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 少し遅れて、舞台の裾からみんなの様子をうかがう。

 三人が最後の音調整をする。ギターとベースの電子音が、ジジッとスピーカーからかすかに聴こえる。

 先生は椅子に座ってドラムスティックを軽く握ってまた置いた。

 暗幕の奥で、微かに話声や椅子の引く音が漏れる。

 三人とも緊張しているのか、一言もしゃべらずバンドスコアを覗いている。


「それでは午後の部に移ります。軽音部から2グループ。前半のOutsideと後半のJudgment。軽音部に投票する際は、どちらか一つのグループをお選びください。では、Outsideさんお願いします」

 拍手とともに暗幕が上がる。

 パイプ椅子が並ぶ体育館に、パラパラだが6割近くの人が埋まる。

 正面の一番前の席に、私が案内した、あのイケメン男性二人! 彼らは壇上にいる逆風くんを見て笑顔で手を振った。

 ――逆風くんの家族? たしか父親とお兄さんが一流のアーティストだっけ。

 当人は嫌そうに顔を歪めていて、それがまた家族の人の笑いを誘発した。

 結晶くんはスタンドマイクのスイッチを入れて、口を開いた。

「初めまして、軽音部の部長、逆風大知です。本日はこのような場で演奏ができることを感謝しています。軽音部は、長い間休部でしたが、有志で入部してくれた部員、顧問の先生の尽力により、こうして発表の場をいただきました」

 なんて硬い挨拶!

 普段の逆風くんでは考えられない! もっと変なこというとおもったのに。

「――俺たちは音楽にとても真剣です。今回あえてバンドメンバーを分けたのも、互いに成長するためです。けど、俺たちのグループは、身内はもちろん、どのステージにも負けない。最高の音楽を届けます」

 逆風くんが背後を向く。

 ジーパンにロングシャツを着た先生が構える。

 みちるちゃんはキャップ帽を上にあげ、なぜか置かれているスタンドマイクのスイッチを入れた。スタッフが片付け忘れた? ベースはアンプから音をとるはずだが?


「心臓をつかむ音を撃つぜ、『Rock on』」

 気障な台詞とともに、逆風くんのギターが唸りを上げた――その一拍を合図に、みちるちゃんのベースと先生のドラムが激しく音を鳴らす。

 リズム隊に乗るように、稲妻みたいなギターの音色がスピーカーからはじけ飛ぶ。

 逆風くんの指はネックの上をダンスするみたいに、次々と指板を押さえ、ピックを弾いていく。


 濁りのない、圧倒的なサウンド。高低音入り乱れるテクニカルなリフ。

 そのギターテクに息を飲んだ。

 セッションをしたときは、曲の雰囲気に合わせて抑えていたようだったけど、逆風くん一人ならこうも上手いのか。

 みちるちゃんも負けてない。その場で踊るようにベースをガンガン鳴らしていく。二人の呼吸がピタリとあっているのがわかる。

 先生のドラムも容赦がない。私たちの演奏のときとは嘘のように、激しい音圧でタムを打ち鳴らす。リフのギターが消えたと思いきや、連打を繰り出してその存在を主張する。

 圧巻の演奏力に身体が震える。

 ――私は、なんて人に、戦いを挑んだのだ。

 演奏だけなら手も足もでない。演奏だけなら!

 リフが終わると、逆風くんの喉が開いた。


【鳴りやまない銃声 嘆きの連鎖は誰のせい】


 透明感がありながら、厚みのある声。

 音圧の激しい演奏なのに、負けてないどころか、その音を支配するかのように高い声が流れていく。左手の指はせわしくなく動いているのに、逆風くんの喉から、脳裏に突き刺す綺麗な声が放たれる。

 ……なんなんだ、この人! 私のボーカル必要ないじゃん!!!


【撃ち抜くぜRock on 5線譜のバレッド その心臓をつかみ取れ】


 激しい演奏に、耳に残るメロディ。聴いているだけで胸が熱く、鼓動が上がる。

 なんて癖になるフレーズを創る!

 ――あぁ。そうだ。私が音楽の世界に引きずり込んだのも彼の作曲だ。

 音楽に無関心な私を、最高にキャッチーでエモいメロディを狙い撃ってきた。


 逆風くんはネイティブな発音で英語を挟みながら、二番のリフを演奏する。

 私の高揚はMAXで、早く続きを聴きたくて仕方なかった。

 まざまざと才能を見せつけられる。そのたびにきらきらと魅せられる。

 こんなの、こんなの! 惚れるにきまってる!!

 すごいすごいすごいすごい!

 ほんの一瞬、たしかに、一瞬。負けそうだと思った。でも、それを通り越して、すぐさまアクセル全開になる。

 勝ちたい! 追い抜きたい! なんてすごい人に誘われたのか。

 神様、出会わせてくれてありがとう。こんなやりがいのあること、一生かかっても探せない!


 観客を眺める。息を飲んで演奏を見ている人、音楽の心地よさに立ち上がって腕を振る生徒。レベルの上手さに入り口が開いて、次々と人が入ってくる。

 ふと一番前の席をみると、逆風くんの家族は座ったまま満足気に笑っている。

 ちくしょう! いい演奏しやがって!!! プロを満足させるってすごいことじゃん!



 あっという間に最後のサビが終わり、駆け抜けるようにアウトロが流れる。

 出番だというくらいに先生のドラムが激しくかき鳴らす。

 あぁ、もう、先生! 敵意むき出しだったくせに即効で寝返ってる!

 私だってこんないい曲を演奏できるなら加わりたい!っていうか、いまの私は足を引っ張るだけか。あぁ、自分の才能のなさを呪う!!

 最後の一音を三人で奏でると、会場から爆音の拍手が鳴り響く。


「ありがとう! この曲は自分が作ったオリジナルで、2学期から先生を交えてひたすら練習したんだ。軽音部のリーダーとして、絶対に、誰にも、負けるつもりはないからな!

 次が俺たちOutsideの最後の演奏。

 曲は、あまり有名じゃないかもしれないけど、バンドの〇〇〇〇から。NO Limit」

 一部の女子生徒たちが歓声をあげる。どうやらバンドファンがいるみたい。


 一瞬の静寂。

 そして――いきなり逆風くんのヴォイスが飛び出した。

 聴衆に知れ渡った綺麗な声が、出し惜しみなく響き渡る。

 高音でキャッチーなフレーズと、リズミカルな演奏がすぐさま脳に刺さる。

 いきなりサビをぶつけてきて、お客さんが一気に沸騰する。

 ――原曲は聴いたことがない。ただ、三人の淀みない演奏が、オリジナルと錯覚するほど、元の音色を再現していると思えた。


 Aメロが終わり、ギターが軽やかにビートを刻む。

 刹那――女性の、それも低い音域の声が入る。一定のメロディの、日本語と英語を混ぜた激しい歌詞――ラップをしている!!


 あの、みちるちゃんが!


 嘘でしょ! 逆風くんは彼女にそこまでさせたのか!?

 絶対に表で歌うタイプじゃない! 鬼か! あいつは!!


 みちるちゃんが演奏しながらイケメンじみたラップをこなす。

 Bメロが終われば、イントロのサビと、みちるちゃんのラップが交互に入り乱れる。

 くっそ! 最高か!!

 選曲・演奏・演出……すべて才能にあふれている。なんて音楽に愛されているんだ。

 やっぱり、思う。何度も。

 好きだ。大好き。

 この道に入ってよかった!!

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