1月18日

 



 真っ赤な手で、辺りも真っ赤で、真っ暗で、暖かい。






 少し奇妙な夢だったが、特に何か映像が有ったワケでも無い。

 本当にただ、イメージだけという感じ。


 今日は奇跡的に涎まみれじゃ無い、多分、ジュラさんが拭いてくれたんだろう。

 すまん、有難い。


(おはよ)

『おはようございます桜木様、今日は大浴場へ参りましょうか!』


(ん!)


 ジュラと交代し眠るショナと、竜達を置いて部屋を後にした。


 大浴場の露天風呂は雪化粧され、しんしんと小雪が降り積もる。

 内湯は檜風呂、外には岩風呂、壺湯に寝湯と一通り楽しんだ。


 魔法で髪が一瞬で乾くので、湯冷めの心配が無いのもまた良い。

 部屋に戻ると、ショナが竜達の相手をしてくれていた。


「おはようございます」

『人間の新しい常識いっぱい』

《新しいの覚えるの大変なの》

(がんば)


 朝食も部屋で。

 鯛茶漬け風のシンプルな和食、漬けになったり軽く炙られた白身魚をご飯にのせ、そのまま食べてもよし、出汁を掛けるもよし。

 山菜の煮物やお新香は苦味もなく芳醇な味わい、白米と麦飯の飯櫃おひつがあったので、白米は完食。


 余った麦飯は焼きおにぎりへ変化した。


 次もショナが眠る番らしく、歯磨きをし早々に端の布団で眠り始めた。


『美味しかったですね』

(ん)


『桜木様…あの、遠慮なさらず沢山お食べになって下さいね』

(ありがと)


 逆流性食道炎の予防の為に、15分以上は起きていないといかんので、眠気を我慢してタブレット学習。

 アレは痛いより苦しい感じで嫌いだ。


『はい、物価はこの通りで、違いは。不動産位だそうですが』

(ん、オケ)


『では以上です、30分経ちましたね、おやすみなさいませ』

(おやすみ)






 真っ白な闇夜に、真っ白で広大な土地。


 少し先に、ポツンと古城が佇む。

 遠くには沢山の竜や巨鳥が舞い、雄叫びを上げている。


 雄叫びが、体を揺らす。



 揺れる。

 体を揺さぶられる感覚。


『起きて下さい桜木様。ショナ、警戒体制を』


 ジュラが警戒する目線の先、窓ガラスがコンコンと叩かれた。


「あのー、お休みのところ失礼します」

『桜木様、私の後ろに』


 窓を枠から外し、広縁から人が上がり込んできた。


「お邪魔しますね。どうも初めまして、魔王です」


 窓から入って来た人物は絶世の美青年、日本語、そして魔王っぽい外見の魔王。


 魔王?

 紫色の瞳に黒髪はストレートロングヘア。

 そして山羊的な巻き角、実に魔王っぽいが。


『真偽を別にしても、無礼ですね』

「すみません、直しますね。あ、どうも、召喚者様」


(え、あぁ、どうも)

「まだお加減が良くなさそうで。あ、これ身分証です」


 魔王と申す何者かが窓を直すと、こちらに真っ直ぐにお辞儀をし、パスポートを提示した。

 ジュラが魔王の身分証を受け取り、タブレットと交互に見つつ生体認証も確認していく。


 そうして暫く待って居ると、パスポートを魔王へ返した。

 恵比寿様と同様に顔認証システムで確認が取れ、生体認証や身分証も完璧だそうだ。


『大丈夫です、確認がとれました。桜木様、一応コチラへ』


 大丈夫なのかい。

 ショナが警戒を解き姿を現し、ジュラはお茶の準備を始めた。


 マジで大丈夫なんかい。


「突然すみませんね」


(ご、ご用件は?)

「助けて貰いたくて来ました。先ず最初からだと、福禄寿さんと寿老人さんが消えたんです」


 平和な時代には常に何処かで楽しく酒を飲んで居るが、争乱の時代の到来と共にお隠れになる七福神の神様。

 その平和の御使いが、ここ数日で消えたらしい。


『まぁ…』

「確認が必要ですね」

「どうぞ、どうぞ。で、友人の店を気に入ってここ数十年は同じ場所に滞在して頂いていたのですが、急に所在不明になってしまって…」


(飽きたとかは?)

「その友人と会う約束をしていましたし、義理堅い方々なので。消えた、と捉えているそうです」


(その、国は?)

