1月17日

 お布団の寝心地が良かったせいか、今回は夢も見なかったが。

 よだれが凄い事に。


 必死に顔を洗って袖口が濡れてしまった、ジュラに言うとお風呂に行ってはどうかと。

 恥ずかしい、顔を洗うの下手みたいじゃんよ。

 違うのよ、首らへんまで涎が来てたのよ。


『大丈夫ですよ、着替えは沢山有りますから。地味ですけど』


 いや、地味なのは歓迎なんだが。


『《ねぇ、のんで?》』


 手を変え品を変え、何処でどう学習したのか。


(ちょっと待っててね)

「あ、おはようございます」


(おはよう、ショナ、コレ、味見を)

「えっ!?あ…はい」


 口元のマスクを外したショナの口に、1滴垂らす。


「…ぅう……」


 顔を抑え込んだと思うと、今度は頭を抱え出したショナ、面白い。


『あら、凄そうですね、お口直し用の何かを用意しましょうか?』

「ですね……濃い味のが…良いと…思います……」


(どう?)


「……まだちょっと…効き目は分かりませんね…」


(そっか、ごめん)

『今日は私が準備するので、先にお風呂に行ってて下さい桜木様』

「僕は見回りして来ます…」


(うん)


 保養地らしく温泉の出るお風呂、豪華。

 頭を洗い、体を洗い、肩までたっぷりとお湯に浸かった。


 疲れた、これだけで疲れた。

 ダルい、しんどい。


『お邪魔します桜木様、髪はもう洗いましたか?』

(うん)


『カルテを読ませて頂きました。これからは遠慮なさらず、出来るだけお話にならないで下さい』

(でも)


『治るまでです。ジェスチャーでも大丈夫ですから、さぁ髪を乾かしますね』

(うー)


『そうそう短文で、そんな感じですよ』


 ジュラさん美人。

 年上なんだろうか、迫力の有る美人。




 暖炉の前でボーッと神獣達を撫でて居ると、窓の外で素早く動く何かの姿。

 ショナだろうか。


「たただいま戻りました、効きますよ!」

(ほう)


『お帰りなさいショナ。さぁ桜木様、紅茶とチーズケーキのベリーソース添えです』

「美味しそうですね。あ、あの薬は遅効性みたいです」

(ん)


 覚悟し、一気に1瓶。


 漢方の様な味と香り、森を濃縮した様な青臭さ。


 うん、とってもマズイ。


 舌に接触しないようにグィっと飲んだつもりだが、苦い、エグい。

 唾液が大量に出てくる。

 鼻で息をしていないのに、僅かに鼻腔を通り抜ける激臭、クサイ、漢方臭い、青臭い。


 良いと思える所が1つも無い、苦手な味と香りの集合体や。


『桜木様!チーズケーキ有りますから!!』


 ジュラの慌てる声が聞こえた。

 無意識に両手で顔を押さえ悶絶し、チーズケーキの事など頭から吹き飛んでいた。

 我に返り、急いでチーズケーキを頬張る。


 美味しい、ふわふわなのに濃厚で甘酸っぱくって良い香り。

 気を取り直し紅茶を頂く、ウバっぽくてコレも美味しい。


『《もう1本!》』


『酷ですわねぇ』

「せめて、もう少し時間を」

『《ごはんだけじゃ、ご主人たりないの!》』


「桜木さんのペースってものが」

『そうですけれど、でも、心配なのも事実ですし…』

『《ご主人の為なの》』


『それは分かりますけど』

「凄い味なんですよ?」


(ちょ、タイム)

『《め》』

『め、って』

「桜木さん、いっそ飲ませます?」


 明らかに酷い眠気、収まらない空腹感。

 コレが容量の足りない信号だとは分かる、分かるが。


 飲まないと、動くにも大変だしな。


(いや、飲む、飲むから)

『《えらい》』


 今度はチーズケーキを片手に準備し、緑色の液体を飲み込む、そして即チーズケーキへ。


 マズイ、うまい、マズイ、うまい、マズイ、うまい……




 全ての瓶を飲み干した、舌と脳が混乱して、なんだか疲弊した気がする。


「頑張りましたね桜木さん」

『お疲れ様です、何かお持ちします?』

(…ショナの、玉子焼き…)


