対決

 タイクンロードの艦橋では、次第に大きくなってくる島の姿に乗組員がざわめいていた。


「無事に島が見つかったか……。これでギルモア大臣にも申し訳が立つ」

 シーナ軍需次官は手にした杖を立てかけて窓辺に寄り添うと、安堵あんどのため息をついた。

 そんな彼に、横に並ぶ海軍将校が遠慮がちに声を掛けてくる。

「次官殿、我々が目指していたのは本当にあの島なのでしょうか? 南大深度海の中心とはやや離れておりますが」

「それは私も気にはなるが、中心であるべき場所には島は存在しなかったのだ。今はとにかくあの島の位置を正確に記録しておくことだ」

「はっ、わかっております。それで、あの島へは上陸するのでしょうか?」

「うーむ。そこまではギルモア大臣には言われてないが、どうしたものかな?」

「もし上陸するのであれば、この巨艦では沖合からボートを降ろして島に行くしかありません」

「そこまでする価値が、あの島にあるのかどうかは、私にもわかりかねるな。まあ、上陸して周辺の写真くらいは撮っておいてもよいかもしれぬ」

「では、すぐに上陸部隊を編成しましょう」

 将校が兵士に指示を出そうとした時、双眼鏡をのぞく見張員から声が上がった。


「前方の島影に船影あり!」

「なに、船だと!」

 振り返って海原を見つめるが、肉眼ではすぐに船の姿は認められなかった。

「船籍はわかるか?」

「この距離からだと、まだわかりません! あっ! 不明艦から発光信号です!」

 将校が目を凝らすと、確かに海上にチカチカと光が見える。

 その位置に、なるほど小さな船影が認められた。


「あの船は何と言っておるのだ?」

「はっ! ──『亡命した双子の王女たちはこの船にいる。ノーマン』、このメッセージが繰り返されています」

「双子の王女……、ノーマン……? 何のことだ?」

 将校がカイゼルひげを指で撫でて、首をかしげる。

 次官の判断を仰ごうと思い横を向くと、シーナの様子がおかしい。


「ノーマンだと……。何故、奴がこんな所に……」

「次官殿、ノーマンとは何者なのです?」

「……ああ、彼は我が軍の特殊工作部隊の一員だ」

 実際はギルモア軍需大臣直属の暗殺部隊の一員だが、軍に属さない非公式な組織なのでシーナはそれを口にはしなかった。


「では、亡命した双子の王女たちというのは何でしょう?」

 マキナリアでは軍部のクーデターでリト王の王族は全て死んだことになっていた。

 王の娘である双子の王女が国外に逃れたことを知る者は、ギルモア軍需大臣の取り巻きの一部の者だけだ。

 シーナは杖を取って思案した結果、ここはひとまず知らないフリをすることにした。


「それは私にもわからんな……。おそらく合い言葉みたいなものだろう」

「なるほど──、では、いかが返信いたしましょう?」

「そうだな……、うむ──、『30ミヌト後にその船を砲撃するから、それまでに脱出せよ』と返せ」

 シーナはうつむいて床を杖で突き、酷薄な笑みを浮かべた。


「はあ? どこの船かもわからないのに、砲撃するのでしょうか?」

「かまわん。ここは魔の海域だ。船の一隻くらい行方不明になっても問題あるまい」

「とは言いましても、戦意もない船に攻撃を仕掛けるのは、国際海事の規範に明らかに反した行為ですが……」

「その時は海賊に襲われたことにでもしておけ。それより急いで主砲の準備をしておけ」

「主砲を使うのですか……?」

「主砲の威力を試す絶好の機会ではないか。ギルモア大臣にも成果をご報告できる」

「…………」

 シーナは渋い顔で逡巡しゅんじゅんする将校の肩を杖で小突く。


「貴様ら、戦争屋がいくさ躊躇ちゅうちょしてどうする! 私が言ったようにさっさと返信して、主砲の発射準備を進めよ!」

「はあ……、承知しました。では、すぐに」

 まだ納得しかねるようだったが、将校は兵士に向かって発令している。

 それを見ながら、シーナはほくそ笑んだ。


 どこの船かは知らないが、あの船にはリト王の娘たちが乗っているようだ。

 ノーマンが暗殺に失敗したら、船ごと木っ端みじんにすればいい……。

 これは予定外の収穫だ。

 ギルモア大臣もさぞお喜びになることだろう──。


 ◇◆◇


 キースたちはゴムボートから高速艇トライトンの甲板に上がった。

 キースはタイクンロードの様子が気になり、照りつける日射しの中、目を凝らして沖合を見た。

 おそらく、この船からの発光信号に応えているのだろう。

 高い艦橋の上がチカチカと規則的に光っている。

 ウォーターとバンクスがそれをしばらく見ていたが、表情が徐々に強ばってきた。


「おい……、冗談だろ……」

 ウォーターが小さくつぶやく。

「30ミヌト後にこっちを砲撃だなんて、なにを考えてるんだ……? あの軍艦は……」

 バンクスが悪い冗談でも聞いたような表情で、ウォーターと顔を見合わせる。


 それを聞いていたジョアンヌが血相を変えてたずねる。