「はい、旧米国自治区でして。国は把握していると思うんですけど」

『全く、困った国ですね』

「国名までは把握してませんでしたが、まさか旧米国とは」


 魔王がタブレットを差し出したので、ジュラとショナが文章や映像を確認。

 魔王がハイテク機器って、なんか不思議。


(他の神様とかに確認は?)

「いいえ、確認の為にお会いしたくても、出来なくて」

『魔王と会いたがる神々や精霊は、そうおりませんから』

「人間もですけどね」


(よし、神社行ってみよう)

「すみません、宜しくお願いしますね召喚者様」




 鳥類を肩に乗せ、ジュラと共に神社へ、通りすがらおにぎり屋さんでいなり寿司を購入。


 温泉神社に辿り着いた。


「お邪魔します、恵比寿さんかスクナさんは居りますか」


『ほい、おぉ、お主か』

『どうしたんだ』


「福禄寿さんと寿老人さんがお隠れになったそうですが」

『そうじゃよ』

『らしい』


「ヤバいじゃないですか」

『うん、ヤバいじゃよ』

『うん』


「どの位?」

『100年以上無かった事態だ』

『だのぅ』


「ありがとうございました…その、コレを」

『うむうむ、よいよい』

『うん』


 スクナさんと恵比寿さんは、雪降る林の奥へ消えて行った。

 恵比寿さんが嬉しそうに跳ねていたので、きっとあのいなり寿司は美味しいのだろう。




 再びいなり寿司を買って帰って、次は自分達のおやつにと帰投。


(ショナ、マジだしヤバいって)

『では、報告しに行って来ますね』


(何処に?)

『中央の国防省庁へ、暫く帰って来』

「あ、でしたら私も一緒に行きますよ、コチラをどうぞ」


 魔王が広縁の窓の外に、キラキラと空間を開いた。


 その先には白い建物が見える。

 マジ魔法。


『転移魔法、ですね。では、行って参ります』

(いってらっしゃい)


 亜空間が音もなく閉じていく、他と違うキラキラ感。


「さ、どうしましょうか」

(ねむい)


 勉強しようと思ったが、睡眠欲に負けた。






 1時間もしない内にショナのタブレットが強制起動し、国連からの文章が届いた。


 福禄寿さんと寿老人さんが消えた事が大日本帝国より発信され、各国の従者や重役クラスも召喚者が来たと知る事に。

 本来は第1報を報告すべきだった旧米国について今回は言及無し、事実確認が先で追求は二の次っぽい。


「……だそうです。もう桜木さんのタブレットや通信機能も使って大丈夫ですよ」


(ん、まだちょっとねむいんだが)

「少し早いですけど、お昼を食べましょう」


(ん)


 部屋に備え付けの旅館のタブレットを手に取り、川魚の握りとすいとんのセットを頼んでみた。

 特殊製法によりお腹を壊す事は無いそうな、ショナは躊躇う事無く食べたので、メジャーな料理なのだろう。


 食後の30分、必死に起きつつタブレットで魔王の情報を得る。


 写真や動画は制限付き、エグい話や戦争体験記が主だった。

 ショナが余所余所しいのも、少し分かった気がする。


「大丈夫ですか?」

(ちょっと悪夢見そうだが、眠い)


「後5分ですよ」

(むり)






 また真っ暗闇、地面が真っ赤な景色の悪夢を見た。

 きっと、魔王の話を読んだせいだろう。


「桜木さん、2人が戻って来ましたよ」


 空間が輝き裂け、ジュラ達が戻って来た。

 外は既に夜色。


 めっちゃ寝ちゃった。


『ただいまかえりました』

(おかえり)

「お邪魔しますね」

「はい」


 洗面所で顔を洗って部屋に戻ると、布団が畳まれテーブルが整えられていた。

 とりあえず空いている座椅子に座ると、早速魔王が話し始めた。


「厄災対策の為、私も同行する許可がいただけました」

(ん)


「つきましては…」

「あの、もう少しで夕食の時間なので」

『そうですね、もうそろそろですし』


 ソワソワして、普通に楽しみにしてくれてるのね。

 そうして魔王に隠れて貰い、夕飯を待つ。


《失礼します。お食事の用意が出来ました》


 昨日とはまた違った夕食。

 甘辛いタレの絡んだ煮魚、ごま豆腐の湯餡掛け、山菜の素揚げ、小鉢も品数が多くて目にも楽しい。

 飯櫃には、前回以上にたっぷりのご飯が入っていた。


《飯櫃が空きましたら遠慮無くお申し付け下さい、直ぐにお代わりをお持ちいたしますので。では、失礼致します》


 飯櫃のお代わり、つまりお代わりのお代わりはちょっと恥ずかしかったが、こう言って貰えてありがたい。


(たべる?)

