人だった。


「アリシアさん……」


「ねぇ、ずっと思ってたけど同い年なんだからタメ語でいいわよ?」


「……それは、ちょっと」


「じゃあ返事してあげない」


「うっ……ア、アリシア……ちゃん!」


「むぅ。まあ仕方ないからそれでいいわよ。で、何?」


「えっと、ね」


 アリシアちゃんは、ただの怖い人じゃない。それが分かって、私の心はどんどん軽くなっていく。


 初めはとてつもないチームに入れられてしまったと思ったけど、アルデバラン君がいて。アリシアちゃんとも、こうやって少しずつ話せるようになって。明日の試験で解消されてしまうたった一日のチームメイトかもしれないけれど。それでも……この人達となら頑張りたいって、そう思えた。


「頑張ろうね、明日。絶対勝と!」


「ふんっ! あ〜た〜り〜ま〜えよ〜っ!!」


「ふにゃぁぁぁっ!!」


 ほっぺたをむにむにされながら、私は心の底にアルデバラン君の優しい笑みを浮かべる。


 私は今こうしてアリシアちゃんと仲良くなれて、明日もきっとなんとかなる気がしてる。あとは……


(レグルス君は、大丈夫なのかな)




 このチームの、最も強い不安要素。レグルス君とアルデバラン君が仲良くできるのか。そんな一抹の不安が、頭から離れなかった。

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