第6話
“その剣の持ち主はお前か?”
驚き、周囲を見渡す。シモンもラウルも特に話してはいなかった。二人は竜の様子を覗き見ている。
“我は、その剣の今の持ち主を探している。汝がそうか?”
その時、竜が突然、咆哮をあげた。三人は驚き、全身を震わせる。その驚きとともにヴィンスは、クレマンが見せてくれた古文書の絵を思い出した。竜に向かって剣を掲げる者が描かれていた……。
剣を鞘にしまう。そして、大きく息を吐き、シモンとラウルに告げる。
「……今から、この剣を竜の前に掲げてみる。村長が見せてくれたあの絵の様に」
「……ヴィンス、それは無茶じゃないのか? あの絵のとおりにして、何が起こるっていうんだ」
「それは……俺もわからない。でも、今はもう、それしかない。俺たちはここを通り抜けないと街へ行けない。村は冬支度ができなくで、大変なことになる。それに……それに、俺は街でした約束を守れなくなってしまう」
ヴィンスの決意を固めた顔を見て、ラウルたちは返す言葉を口から出せなかった。他に取り得る手段を二人は思いつかなかった。
岩影から出て、ヴィンスは竜に向かって歩き始める。蒼い竜は、ヴィンスの姿を確認するとじっと見つめてきた。その威圧感に圧倒されつつも、足を進める。
“汝がその剣の持ち主か?”
再び同じ問いかけが頭の中に響く。ヴィンスは竜が語りかけていると確信した。
「なぜ、この剣の持ち主を尋ねる? この剣は刃こぼれと錆で使い物にならない」
“その剣は、我と奏者を繋ぐもの。我は奏者を求めている”
「奏者とは何だ?」緊張しながらも、竜との対話を続ける。秋空の肌寒い山頂に居るにも関わらず、ヴィンスは額に汗を感じる。
“奏者とは、我と契約を交わした者。この世界を守護する使命を担う者のことだ”
「残念ながら、俺はただの村人だ。奏者には心当たりがない。なぜ、この山に居座る? 俺たちは街へ行けず困っている」
“我はここで奏者となる者を待つ。亡き友との約束なのだ”
「ここを通り抜けてもいいか?」
“……汝が、奏者になるなら”
竜との会話をしつつ、ヴィンスは自分が焦ってきているのを感じた。約束まで時間がない。街への道程はまだ半分以上あるのだ。日が西に傾きつつある。山を登るのに時間を取られすぎた。
“どうした? 奏者になるか?”
「それは誰がなっても良いものなのか? 世界を守護する? そんな大それたこと、考えたこともない」蒼い竜は依然として道を阻むように居座っている。
“夜に月を見たことがあるか? 空に開く光の穴を塞ぐように輝く方陣を見たことがあるか?”
突然の展開に頭がついていけなかった。夜空の月だって? 確かに夜、空に浮かぶ光の穴は丸く輝く時、それを塞ぐように七芒星が光る。でもそれは幼き日からいつも見ている夜空だ。何を言っているのだ?
“そこからこの世界を滅ぼす災いが来る。我らは、奏者と共にそれを防ぐために目覚めるのだ”
災い? 我ら? いろいろと疑問が浮かんだが、アニエスとの約束が頭をよぎり、それらを吹き飛ばす。
「そんなことはどうでもいい! 俺は街へ行かなくてはならない。それも日が沈む前に! どいてくれ」
“我と契約する奏者がくれば、ここに居る理由はなくなる”
「……なら、俺が奏者になる! 今はアニエスとの約束を守ることが最も大事なんだ」
竜はその言葉を聞くと、空に向かった吠えた。
“ならば、剣を掲げよ”
言われるままに、ヴィンスは右手に持っていた剣を両手で持ち直し、青い空に向けて高く掲げた。剣先が太陽の光で光った。
その時、蒼竜が剣に向けて口からブレスをはいた。青白く光るブレスが刃こぼれと錆の剣に当たり、貫く。不思議と剣の柄には熱さも冷たさも伝わってこない。
ブレスが止むと、剣はまるで今鍛え上げたばかりに神々しく光った。刃こぼれや錆が消えていた。ヴィンスは驚きのあまり、声が出ない。
“その剣は、竜剣。奏者と我を繋ぐもの。何度でも蘇る……”
ヴィンスはまじまじと剣を眺めた。剣身は清い水に濡れたように煌めいている。この剣は何でも斬れる。そう思わせる魅力を漂わせている。だが、目を覚ますように、ヴィンスは蒼い竜に向かい合い、剣を鞘に収めながら言う。