「私は食べられ無いので、少し外に出ていますね」


 広縁に隠れていた魔王を見ると、いつの間にか髪で角を隠しお風呂セットを抱え、広縁から部屋を出て行った。


 なんか、魔王なのにな、マジで無害なんだろうか。


「『「いただきます!」』」


 煮魚はご飯泥棒、山菜の素揚げには香ばしく揚がった沢蟹も付いてて、ちょっと可愛くて美味しかった。


 飯櫃に半分だけお代わりし、全て平らげた。

 夜食は茶そばだそうなので、デザートのきんつばをとっとく。




 食後暫くして帰ってきた浴衣姿の湯上がり魔王は、フェロモンが凄い出ている。

 フェロモンモロ出しだ。


(イケメン)

『ですね』


 夕飯も片付けられているので、早速、プチ会議が始まった。


(はい、まって、まずその、それ)


 挙手した後、色んな物が出てくる魔法のカバンを指した。


『はい、桜木様。これは異次元アナザーディメンジョンバッグです、従者や特殊救助隊等が使えます』


 一般人も稀に持つ事は有るが、容量が魔力容量に依存するんだそうで普及はそこまでしていないらしい。

 その魔力容量の制限を受け無いのが、このバックなんだとか。

 次に。


次元ディメンジョンバッグ。

 通称D装備、先程のAD装備同様に時間操作や生き物は不可、実際と同じ時間が内部でも流れるが、温度も維持されるそう。

 コレは魔力容量に依存するそうで、主に公務員用だが、一般にも販売はされてるらしい。


 因みに転生者用には、小型で最小容量のポーチが許されているんだそう。

 時間操作も生物も不可。


 上記には危険物の収納が制限されているので、召喚者には向かないらしい。


 そして最後に、特定の限られた者だけが扱える無限インフィニティ倉庫ストレージ

 装備では無く亜空間を倉庫として使え、生物は勿論、時間も操れる魔法が有るとか無いとか。


「あ、それに近いモノ私、使えますよ」


 魔王が亜空間に手を突っ込む、腕の先がキラキラしつつ消えている。


(な、どうやるの)


「願うか言えば出てきますよ、ガトーショコラ、とか」


 魔王が光から手を引くと、出来立てのガトーショコラが出てきた。


(うまそ)

「子供達と作りました。お1ついかがですか?」


(こんど)

「はい」


(あと、膜?を治す方法知らない?)

「申し訳ないです、治療系の魔法は」


(なら魔法の文字とかの習得は?)

「はい、言葉を習得していれば数時間で済む筈です」


(まじかーたすかる)

「他に聞きたいことはありませんか?」


(あ、どうやってココが?)

「知り合いの巫女が【世界に陰りの予兆あり、大日本帝国の北、竜種を辿り、救いを求めよ】と言ったので、竜種の匂いを追跡しました。その子の親は魔属ですし、比較的楽でした」




 時系列として。


 先ずは神様が消えた。

 次に神託を受けた直後に、空中戦が始まった。


 そして旧米国から空中戦の言い訳を聞かせろと通達を受けたが無視し、空中戦のあった病院へ向かったが、入れないのでウロウロしていた。

 病院から出て来た所は見掛けたが、直ぐに車に乗ってしまったので追い掛けたが、暫く様子を伺ってたらしい。


 魔王、旧米国無視して良いのか。


(直ぐ来てくれて良かったのに)

「体調等が落ち着いてからの方が良いかと思ったのですが、安定する様子が無かったので」


(たしかに)


「あ、匂いの追跡を無効にする魔法は、ジュラさんと国に提出してありますので」

『タブレットにアップデートされてる筈ですので、確認しておいて下さいねショナ』

「はい」


(で、次は魔王さんの話を詳しく)

「何が聞きたいですか?」


(全部)

「長いですよ?」


(聞く)


「はい、では」

(たんま、嘘が言えなくなる様な魔法とか無い?)


『《告解魔法?》』

「僕が使えますけど…」

(どんなん?)


《嘘言うと血出る》

『赤くなって苦しくなる』


(マジ?)


「はい、ですが掛るかどうか…」

(宜しく)


「【真実、事実、嘘偽りなく、告白し……】」


 ショナが何かの呪文を唱える度に、魔王の体に赤い紋様が広がり、濃くなる。

 そして呪文が終わると、紋様も何も見えなくなってしまった。


(確かめるには?)


