二十二話 最後の日

二十二話 最後の日



 どれほどの月日が経ったのだろう。ヴェルドと名乗るあの男がここに侵入したあの日から、かなりの時間が流れた。


 剣を持つことへのトラウマを克服した僕は、アンジェさんと更なる鍛錬の日々を繰り返した。


 身体の成長を百分の一まで遅らせてしまう空間魔法がかかった状態では、体力や筋肉量の成長まで同じように制限がかかる。だが、それでも動かずにはいられなかった。


 百分の一の割合でしか成長できないのなら、百倍時間をかければいい。そうやって少しずつ、少しずつ。魔術の鍛錬と並行して努力を続けていた。


 勿論、魔術の方も腕は上達してきている。僕の目指す強くなるための道には、肉体も魔術も。どちらも必要だから。決して手は抜かない。


「ユウナ! 何度も言っているだろう!! 魔術の発動前の溜めを、もっとコンパクトに!!」


「ッッ!! 雷撃、魔術ッ────鳴神!!」


 僕の手から放たれた中級魔術が、黒い雷撃となって師匠を襲う。だがそれは簡単に、創造された鋼鉄の剣によって弾かれる。


 剣と剣の実戦を想定した鍛錬。師匠は剣を握る代わりに宙で操作し、僕に攻撃を仕掛ける。


 キィィ────ッ。


 鉄と鉄が、ぶつかり合う。刹那、僕の身体は浮き、遥か後方へと吹き飛んだ。


 咄嗟に受け身を取り立ち上がって追撃をすんでのところで躱しながら、流水魔術で反撃。しかし指先一つで剣を引き戻してそれを弾くと、アンジェさんは不敵に笑う。


「ほう、今のを耐えきるか。だが疲れが見えるな。その調子で、いつまで私の攻撃を捌けるかな!」


「ぐっ!?」


 太刀筋が加速する。物理法則を無視し、剣先のみではなくその柄までもが空中で軌道を変えて僕を襲う。


 剣先で何度も、何度もそれを弾くが、ただ操られているだけの剣に怯みは無い。無慈悲に食らいついてくるそれに、やがて剣は吹き飛ばされた。


「ふっ、まだまだだな。この程度の攻めで剣を手放すな────どっ!?」


「身体、強化魔術ッ!!」


 だが、操られているが故に感触のないその剣は、僕が自ら剣を手放したことには気づけない。


 その瞬間。僕は身体能力を向上させる魔術を使い、素手でアンジェさんの元へ飛ぶ。


「灼剣!!」


 それと同時に灼炎魔術を同時使用し、剣の生成。空中でそれを振りかぶり、アンジェさんにぶつけた。


「魔炎ノ太刀ッッ!!!」


「おわっ!?」


 刹那、炎に包まれた剣が師匠の身体に触れる寸前。それは剣先を失い消える。


 併用され続けていたアンジェさんの空間魔術の影響だ。その硬度を超えることができず、魔術そのものがかき消されてしまう。


 だが、それは負けたという意味ではない。つまり僕の剣はしっかりとその身体に届いたということ。実践形式の鍛錬である今、それは僕に課せられた勝利条件の達成を意味していた。


「やっ、た!!」


「ぐぬ……おいユウナ卑怯だぞ! 私は剣一本で戦っているというのに、何をしれっと剣同士の戦いをやめて特攻してきてるんだ!!」


 不意をつかれて悔しかったのだろうか。アンジェさんは疲れ切って膝をつく僕のおでこを、そう言ってデコピンで弾いた。


「で、でも禁止されてませんでしたし……」


「全く、可愛くないな。まあ……その発想力は、素晴らしいものだが」


 はぁ、と小さくため息を吐きそう漏らすと、アンジェさんは僕の剣とさっきまで操っていた剣を、指を鳴らして消す。どうやら、これで今日の鍛錬は終わりなようだ。


 同じ鍛錬を一週間続け、ようやく一本。戦績で言えば誇れたものではないが、それでも僕はやっと取れたその一本が本当に嬉しくて。少しずつだけれど、強くなれていることを自覚できていた。


「なんとか期限内にギリギリではあったが私から一本を取ることができたな。純粋な剣の攻撃ではなかったとはいえ、ひとまずはその事を褒めておこう。魔術抜きでも、まずまずの実力がついたようだしな」


「あ、ありがとうございます!」


 アンジェさんが口にした期限というのは、言わずもがなここにいられる時間のことである。


 ここは外の世界の十分の一の時間で時が流れるが、学園への復帰を考えるならいつまでもここにはいられない。そしてその期限はもう、明日にまで迫っていた。


 つまり、今日が丸一日いられる最後の日だ。


「まだ全てを教えきれた訳ではないが、ひとまずは免許皆伝だな。どうだ? ここを出ても、一人でやっていけそうか?」


 ふふっ、と不適な笑みを浮かべてそう聞くアンジェさんに、僕は無言で頷いた。


 この三年間。毎日、努力を重ねてきた。全ては人として、剣士として強くなるため。そして……ここで出来た″もう一つの目標″のため。この努力はきっと外に出ても身を結んで僕を支えてくれるはずだ。


「ああ、そうだな。お前は三年間、本当によく頑張っていた。私にとって、自慢の弟子だよ」


「アンジェさん……」


 ダメだ。普段から何度も褒めてもらってここまできたけれど、初めて聞く″自慢の弟子″という言葉に涙が込み上げてきそうになった。


 まるで、この三年間を認めてもらえた気がして。嬉しいという気持ちと、本当にもう別れなければならないのだという寂しさがどっちも溢れてくる。こんな調子じゃまた、泣き虫だと揶揄われてしまう。


「ふふっ、初めて会った日と比べて、見違えるほど強くなったというのにな。結局、泣き虫は治らなかったか」


「な、泣いてません。そんな簡単に、泣きませんから!」


「そうかそうか。なら特別にそういうことにしておいてやろう。ほら、そろそろ部屋に戻るぞ」


「っ……はい!」




 全てお見通しの師匠に連れられて、情けなくも少し出てきた涙を隠し、拭った。

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