「はい、準備してきますね」

『ショナのご飯は美味しいですものねー』


 そうして直ぐにも出て来たのが、玉子焼きと焼おにぎり、美味しかった。


『《ご主人げんきでた?まだたりない?》』

(ごちそうさま…わかんない)


 2匹が散々に首を傾げ、繁々と全身をじっくり眺めながら駆け巡る。

 そうして急に、申し訳なさそうに呟いた。


『《まく、やぶれてる》』


(ん?)


 たどたどしい竜達の説明と、従者2人の補足で分かった事は。

 この世界の生き物には、魔法の膜が備わっている。


 勿論、召喚者も備わっている当たり前のモノ。

 魔素の無い転生者にすら備わっていると。


 因みにその膜は、能力の有るモノが良く見てやっと確認できるそう。

 全身を包む様に、薄い半透明の膜がピッタリまとわり付いてる様に見えるんだとか。


 外部から身を守る防護服の様なモノだそうだが、色も柔らかさも、性質さえ様々だと。

 魔力を貯蔵したり、魔法に対する抵抗力の指標だったりするらしい。


『《ご主人薄すぎ、破れてる》』

(あらー)

「成程、本来は小児に多いそうですね」

『治療法は魔素の濃い場所で療養、自然治癒としか書いてありませんね』


 こちらで薄く脆い膜で産まれても、少し体が弱い程度で、育つ過程で丈夫になる。

 成長してなお薄く脆い事例は、100年以上前に数件あったという報告程度。

 根治方法は不明。


(稀?)

「みたいですね」

『《気付くの遅くて、ごめんねご主人》』


(ええよ)

「ではとりあえず、もっと魔素の濃い場所へ行きましょうか」

『ちょっと遠いですけれど、良いと思いますよ』


「じゃあ、僕は荷造りしてきますね」

『なら、私がお弁当を』

(てつだう)


『少しだけですよ?』


 謎の測定器を外し片付けると、2人が忙しなく動き出した。


 そしてジュラを手伝う隙がほぼ無かったので、材料を適当に混ぜてオヤツ用のクッキーを作った。


 料理をして少しは脳内が落ち着くかと思ったが、ただクッキーが出来上がっただけだった。

 甘さ控えめのナッツチョコクッキー、また恵比寿さんに会えたら渡す予定。


 神様に竜に魔法に、本当に異世界っぽい。




「では出発しましょうか」

『忘れ物は無いですね』

(ん)


「あ…えびす様が」

『まぁ!』

「あ、お待たせしましたか、えびすさん」


『よいよい、それより足らなんだな、ほれ』


「ありがとうございます」


 大量のエリクサーが籠一杯に入ってた、いっぱいだ。


『味はな、良薬口になんでな』

「はい…あの…コレを」


 準備の合間に焼いたクッキーを差し出してみる。


『うむ、良い。またの』


 恵比寿様はクッキーの箱を掲げ、再び濃霧の森へスキップして消えて行った。


 車に乗り込み保養地を出て、山を越える。


 再び一面の雪景色。

 マスクを着け、クマと神獣を抱え、瞼を閉じる。

 いくらでも寝れる気がする。






《こっち…》


(ん…よんだ?)

「いえ?ジュラさんも寝てますし、休憩しましょうか?」


(ぅん)


 良い感じの休憩所、スターダストなのかキラキラしとる。


「足湯がありますね」

(そこで食べたい)


「良いですね、あ、温泉卵も作りましょう」


 小さな休憩所にはトイレ、駐車場の反対側に屋根付の足湯場。

 更に奥には滝もあるらしい。


 温泉卵に鯖サンドにキノコスープ、おいしい。

 ジュラと竜は車でずっと寝たまま、鳥類は何とか起きてる。


 本当に、食べない人達で心配になる。


《おそと、おさんぽ》

(うん)

「はい」


 食事を終え鳥類とショナと滝へ向かう。


 雪景色の中で滝を見るなんて初めて、モノトーンな色合いと滝の音だけが響いて、静かな綺麗さだ。


(弁財天さんとかもいるかな?)