「温泉なんて大嫌いです」

(お、赤い紋が)


「温泉大好きです」

(おー、消えた。じゃあ宜しく)


「では、もう何百年も前の事です。夜なのか洞窟なのかも区別の付かない、真っ赤な世界を見た気がするんですけど」


 最初は、真っ赤な景色や真っ暗な景色が途切れ途切れで、寒くて、いつもいつもお腹が減っていて。

 ハッキリと連続して覚えているのは、常にそこら辺の動物や魔物を片っ端から食べていた記憶からですね。


 そして沼に落ち、意識を取り戻した時には頭が疼いて、痛くてジンジンする感じでした、ずっと。


 イライラしながら食べ漁っていると、いつの間にか少しづつ角が生えてきて。

 角の生える痛みに耐えながら、野山で動物や魔物を襲い襲われながら、ずっと1人で生きました。


 角が生え終わると更に凄い空腹感と飢えに襲われました、食べても食べても満たされなかった。


 そして良い匂いのする方へと、朦朧としながらフラフラと山を降りてしまい、近くの街へ行き、食い荒らしました。

 その時初めて人間を襲いました。

 今思えば恐怖や理性がぶっ飛んでたんでしょうね、お腹が減って苛立ってたので。


 そこでふと我に返り辺りを見回すと、沢山の人間を殺している事に気付いた。


 次は自分が人間に襲われる番だと怖くなった。

 そして何故か自分にしがみつく女が居たので、そのまま拐って逃げました。

 動物も魔物も来ない山の洞窟に女を隠しました。


 追っ手が来ないかと怯えていた私を、女は抱き締めてくれました。

 それから女と過ごす毎日は、ずっと暖かかったのを覚えています。

 撫でてくれて、暖かくて、初めて安心しました。

 よく寝てよく食べて、穏やかに過ごせました。


 そうしていつもの様に狩りから帰る途中、洞窟から女の悲鳴が聞こえて来ました。

 急いで洞窟へ行くと女が怪物に襲われていました。


 ボロボロになった服を着た怪物、真っ黒な皮膚に蝙蝠のような翼を持った悪魔でした。

 とても怖かった、直感で相手の方が強いと分かり、動けなくなった。


 でも女の声が聞こえて、呼ぶような声に体がやっと動いて。

 無我夢中で何とか女から引き剥がして、悪魔の顔を見ると、その悪魔は街で最初に殺した男だった。


 その悪魔の顔を見た瞬間に、恐怖より怒りが湧いた、またか、また殺してやるって。

 そいつを噛み砕き女を見ると、生きてました、でも、全然傷が治らなくて、舐めても血が止まらなくて、それで、そして、私を抱きしめ撫でて、女は死にました。


 全部食べました、食べて自分の傷を治しました。

 でも、沢山の魔物や悪魔を食べても身体中が痛くて。

 気が付いたら今度は翼が生えていて。

 その頃に私の討伐命令が下されたのか、山を燃やされ追い立てられ、捕まりました。


 翼や角、ありとあらゆる部位を切り落とされても生きていたので、売られました。

 檻に入れられ、虐げられ、初めて心から人間を狩り尽くそうと思いました。


 それから暫くして私の驚異は忘れ去られ、餌も普通に貰える様になり、体も元に戻ったので。

 その国を滅ぼしました。

 そして更に強くなる為にと、自分の邪魔な感情を切り離しました、色欲や強欲を。


 その感情達はそこらの人間を乗っ取ったりして、私とは別々に行動しました。

 身軽になったので人間に勝てると思ったんですが、召喚者が現れました。


 何人もの召喚者と戦って、引き分けたり負けたり、その度に邪魔な感情を切り離したのに、私はどんどん弱くなりました。


 そしてとうとう、私も暴れるのを止めました、もう、どうでも良くなった。

 召喚者に説得されたのもありますけど、先ず話をしようって、大罪の話しをしてきたんです。


 そして更に力を失う事に合意しても、結局は死ねなくて、それなのに眠れず、食べれず。

 ただもう何もかも諦めてフラフラとしてたら、怪我した竜が落ちていて、餌をやってみて。

 そのまま動物や魔物の子を拾って、ちょっと面倒を見るつもりが。

 適当に生きるつもりが、それが今では楽しくなってしまって、それで、お願いに来ました。




「私の大事な子供達の居る世界を、守って欲しいんです」


(人間への憎悪は?)

「私を弄んだ者の血縁を絶滅させた時点で、消えたみたいです。それに、怒りは最後に憤怒が持っていってしまいましたし」


(真の願いは?)

「子供達の平和と自分の安息です」


(安息ってのは死?)

「はい、ですが最後の子供が巣立ってからが良いですね」


(ワガママ、今は幸せ?)

「はい」


(2人はどう思う?)


