私なんか

第3話

　昼休（ひるやす）み。

「美代（みよ）、ちょっと行（い）ってくる。」

　時間（じかん）とは過（す）ぎるもので、時（とき）の流（なが）れには逆（さか）らえない。

　行（い）きたくないんだけどなぁ。でも謝（あやま）らないと、スッキリしないし。

「おー。あれ？比菜子（ひなこ）、昼（ひる）も図書委員（としょいいん）？」

「違（ちが）うよ。でも、行（い）かないと美代（みよ）にちゃんと報告（ほうこく）できないし。何（なに）より謝（あやま）ってこなきゃ。」

「あんた、何（なに）やったの？」

　う。何（なに）、とは。え～と、うーん……。色々（いろいろ）、ですね。はい。

「ちょっと……ね。」

「な、に、やったのかな？」

「あ、後（あと）で言（い）うから！じゃ、行（い）ってきまーす。」

　結局逃（けっきょくに）げてしまった。デジャブを感（かん）じて後（うし）ろめたく思（おも）ってしまう。

　後（あと）で美代（みよ）にも謝（あやま）らなきゃだなぁ。

　うぅ。私（わたし）って逃（に）げ癖（ぐせ）があるのかな？これじゃあ、美代（みよ）に釣（つ）り合（あ）う親友（しんゆう）にはなれないぞ。

　頑張（がんば）らなきゃ。

　◾◽◾◽◾◽◾◽◾◽◾◽◾

　着（つ）いてしまった、旧校舎（きゅうこうしゃ）の図書室（としょしつ）に。

　今日（きょう）はいるかな？

　ガラガラ…

「あぁ、来（き）たのかよ。今日（きょう）は一人（ひとり）かなって思（おも）ったのにな」

　いた。謝（あやま）らなきゃ。

　でもさ、せっかく謝（あやま）りに来（き）たのに、一人（ひとり）がよかったアピールですか。イケメンなのに意地悪（いじわる）。

　流（なが）し目（め）でこっちを見（み）てくる顔（かお）が妙（みょう）にカッコよくてちょっとドキッとしたことは秘密（ひみつ）だけどね。

　って、やっぱ先輩（せんぱい）だった。赤（あか）いジャージだから、2年生（ねんせい）だね。

　ということは私（わたし）、先輩（せんぱい）に対（たい）して結構酷（けっこうひど）いこと考（かんが）えてたよね。

　ごめんなさい、と心（こころ）の中（なか）で謝（あやま）っておく。本当（ほんとう）にごめんなさい、色々（いろいろ）と。

「あ、あのー。昨日（きのう）はごめんなさい。急（きゅう）に逃（に）げ出（だ）しちゃって。」

「あー？そんなことあったか？」

　え？覚（おぼ）えてない？私（わたし）、すごい勇気（ゆうき）を振（ふ）り絞（しぼ）ってきたというのに、なにも覚（おぼ）えてないんですか？酷（ひど）い。

　すごい勇気（ゆうき）ってほどの勇気（ゆうき）は最初（さいしょ）から無（な）かったけど。

「昨日（きのう）のことですよ？」

　つい、先輩（せんぱい）に対（たい）して無礼（ぶれい）なことを言（い）ってしまった。怒（おこ）らないかな？

　って今更（いまさら）だけど。

「まぁ、そんなこともあったかもしれないな。」

「わぁぁ、ごめんなさい。あの時（とき）はパニックになっちゃって……」

「そんな感（かん）じだったな。ふっ」

　今（いま）、鼻（はな）で笑（わら）ったよね。先輩（せんぱい）、私の反応見（はんのうみ）て絶対（ぜったい）に楽（たの）しんでる。

「あの、本当（ほんとう）にごめんなさい。」

「いいって別（べつ）に。驚（おどろ）かせたのは俺（おれ）だしな。」

　あれ、意外（いがい）と潔（いさぎよ）い。運動部特有（うんどうぶとくゆう）の爽（さわ）やかさがある。

　そういえば、よく見（み）たら先輩（せんぱい）、サッカー部（ぶ）のエースの人（ひと）に似（に）てるっていうか、同一人物（どういつじんぶつ）だよね絶対（ぜったい）。確（たし）か、原先輩（はらせんぱい）って名前（なまえ）だったような？