「そんなことより、さっきも言ったろ! 俺は街へ行かないといけないんだ。道を空けてくれ」
“街へか。退く必要はない。急いでいるなら、我が背に乗るがいい”
「えっ?」
“奏者は竜と共にある。我が力も汝のためにある”
竜が大人しそうに首を伸ばし、乗るように促してきた。
「ヴィンス、大丈夫か?」岩陰から見ていたシモンとラウルが、恐る恐る駆け寄りながら聞いてきた。
「ああ、大丈夫だ。この竜と話をしていた」
ヴィンスは自分でもまだ理解が追いついていなかったが、二人に剣と奏者と竜について説明した。
「それじゃあ、お前がその、奏者というのになったのか?」
「どうやら、そうらしい。よく分からないが……竜が街まで乗せていって行ってくれるらしい。アニエスとの約束の時間が迫ってきているから、俺は乗っていくよ」ラウルを見てうなづく。
馬車に相乗りをするがごとく簡単に言うヴィンスに、二人は驚く。
「あ、ちょっと待ってくれ。この山を道伝いに街へ向かって下りるのは、少々骨が折れると思うんだ。登り道で苦労したように」ラウルは引き留めるように言う。
「だから、何とかシモンさんと荷馬も……その、竜で運べないか? 俺は村へ報告に戻るが……」
“なら、村へその若者を運んだ後、その男と馬も街へと運んでやろう”
蒼い竜はヴィンスに提案してきた。
「いや、そうしてくれると助かるけどさ、俺は急いで街へ行かないといけないんだ。寄り道していく余裕なんてないんだ」
“我にとって造作のない距離だ。その若者も一緒に背に乗るがいい”
ヴィンスは半信半疑で竜の背に乗り、ラウルにも乗るように促した。
「シモンさん、ちょっと待ってて。すぐに戻れるらしいから」
蒼い竜はシモンの返事を待たずして、ラウルが背に乗ると翼を広げて飛び上がった。背に乗っている二人は驚きの声を上げた。それを合図としたかのように竜ははばたき、村へ向かって一直線に大空を進んだ。二人は竜の背の上で広がる景色に声も出なかった。山の頂上から見える景色など比較にならないほど、大きな世界が広がっていた。
そして、あっという間に見慣れた村の家々が眼下に見えた。
“着いたぞ。ここが汝らの村だな”
竜は村の外れの丘に静かに降り立った。
「ラウル、もう一度言うけれど、俺はどうやら竜の奏者という者になったらしい。だから竜が手助けをしてくれた。村長に伝えておいてくれないか」
驚きを隠せない顔をしていたラウルであったが、竜から降りるとうなづいた。
「ああ。とりあえず、なんかよくわからないが……。竜の問題は解決したみたいだな」
「シモンさんと荷馬は、竜に街まで運んでもらえると思う。急がないと約束の時間になってしまうんだ。すまない、ラウル。俺はもう行くよ」
ヴィンスを乗せた竜は、その声を聞くと小さく咆哮した。そして、飛び上がり、エレクティオ山へ身体を向けた。
村では、空に竜の姿を見つけた人々が指を差しながら、何かを話している。
「ヴィンス、気をつけてな!」ラウルは丘の上から手を振って大声で言った。ヴィンスは彼に背を向けたまま大きく手を上げた。
竜は一直線にエレクティオ山の山頂へと飛んでいく。
急速に山頂が近づく。そこでは荷馬の手綱を手にシモンが手を振っている。
「おまたせ、シモンさん」
「もう、ラウルを村に届けてきたのか?」目を丸くしながらシモンは言った。
「うん。届けたきた。さあ、シモンさんも乗って」
竜は山頂に降り立ち、首を伸ばしてシモンに乗るように促す。
「荷馬は……」とシモンが言おうとしているうちに、竜が軽く飛び上がり、後ろ足で荷馬をつかむ。
「乗せられないから、つかんでいくってさ」
「ヴィンス、竜と話せるのか?」というシモン。ヴィンスは顔を向けて微笑む。
蒼い竜は、街の方角へ身体を向けると大きくはばたいた。急な加速がヴィンスたちの身体を捉える。眼前と眼下に広がる景色を観て、シモンは 思わず大声を上げていた。
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