第4話

 出口を抜けて、まぶしい光に慣れてくると、そこは周囲を岩肌に囲まれた天然の城壁のような場所だった。

 ヴィンスはここに辿り着いて、クラース・マネの祠には洞窟を抜けなければならない理由をやっと理解した。岩肌はつるつるとした壁面で、おそらく登るのは無理だろう。またその高さは、人の背の約五倍以上はある。ロープを垂らして降りてくるという方法は、壁面の最上部を見ると難しいと感じた。尖った岩肌に途中から変わっており、ロープを使って降りてくる途中で、すれて切れそうだ。壁面の向こう側はどうなっているのだろうか。ラウルに訊ねた。


「俺も見たことはないんだけれど、村長が言うには、周囲は湖になっているらしい。さっき迂回ルートを選ばないといけなかったのは、雨が多いと湖の水位が増してどこからか洞窟に流れ込むらしい」


 目的の祠は、出てきた洞窟とはちょうど反対側の岩肌をくり抜いて作られていた。大人の背丈よりも少し高い入り口をくぐると、長い年月を経た人のような彫像が中央に鎮座していた。あぐらをかくように座るその彫像は、両手で何かを捧げるような仕草をしているように見えた。その両手には、鞘に収められた剣があった。

「これが村長が言っていた、竜に掲げるための剣……」

 ヴィンスは剣を手に取り、深呼吸をすると、静かに剣を抜いた。外からの光を受けて剣身がきらめく。だが、よく見るとそこかしこに刃こぼれが見て取れた。刃こぼれしている辺りは錆も出ている。鞘も年月を経てぼろぼろだ。


 ヴィンスは不安になった。ここまで時間をかけてきたのに……、こんな剣では竜と戦うなんて無理だろう……。落ち込むヴィンスを見て、ラウルが周囲を見渡して言う。

「剣はこれのことだと思う。ここには他に剣と呼べるものはないからな」

 肩を落としつつも、ヴィンスは剣を鞘に収め、腰のベルトに取り付けた。ラウルがその姿を見て説く。

「とりあえず、この剣を持って帰って、村長に相談しよう。ひょっとしたら、他に何か知っているかもしれない」

 ラウルの言葉に、ヴィンスも溜息とともにうなづく。


 村への帰り道は、期待外れのものを取ってきた足取りの重たさで二人は会話をほとんどしなかった。ラウルが時折、道案内の言葉を発するくらいであった。洞窟の中は松明の灯のゆらめきが照らす岩壁と反響する靴音のみで、暗闇に閉じこめられたとヴィンスはふいに感じた。


 お先真っ暗。約束を果たせる希望がない……。いや、この剣がほこらまつられていたのだ。何か意味のあるものだろう。それに、明日は竜が飛び去っているかもしれない。居座っていたとしても寝ているかもしれない。その横をこっそりと抜けることができるかもしれない。希望を失うのは……まだ先でいいはずだ。


 腰に差した剣の柄を触って、そう心を奮い立たせた瞬間、洞窟の出口の光が射し込んできた。そうだ。まだやれることは、きっとある。


 空はどんよりとした灰色の雲が広がり始めた昼過ぎ、村へ戻った二人はさっそくクレマン村長の家を訪ねた。

 迎え入れたクレマンは二人の姿を確認すると微笑んだ。

「無事に剣は取ってこれたのか?」

 その言葉に、二人はうなづきつつも、暗い顔を見せた。

「剣はあったよ。持ってきた」

 そう言って、ヴィンスは左の腰に差した剣を指さした。

「村長。だけど、剣は……刃こぼれや錆がひどい。鞘もぼろぼろなんだ」とヴィンスが続ける。

 クレマン村長はその言葉に目を見張り、ヴィンスが鞘から抜いた剣を見て驚いた。

「これは……ひどいな」それ以上、クレマンは言葉を続けられなかった。

 三人の間に沈黙の時間が流れた。外は風が強くなったのか、木々がざわめく音が家の中に届いてきた。


「……俺、この剣を持って、明日エレクティオ山に行くよ。街で約束をした人がいるんだ。明日には約束したものを届けないといけないから」

 静かに決意した目を二人に向ける。すると、ラウルは応えるように言った。

「わかった。わかったよ。お前は簡単に約束を破る男じゃないからな。むしろ、何が何でも約束を守るからなあ。俺も明日エレクティオ山についていくよ」

「ところで、村長。この剣について他に何か知りませんか?」ヴィンスが尋ねる。

「いや、残念ながら何も。お前たちが洞窟に行っている間に調べたおきたかったんだが、あいにくと他に色々あって忙しくてな。古代文字を読めないから、調べられることもたいしてないのだ。すまない」

「そうですか……。なあ、ヴィンス。明日は、朝八時に待ち合わせでいいか?」

「本当は今からでもエレクティオ山に向かいたいところなんだけど……」ヴィンスは焦りをにじませる。

「そうは言っても、シモンさんも街へ行きたいだろうから、相談が必要だろう? 一応先に釘を刺しておくけれど、お前一人で行くってのはなしだ。これは村の問題でもあるからな」

 ヴィンスはうなだれた。

「シモンさんは、宿屋にいるかな。話をしに行こう」

 ヴィンスとラウルの二人は、村長の家を後にすると、村で唯一の宿屋へと向かった。


 すでに日は西へと大きく傾きかけており、東から北の空は薄暗い灰色の雲が立ちこめつつあった。宿屋でシモンを訪ねたが、あいにくと外出中だった。二人は遅い昼食を宿屋で取ることにした。小さな宿屋なので提供される昼食も一種類だけ。鳥の蒸し焼き、パンとスープというセットだった。二人は無言でたいらげる。


 ちょうど二人が食べ終わり一息していたところで、シモンが宿屋に帰ってきた。

「おかえり、シモンさん」とラウル。

「やあ、二人とも。祠はどうだった? 良い報せを期待しているが……」

 それを聞き、ヴィンスとラウルは顔を見合わせた。祠には目指すものがあったので、悪い報せではない。だが、良い報せでもない。ヴィンスが口を開いた

「それが、剣は一応あったんだけど、これなんだ」

 腰に差していた剣を抜き、シモンに見せる。

「……ふむ。これは、武器としてはもう使えないくらいだな。刃こぼれや錆がここまでくると……」

 それを聞き、ヴィンスは分かっていたが落ち込んだ。思っていたことを言葉にされただけであるが、心に受けた衝撃は大きかった。行商人であるシモンは、自分よりも武器に関しても目利きが利くだろう。

「落ち込むなよ。そもそも剣がちゃんとしていたって、お前や俺は剣の心得がないんだから、竜と戦うなんて出来やしないさ」ラウルは慰めの言葉をかける。

 ラウルがシモンに伝える。

「俺たちは明日、もう一度エレクティオ山に行ってみる。この剣で竜をどうにかできるかはわからないけれど、居なくなっている可能性もあるから」

「そうか。それでは、わしも行こう。ここに長居する予定ではなかったしな」

「それじゃ、明日の朝、広場で待ち合わせましょう。八時でいいですか?」

 何か言おうとしたヴィンスを制するように、ラウルが言った。実際、その左手はヴィンスの目の前に出されていた。ヴィンスは口を閉じる。

 今から出立しても、夜に山越えとなる……。でも……。

 シモンは、ラウルの提案にうなづく。

「それじゃ、シモンさん。また明日」

「ああ、よろしく頼む」

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