『僕で良いか』


 またしても音も気配も無く滝の裏から子供が現れた、小学生位の少年。


「はっじめまして、桜木花子です」

『うん、恵比寿から聞いてる。スクナだ、こっち、浴びてった方が良い』


「お、うん?はい…ありがとうございます」

『うん、またな』


(浴びて行けって…)

「はい…聞こえました…」


 試しに手を入れてみると、水は暖かくて気持ち良い、滝の裏だからなのか冷気も無く暖かい。


(ぬるい、入るか)

「はい…後ろ、向いておきますね」


(あ、はい)


「大丈夫ですか?」

(おうよ)


「タオル準備しておきますね」

(いや、乾くから大丈夫みたい、ほら右、手見て)


 皮膚に付いた水滴はダイアモンドダストの様に、湯気と混ざりキラキラと空中に舞い消えていく。

 無駄毛が憎い。


「わぁー本当に、不思議ですねぇ…」

(ね)


「案内にはスクナヒコ様が居られると書いて無かったんですが…」

(秘密の場所なのかもね)


「そうですね、静かで綺麗な場所ですからね」

(ね)


 開けた場所にある小さな滝は、凍りついた森を眼下に見下ろす。


 灰色に曇った空と、雪の白、木々の黒さ。

 モノクロの景色が、奥にも横にも一面に広がっている。


 15分程入った後、トイレに行き車に戻り、再びドライブ。






 道中ではひたすら寝る、休憩を繰り返し。

 遂には、湯気の漂う大きな温泉街に辿り着いた。


 いつの間にか隠密装備を解除したジュラが運転している。


 ショナも装備を解除して、助手席で仮眠中。

 アイマスクをし、旅慣れた旅行客にしか見えない。


 まだ、顔が見れて無い気がする。


『おはようございます桜木様、もう少しで着きますからね』

(おは、観光ぽい)


『実際に観光地なんですよ、ここの湯原は魔素が濃いので静養にピッタリなんだそうです』


(ほう…来た事は?)

『初めてです』


(楽しもう)

『はい。さ、もう着きますよ。起きて下さいショナ』


「ん、はい」


『荷物を準備して、はい、受付をお願いしますね。津井儺ついなぎで予約してありますからね』

「はい」


 そう読むのね。


『さ、着きましたよ、行ってらっしゃい』

「はい、行ってきます」


『ふふ、従兄妹会で家族旅行って事になってますから、ご安心下さい』

(うん)


『はい、これが桜木様のカバンです』

(ん)


 崖の上のこじんまりとした平屋の旅館、老舗感満載。

 廊下は床暖房なのか暖かく、静かでとても雰囲気が良い。


 部屋は広縁のある和室。

 備え付けの温泉は濁り湯、夕飯まで時間があるのでジュラと入る。


 鳥と竜は部屋の守衛に、ショナは旅館の大浴場に。


 ショナの顔、普通で安心した。

 いや、良い顔では有るんだけど。


『これで少しは良くなると良いのですけれど』

(ね)


『前髪は伸ばすおつもりで?』

(ううん、きりたい)


『でしたらショナに、切るのが上手なんですよ』


(ん、眉毛もやらないと)

『それは私にやらせて下さい』


 30分程入った後、旅館に備え付けの作務衣に着替え、顔の産毛を処理して貰った。

 なんて甘やかされているのだろうか。

 しかも美人に。


 やっぱり天国なんじゃ無かろうか。


(ありがと)

『いえいえ、あ、お帰りなさいショナ、桜木様の前髪を切って差し上げてくれます?』


「はい、どこまで切ります?」

(ココ)


「眉あたりですね」

(ん、ハサミこわいんでタオル巻く)


「はい」


 ハサミが怖いと嘘をつき、タオルを顔に巻き付け前髪を切って貰う。

 普通といえどね、自分の顔を隠すと安心するわ。


(どうだった?)