「それは本当ですか!? ウォーターさんにバンクスさん!」

「いや……、本当かどうかはわかりませんが、あの軍艦が繰り返して発信してるのは、今言ったとおりです」

「とりあえず急いでラトリッジ艦長に知らせましょう」

 ジョアンヌがそう言うと、ウォーターとバンクスは競うように艦橋へと走っていった。

 彼女もその後を駆けていく。

 キースはそれを見届けた後、艦橋を見上げた。


「じゃあ、俺は奴を始末しないとな──」

 甲板からは人の姿は見えないが、ノーマンがあそこにいるはずだ──。

「ねえ、キース。この船、砲撃されちゃうの……?」

 セフィールが心配そうな目をして、キースのズボンを引っ張る。

「お姉様、この船は高速艇です。動いてたら、あんな図体がでかいだけの船の砲撃なんか当たったりしませんわ」

 ルフィールはそう言って姉を励ますが、彼女自信も不安そうな様子は隠せない。


「セフィールとルフィール、お前たちはピートと艦橋に行け! 俺はノーマンを倒す」

 キースは腰のホルスターから拳銃を抜き、弾装に弾丸が充填されているのを確かめた。

「ピート、急げ! 早くしないとノーマンが降りてくるぞ」

「了解です! キースも気を付けて!」


 ピートがセフィールたちを連れて艦橋へと走っていく。

 するとそれをさえぎって、彼らの前に黒い影が落ちてきた。

 その影は着地の感触を確かめるように、ゲートル付きの靴のかかとを甲板にジリジリとこすりつけた後、骸骨みたいな体で操り人形のように挨拶をした。


「これはこれは皆様そろってお帰りのようで……。南の島での人生最期の観光は楽しかったですか?」

 痩せこけた青白い顔から陰気な声がした。

 細い体全身に張り付くような黒い服をまとった男。

 長い前髪の間からのぞく気味の悪い目が、ピートの姿をとらえ、それからキースに向いた。

 紫色の舌が同じ色の薄い唇をなめる。


「王女殿下のお守り役をなさっている騎士ナイト崩れと神官崩れのお二人とは雪辱戦になりますね。今度はきっちりと決着をつけましょう。制限時間は30ミヌト


「セフィール様にルフィール様、お二人は後ろへ下がってください!」

 ピートが二人を背で隠し、片手を振って下がるように指示する。


「ノーマン、お前の相手は俺たちだ!」

 キースは既に拳銃をかまえ、発砲しようと狙いを定めている。

 ノーマンはピートの立ち位置を使い、その射線から素早く逃れた。

 ピートが慌てて腰の拳銃を握る。

 それより早く、ノーマンが床を這うような姿勢で疾風のごとく突進してきた。

 両手にアサシンナイフを握り、鳥の翼のように大きく腕を広げている。

 距離が近かったピートは姿勢を崩し、辛うじて横に逃れた。


 キースに向かって逃げていたセフィールとルフィールが振り向くと、すぐ後ろにノーマンが迫っていた。

 セフィールとルフィールは恐怖に目を剥いた。

 次の瞬間、二人は激しく突き飛ばされ、甲板に転がった。


「セフィール! ルフィール!」

 キースは二人の名前を呼び、一瞬目を逸らした。

 すぐに視線を戻し、間近にいるはずのノーマンに発砲しようとした。

 だが、その姿がない──。


 陽がにわかに曇る。

 大きな鳥が舞い降りるような風切り音。

 殺気を感じたキースは体をひねり、身をかわしたが、右上腕部を切り裂かれた。

 鋭い痛みが走り、拳銃が硬い音を立てて甲板の上を転がる。

 驚異の跳躍力を見せたノーマンの必殺の一撃からは逃れたが、キースは武器を失った。

 ノーマンはキースが取り落とした拳銃を踏みつけ、ナイフについたキースの血を目を細めてなめている。


「セフィール王女殿下。あなたの可愛い騎士ナイトは武器をなくしちゃいましたよ。大大大大ピンチです」

「お姉様、私、艦橋に助けを呼びに行ってきますわ!」

 どうやらセフィールたちは突き飛ばされただけのようだ。

 うめき声を上げてうずくまるセフィールの横、ルフィールは早くも立ち上がり、ピートのほうへ走り始めた。


 ノーマンは踏んでいたキースの拳銃を思い切り蹴った。

 勢いよく蹴り出された拳銃は吸いつくようにルフィールの足に命中して、角度を変え、甲板を滑って海へ落ちた。

 ルフィールは不意の衝撃にバランスを崩して、前のめりに倒れた。

 その彼女の上をノーマンが飛び越え、ピートへと飛ぶように走る。

 ピートが銃を数発連射した。

 低い姿勢でジグザグに走るノーマンは、全てを避け向かってくる。


 ピートとノーマンの距離はあとわずか。

 ピートが狙いを定める。

 彼が銃を撃つより早く、ノーマンのナイフが一閃した。

 矢のような速度で放たれたナイフがピートの銃を弾き飛ばす。

 銃はクルクルと宙を舞い、金属音を響かせ甲板に落ちた。

 その音の直後、ピートの心臓を目がけ、ノーマンのもう一つのやいばが迫った。

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