第8話 状況

 夜の世界。

 吸血鬼たちが暮らすその場所は、きっと誰もが一度は行きたいと願う場所。

 部屋から見た景色に息をのむ。

 幻想的な景色だ。雰囲気的には中世ヨーロッパが近いような気がする。それでいて和風の建物がちらほらと、絶妙なぐあいに混ざっていた。


 

「で、あれから大丈夫だったの?」

 この世界に来てから数日後、紅音の部屋に

紅音、律、夏実の三人はいた。

 月夜専用だという貴族のお屋敷のような家。

 その中で月夜と紅音、使用人たちは暮らしていた。

 儀式の後に来た部屋であり、紅音たちが今いる部屋であるここは、月夜が紅音のために用意した一人部屋だという。

「一応。血は何回か吸われたけど」

 律の問いに紅音はミルクティーを飲みつつ答える。

「吸血鬼たちも血吸わないと死人のようになるみたいだからね……」

 苦笑しながら言う夏実に律は呆れた目を向ける。

「そんなんで良いの?私達は望んでここにいるわけじゃないのに」

 あれから初めて紅音たちは情報共有のため、そして親睦を深めるために集まった。

 色々情報を集めていると、紅音たちがどれだけ恵まれていたのかがよく分かる。

 贄人、それは名前を変えているものの贄という言葉が指すように生贄のことだ。吸血鬼によっては贄人は奴隷扱いされる。血が吸えなくなると困るからそれなりの食事はできるものの、タダで働かされるのは良い方で、暴力、暴行は当たり前。自分好みに贄人を変えさせようとする人もいるらしい。

 自分好みに変えさせる、が指すものがなんなのかはよくわからないけど。

 自分に依存させるとかそういうことを言っているんじゃないかというのが紅音たちが三人が数十分前に考えた結論だ。

「ここから逃げることはやっぱりできなそう?」

 紅音はそう聞かれる。

 三人共良い吸血鬼にあたったとはいえ、血は吸われるし、いくら三人のペアの吸血鬼が身分が高いからといって、ここにいたらどんなことに巻き込まれるかわかったものじゃない。

「できないことは無さそうだけど、できたとしてその後が怖そう」

「できるの?」

 二人の驚く声に紅音は頷く。

「本とかで見た限りでは。そう簡単にはいかないだろうけど。それに逃げたとして政府側も誰を渡したかは記録してるっぽいし、いつまでも逃げることは無理だと思う」

 そっか。夏実が呟く。

 諦めたわけではないだろうけど、二人共黙ってしまう。

 重めになった空気の中、ふと窓の方を見ると時間的には昼なのに、外は真っ暗だ。太陽というものはなくとも天候はあるみたいで、空には少し雲がかかっている。

「明日からだっけ? 学校が始まるの」

 夏実の言葉に紅音は頷く。

 明日からは学校が始まる。人間界の外国では九月から始まるところが多いみたいだけどこの世界のこの国では四月から始まるらしい。

「月夜さんって良い吸血鬼だね」

 続けて言われた言葉に紅音は顔をしかめる。

「どうやら悪い吸血鬼ではなさそうだけど、だからといってなんで良い吸血鬼になるの」

「月夜さんが提案してくれなきゃわたしたちが集まることは出来なかったかもしれないでしょ?」

 今回三人で集まれたのは確かに月夜が提案してくれたおかげだ。学校に行く前にまた会って話でもしたら、という月夜の提案がなければ集まることはなかっただろう。とはいえ急に贄人にさせられるわ、血は吸われるわで、素直にありがたがることはできない。

 本心も全然読めないし……。

 数日という短い間しか一緒にいないとはいえ、あまりにも何を考えているのかわからなさすぎる。

 月夜の考えていることが全然読めなくて怖い、そう呟くと、夏実は月夜を庇うかのように言う。

「京子さんは月夜さんのこと悪い吸血鬼じゃないって言ってたよ。むしろ良い吸血鬼だって。京子さんは月夜さんのこと好きみたい。わたしは月夜さんのことよく知らないからなんともいえないけど……。でも良い吸血鬼なんじゃないかな?」

 三人で集まった直後から夏実は京子の名前をよく口に出している。どうやら京子のことを好意的にとらえているらしい。

 京子のことを好意的に捉えている発言を夏実がするたびに律は微かに顔をしかめる。律は三人の中で一番この状況に憤っているために、吸血鬼に対して好意的とはいかなくても否定的でもない夏実の言葉が気に入らないんだろう。

「その藤堂って正室の吸血鬼と血繋がってるんでしょ? なのに桜ノ宮に好意的なんだ? 