　女（おんな）の子（こ）達（たち）がよく騒（さわ）いでいる。次期部長候補（じきぶちょうこうほ）なんだとかそうじゃないんだとか、噂（うわさ）が絶（た）えない。

　って、そうじゃなくって、何（なん）でこんな有名人（ゆうめいじん）がここにいるのかが疑問（ぎもん）なんだけど。

　私（わたし）がここで先輩（せんぱい）と会（あ）ってることがバレたら学校（がっこう）の女（おんな）の子（こ）達（たち）ほとんどを敵（てき）に回（まわ）すことになるよね。もしかしたらそれ以上（いじょう）かもしれない。

　私（わたし）は南（みなみ） 比菜子（ひなこ）の人生（じんせい）に危機（きき）を感（かん）じた。

　ここは一応学校（いちおうがっこう）の一部（いちぶ）で、私（わたし）の所有物（しょゆうぶつ）ではないから出（で）ていけとは言（い）えないよね。

　私（わたし）の大事（だいじ）な秘密基地（ひみつきち）だったんだけどな……。

　これからどうしたらいいんだろう。

　先輩（せんぱい）は、私（わたし）がここに来（く）るのは迷惑（めいわく）だよね。

「どうした？黙（だま）っちゃって。俺（おれ）に出（で）ていけって言（い）えなくて困（こま）ってる？」

「な、何（なん）で？」

　心（こころ）を読（よ）まれた感（かん）じ。この人（ひと）には何（なん）でもお見通（みとお）しなのかな？

　これが先輩（せんぱい）の余裕（よゆう）ってやつ？

「はは、顔（かお）に全部出（ぜんぶで）てるよ。別（べつ）に一人（ひとり）ぐらいここの住人（じゅうにん）が増（ふ）えたっていいだろ？邪魔（じゃま）しないで欲（ほ）しいならまた隠（かく）れておくからさ。それでいいだろ？」

「そういうことじゃないけど。」

「相談（そうだん）ぐらい乗（の）ってやるよ。俺（おれ）で良（よ）ければだけどね。」

　先輩（せんぱい）はそう言（い）うと、私（わたし）の頭（あたま）をポンポンと撫（な）でた。

「わっ」

「俺（おれ）だって悩（なや）んでいる人（ひと）くらい見分（みわ）けることは出（で）きるよ。」

　私（わたし）、悩（なや）んでるように見（み）えるのかな。バレないように隠（かく）してたつもりだったんだけどな。

　美代（みよ）にもバレてないのに。

「ここでぐらい自分（じぶん）を出（だ）したっていいんじゃないか？俺（おれ）、口固（くちかた）い自信（じしん）あるし。」

「本当（ほんとう）ですか？」

「疑（うたぐ）り深（ぶか）いな。まぁ、条件（じょうけん）があるが。」

　条件（じょうけん）？全（まった）く想像（そうぞう）できない。

　まぁ、この先輩（せんぱい）の言（い）うことだから、きっと意地悪（いじわる）な条件（じょうけん）なんだろうなぁ。

「何（なん）ですか？」

　覚悟（かくご）を決（き）めて聞（き）いてみた。すると、

「俺（おれ）がここにいることは他（ほか）のだれにも言（い）うなよ？二人（ふたり）だけの秘密（ひみつ）。わかった？」

　そんな先輩（せんぱい）の条件（じょうけん）を聞（き）いて、正直拍子抜（しょうじきひょうしぬ）けしてしまった。

　そんなのでいいの？

　もっと、こき使（つか）ってやるぞ、っやつかなとか思（おも）ってしまった私（わたし）が恥（は）ずかしい。

　でも、先輩（せんぱい）モテモテだからたまには隠（かく）れられるところが欲（ほ）しかったのかな？

　モテる人（ひと）にも悩（なや）みはあるんだね。贅沢（ぜいたく）な悩（なや）みだ。

「はい。」

「よし、いーこいーこ。」

　そう言（い）って先輩（せんぱい）はまた頭（あたま）をわしゃわしゃと、少（すこし）し雑（ざつ）に撫（な）でた。

　さっきもやったよね。癖（くせ）なのかな？

　その手（て）からは、不器用（ぶきよう）な気遣（きづか）いと、優（やさ）しさを感（かん）じた。

　私（わたし）はその時（とき）、初（はじ）めて本当（ほんとう）の先輩（せんぱい）に触（ふ）れられた気（き）がした。

　　　　　　　　　　　 ⇓⇓⇓つづく⇓⇓⇓