「大浴場ですか?」


(ん)

「種類も多くて綺麗でしたよ」


(ん)

「明日行っても良いですけど、長湯はダメですよ」


(んー)


「長く入れば良いワケじゃ無いですし、普通に湯あたりするからダメです」

(ふぇい)


「今日の夕飯はお魚が中心だそうです、大丈夫ですか?」

(ん)


 タオルで良く見えないが、鳥類と竜種が落ちた髪の毛で遊ぼうとしているらしく、ジュラが御している声や音が聞こえる。

 笑うのを堪え、耐えた。


「はい、終わりましたよ」

(ありがと)


 温泉のお陰かエリクサーのお陰か、今の所は寝ないでいられてる。

 と言うか、夜行性なのよな。

 良く無いんだろうけど。


 2匹の名前を付ける為、タブレットで調べていると違和感に気付いた。

 時事ニュースが見れない。


 コレは、良い意味として捉えるべきなんだろうか。




《お邪魔致します、お食事の用意が出来ました》


 2人の従業員がテキパキと配膳し、何とも豪華な部屋食が次々と並んでいった。


『「「いただきます!」」』


 う巻き、キノコのお吸い物、牛しゃぶしゃぶはカボスポン酢と大根おろしが超旨い。

 3人前の魚の船盛はどれも癖がなくて美味しいし。

 そして山菜のおつけもの3種、これが1番ご飯に合うが、1つは苦い。


 桶いっぱいのお米が消えていく。

 デザートは意外にも栗入り月餅、中華街の高級店の品物らしい。


 ココにもあるのね、中華街。


『今日のお夜食は炊き込みおにぎりだそうですよ』

「頼みますか?」

(ん)


『美味しいですね桜木様』

「どうしました?足りなさそうですか?」

(2人が食べてて安心した)


『ご心配お掛けしてしまいましたね、でも安心して下さい、ちゃんと栄養は取ってますから』

「そうですよ、気にしないで下さいね。専用の兵糧があるんで大丈夫ですから」


(うーん…)


「本当に大丈夫ですって、それよりお代わりは如何ですか?」

『そうですね、苦手な物はありましたか?』

(このおつけもの苦手、苦い)


「じゃあ今度から僕に下さい、お肉もっと食べます?」

(うん)




「「『ごちそうさまでした!』」」


『お散歩に行きましょう、桜木様』

(ん)


 作務衣の上に浴衣と羽織り、フカフカの足袋に着替える。

 そしてマスクを着け、受付でダウンの羽織を借り湯畑へ。


 緑色の湯畑には湯煙が上がり、時々粉雪が舞って幻想的。

 大きな燈籠に灯りが揺らめき、氷のミニかまくらが夜道を照らす。


 遊技場に足湯、お土産屋もまだ開いてて活気もあり、景色も雰囲気も素晴らしい温泉地。


 天国だ。


『桜木様?気になる物が?』

(ん、ちょっと)


『買って行きましょう、恵比寿様から頂いたモノもございますし』

(あっ…)


『遠慮は禁物です、今が踏ん張り時なんですから』

(ふぇい)




 ごまだれ団子を買って帰ると、ジュラが先に眠りについた。

 寝付き良過ぎて怖い。


『《だっこ、かまって》』

(ん、飯は食わんのかね)


『《まだいらない、人になれたらいっぱいたべる》』

(ん、一緒に食べようね)


『《うん!》』


 よしよし、よーしよし。


「すぐ寝ちゃいましたね、桜木さんは眠れませんか?」


(もうちょっと)

「じゃあお勉強の時間で、何が知りたいですか?」


 タブレットに表示された[転生者]をタップ。


「最近来られた方は。従者の先輩の娘さん、加治田リズさんですね」

(いくつ?)


「今年で6才で、省庁の開発部で働いてらっしゃいます」

(大変そう)


「夢があるので、早く稼ぎたいそうで」

(わかる、あいたいな)


「では、会える様に調節してみますね」

(ん)


「眠れそうですか?」

(急にきた、ショナ、大事な人は居る?)


「えーっとですね、両親に、兄と……」






 ふと目を覚ました時に見えた広縁で、何かを読んでいるショナ、陰影と雪景色のコントラストで、凄く綺麗だった。

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