4 君色イントロ

 先生のドラムが楽器庫にしまっているため、私たちは音楽室に集まった。

 練習に入るため各々チューニングを始める。

 ギターの準備を済ませた後、私はベランダに出て発声練習する。

 あ~、ほんっっっとに緊張する。初出しってのもあるけど、品定めされるのも怖い。

 Outside runは最初に逆風くんが作ってくれたけど、今回は私が一から作った。メロディもコード進行も正直いいかどうかわからない。それをピアノの熟練者とプロ手前の人に聴いてもらうのだから、無謀に近い。


 あーもうー破れかぶれか!!

 逆風くんと戦うんだし、先生もガチだし、出し惜しみはしないほうがいい。

 それに、ここで新曲を発表することで逆風くんに一矢報いることができるかもしれない。メンバーで底辺の私が、逆転の武器をもっていたらそれは面白い。

 すべては勝つため。もっているものはすべてぶつける!


 深呼吸して教室に戻る。

 個人練習をしている結晶くんと先生に近づいて、準備オッケーですと伝える。

 椅子に腰かけて、逆風くんのアコギを構える。

 ノートにはコード進行と歌詞と演奏時のメモがある。

 不意に正面を見る。

 五メートル先に膝を重ねている結晶くんと、背もたれを抱くように座る先生。

 私は喉を鳴らした後、口を開いた。


「君色イントロ。歌います!」

 一弦を中心に、ピックを使ってアルペジオで弾いていく。細い金属の高音がリズムよく軽やかに振動する。

 弦からノートに視線を移す。波打った五線譜にオタマジャクシが連続して書いてある。ここのイントロは超・超・超重要。作曲時、音を忘れないため、絶対にいいものにするため、わざわざ書き足した。

 滑らかに!

 一音ずつはっきりと!

 ピンクのペンで書いた大な注意書き。

 君色イントロというタイトル。だから、その七割をいま集中する。

 三〇秒間のリフ。

 願いを込めた、君へのIF。

 指先は熱く。緊張した刻が、たやすく、溶く――


『うずくまる夜に 君の声が聞こえた』

 ピッキングに切り替えてAメロを歌いだす。

 思い出す。あの、夏の日。

『一人震える暗い 感情が涙で溶けた』

 脳裏に流れる歌詞が、彼の姿と重なっていく。

 言葉にするのは簡単で、伝える言葉はたったの二字で。

 でも、それだけじゃなくて。喜びも優しさも嬉しさも癒しも、全部全部伝えくて。選んだ言葉で。音に乗せて、歌う。

『君色イントロ いま歌いだすよ 大好きなメロディに乗せて』

『君色イントロ いま奏でるよ 大好きな君のために』

 Aサビが終わり、三連符が連なるBサビへ。

『抑え きれない この気持ち 好きに 染まる 毎日に 

頭 からは 離れない 全部 全部 君のせいだよ』


 アウトロに移る。イントロと同じリフ。

 同じフレーズだけど、最後の疾走感をだすために強めに弾く。

 顔は火がでたように熱くなっている。弾き語りのせいもあって全身から汗が噴き出している。メロディラインはよくできたはずだ。キャッチーだし、脳に残りやすい。

 音で、上手く誤魔化せた? ……誤魔化せて、いたい!


 正面を見る。

 最果先生が顔を背けて肩を震わせている。

 演奏が終えると、真顔の先生がこっちを見る――いきなりぷっと笑い出した。

 あーーあーーあーー!!!!

 うぎゃあああああああ。

 恥ずかしくて、死にたい! すぐにでも教室を飛び出したい!!!

 消えたい、逃げたい、この場にいたくない!!

 恥ずかしさでふくらんだ頬が、ぷるぷると震える。拷問だぞ、これは。

 先生はコホンと咳をして、

「あ、あーいいんじゃないか。ぶふーー。すまない。タイトルからのイントロも素敵だし、くくく、サビの構成もうまぶふーーー」

 ツボにはいったのか、最果先生は身体を曲げて震わせている。

「先生笑いすぎですから!!!」


 あーちくしょう! 曲作ってきたなんていうんじゃなかった!!

 でも、完成度には自信があったし、せっかく作ったんだから歌いたいし。

「ゆゆゆ、結晶くんは、どう、かな?」

「あ、うん。全然いいよ」

 結晶くんもつられて半笑いだ。

 あぁ! 地獄か、ここは!?

「さ、採用だ。ろ、録音するから、も、もう一回歌ってくれるか?」

「絶っっっ対、嫌!!」

 録音するなら自分でするわ!!

「いいなぁ、青春だなぁ。月下はラブソングの才能あるぞぉ。自信もっていいぞぉ」

 にやにやが止まらない先生に、私は地団太を踏むしかなかった。

 人の作曲を笑うな!

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