『はい、私は…信じます。変わらず力を失っている事は中央でも再確認済みですし。お子さん達にもお会いましたし、信じます』


「僕はまだ…言っていない嘘は暴けませんし。ですが、今の所は嘘を言ってませんし、転移魔法は魅力的です」


(おう、で、その最後の子供ってのは?)

「今はこの国で人間の子供を2人保護して頂いております、最低限自分の事は出来る様に育てたつもりですが、まだまだ小さいので心配で」


(そっか、後、一応聞くけど封印って出来るの?)

「一時的になら僕らで何とかなりますが」


(契約の魔法的な、拘束するのある?)

『はい、一応私が出来ますが』


『《血の盟約、それこわいやつ、嘘ついたり逆らうとすぐ、痛くなる》』


(それ、やろう)

「良いですよ、それで信用していただけるなら」


 自分の指を針で刺し、その血を魔王の額に押し付ける。

 ジュラが詠唱し出すと、額の血から紋様が浮かび上がり、ながら拡大し、魔王の全身に刻まれる。


 浴衣の隙間から、痛々しく真っ赤に光る痣が点滅し、消えて無くなった。


(魔王、人間きらい?)

「はい、大嫌いですね」


 告解魔法と相互作用したのか、全身の紋様が赤くなっては肌色に戻り、点滅の様に変色を繰り返す。


 左手の小指の紋様が赤くなると、根元が赤と黒、交互に点滅し始め、皮膚が絞り上げられていく。


『桜木様!赦すと!』

「このままだと指が」

「大丈夫ですよ、お2人とも」


 そしてそのまま観察していると、左手の小指がポトリと落ちた。

 双方の切断面は赤黒く、僅かに出血する程度。


 次はどうなるのか。


 隣の指、薬指の根元が赤黒く点滅を始めた。


「赦す」


 魔王が小指をくっつけ繋ぎ合わせたが、赤紫の傷痕は残ったままに。


『契約が解除されるまで、痕は消えません』

(じゃそのままで、次はちょっと封印)


「はい、やりましょうジュラさん…【深淵の深い深い……】」




 本当に封印されたらしく、身動は一切無し。

 ゆったりとした寝息だけ。


 眠れてるんだろうか。

 脈は遅い、つか脈有るのね。


 生暖かい。


 魔王の癖に愚直、病院の外でずっと待ってたなんて馬鹿過ぎる。


 このままの方が、いや、無能な自分には必要だろう。

 封印は出来るんだし、大丈夫だろう。


「よし、起こす」

「はい」




(おは魔王)

「おはようございます…」


(大丈夫?)

「はい、少しは信じて頂けそうですか?」


(少しだけ、魔法は暫くそのままだが)

「はい」


 そろそろ夜食の時間。

 だが従者2人はお通夜状態、魔王はご機嫌。


《お夜食をお持ちしました》


(うん、じゃ、いただきます)


 そのままテーブルの上にいなり寿司を出し、茶そばと共に食べ始めた。

 1人で。


「あー…召喚者様、お茶のお代わりいかがです?」

(ありがと…お2人、ちょっと)


「すみません桜木さん…」

『申し訳ございません』


(何が?魔力不足?大丈夫?)

「いえ大丈夫です、あの、ちょっと驚いてしまって」

『私も……』

「あのー、召喚者様。私が言うのもなんですが、平和ボケしてしまってるんですよ、多分。私も、久し振りでちょっとビックリしましたし」


(そっか、そうか)

「戦争は約100年も前の事ですから、平和ボケするのも仕方無いんです、どの国も。私でもボケちゃってますし」


(ごめんね。ねぇ、魔王)

「はい、召喚者様」


(桜木花子ね、魔王って呼んでも?)


「はい、はなちゃん」

『《いいなぁ、名前欲しい》』

(早い、早いよ。魔法文字とか覚えてからじゃダメかい)


『あ、の、その件なんですけれども、桜木様の場合ですと、酷く酔ってしまう可能性が有るそうで』


(あー、やめとく。じゃあ…魔王は何処に住んでるの?)

「欧州の草原地帯ですが?」


(名付けに使って大丈夫そう?デカイから怖くて)

「はい、大丈夫かと、明朝にでも来てみますか?」

『《きゃー!》』


(シーっ、ごちそうさま。歯磨きしてくる)


 結局2人は食べなそうなので、魔王に茶そばといなり寿司はしまって貰った。


 こうグロ耐性無いとか、妄想や夢では無さそう。


 でも、妄想だって想定は否定出来ないし。


「お布団敷きますねー」

「あ、僕が」

『すみません』


(寝ようか)

『《あい》』

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