藤堂のいとこである正室の子供と桜ノ宮月夜は仲良くないって聞いたけど」

 興味ないけど、という態度で吐き捨てるかのように言う律は正直感じ悪い。だけど性格が悪いというよりは、この状況に怒っているのと、儀式の時に京子とぶつかったことが律の中で

尾を引いているのと、その二つが原因として大きいんだろう。

「確かに京子さんから見て正室の吸血鬼は叔母にあたるみたいだけど……。その子供たちと

月夜さんって仲悪いの?」

「桜咲はそう言ってた。一見仲悪くなさそうにしてるけど、どうやら仲良くないらしいって。桜咲自身は他の吸血鬼から聞くまで普通に仲良いと思ってたみたいだけど」

 律の言葉に夏実はそうなの?という顔で紅音の方を見る。

「私もよくわかんないけど、実際あんまり仲良くなさそう。住んでる場所も同じ敷地内だけど建物は違うし、交流もこの数日間一切なかったから。それに何回か来客があって、その内の一人と正室の子供たちの話をしてた時があったけど、お客さんが帰った後月夜イライラしてたっぽいし」

 普段は本心を隠すかのようにふわっとした笑みを浮かべて、本心はわからないけどその時は違った。お客さんと話してる時は微笑んでいるのが見えたし、お客さんが帰ってからもいつもとそう変わったわけではないけど、それでもイライラしているのは感じ取れた。

「色々調べてる限りでは、藤堂の親たちはそのへんの事情もあって桜ノ宮月夜のことよく思ってないっぽいよ。藤堂は違うっぽいけど」

 だからかぁと夏実は呟く。

「京子さん親のこと、王族になった姉に対して媚びへつらってる人たちって言ってた。

姉の機嫌とろうとしたり、機嫌損ねないように悪い態度とってるとかなんとか。それって月夜さんに対してだったんだ。京子さんは叔母さんの子どもたちの前、いとこの前でもその吸血鬼に対して、ちゃんとしたいい態度とってるからそれが原因で何回も親とケンカしてるとか」

 あぁ……。声が漏れる。

 わかんないでもないけど、なんというか……。


 月夜はどうやら複雑な立場にいるらしい。

 母親が混血だということは聞いたけど、それが悪い意味で月夜に対してかなりの影響を与えているみたいで。身分の高い吸血鬼ほど混血を嫌う傾向があるから、月夜は王族であっても普段から、かなり厳しい立場に置かれているそう。

 同時に月夜は国民人気が高いらしく、だからこそ正室の子供も月夜を見て見ぬふりはできない。混血から生まれた娘だからと捨て置くことはできない。

 月夜の使用人の話では、今まで相当な苦労をしてきたそう。

 月夜のことは好きじゃないしむしろ嫌いだけど、近くの有力人物ならぬ有力吸血鬼に、敵ではない吸血鬼がいるということに少しだけ安堵した。

 月夜の母親はどうやらずっと前から行方不明らしく、父親は月夜も正室の方の子供たちもどちらにも無関心なんだそう。その他でも月夜が頼れる身分の高い吸血鬼は、どうやらいないらしい。

 

「京子さんかっこいいね」

 紅音はそう言い微笑む。紅音だったら月夜に対していい態度とれるかどうかわからない。

 周りの人は大体の場合それなりにはいい態度をとってるけど、本心では良く思われていない。

 王族であるいとこはその人のことを嫌っていて、親もそれに合わせて態度悪く接している。

 その状況で自分を貫ける京子のことを紅音は少しだけ尊敬した。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

月夜に咲く紅き百合 オウヅキ @sakuranotuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