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 翌日のお昼。

 まだ二学期が始まる一週間前に、私と結晶くんが学校にきた。

 最果先生が事務仕事を終わらせて、私たちの練習に付き合ってくれるという。

 逆風くんと対決することになったわけだが、あまり実感がない。

 私はバンドメンバーの中で最下位だし、そのくせボーカルだけは自由に歌わせてくれる。先頭にいる逆風くんや最果先生に、ピョコピョコついていく最後尾にいるペンギンみたいなものだ。だから対決するといっても、その心づもりや意地がまったくなかった。同じ土俵に立っていないんだから。


 逆風くんから借りているアコギをもってほわほわと職員室へ向かうと、緊張した面持ちの結晶くんとドラムスティックを持っている最果先生がいた。

「二人とも揃ったか」

「何用でしょう?」と、結晶くん。

「そうそう」と私。

「昨日、逆風と学園祭のステージについて話し合った。私は二チーム受け持っているが、音楽に造詣の深い逆風たちには口を挟まないことになった。一方で、経験の少ない月下たちを主導する。君たちはそれでいいか?」

「もちろん。僕はピアノをやってきただけですし」

「私もー。全然わかんないから平気です」

 逆風くんと違って、私と結晶くんは逆らうことがあまりない。私は、マラソン以外は従順だし、結晶くんも優等生だから素直だ。

 最果先生はよしよし、と一人ごちる。ちょっとにやけているのが、裏がありそうで怖い。

「個人的に悪いが、あいつを打ち負かしたくてな。地べた這いつくばって夢を追った大人の意地をみせてやろうと思っている」

 目をぎらぎらと輝かせて肩を揺らす先生。

 はぁ……。圧巻するばかりだわ。これが最初に私を辞めさせようとした人か? あの頃は、当たり前の価値観をもった大人しい社会科の先生だと勘違いしていた。付き合ってみれば、プロ一歩手前でバンドメンバーの事情で解散して、足を洗って社会人になったなんて。

 ……だからアスリートの道から音楽に向かおうとする私を説得したんだろうけど。

 人生って思うようにいかないのかな……。


「先生、たしかに逆風はすごいやつですけど、そんなにですか?」

「あぁ、彼はみんなにレベルを合わせているだけだよ。あいつはギターも構成力も歌唱力もある。一人対三人でもいいくらいだ」

 あい? と小首を揺らした結晶くん。眼鏡がちょっとずれている。

「めちゃくちゃ買ってるじゃないですか。ちなみに欠点はあるんです?」

「クソむかつくところだ」

 それ欠点じゃないじゃん!

 結晶くんは、はぁ……と小さく息をついた。

「要するに完璧ってことですよね」

「クソ忌々しいことにな。私はドラムが一番性に合ったのでやっているが、ギターもベースもかじったことがある。まぁ、ほかの楽器をやっていなくても、コンサートやセッションを重ねれば、楽曲に関する表現力や完成度がわかるだろう。だが、一五年近く演奏してようやくそのレベルだ。

 だが、あいつはちがう。生まれた家もあって、ピアノとヴァイオリンは余裕で弾けるだろうし、小さい頃から本格的なクラシックに没入しているから、音楽の良し悪しはすぐわかる」

「……天才ってことですか」

 結晶くんが固唾を飲む。

「こんな学校に来る人間ではない。なのにいるんだから変人なんだろ」

 褒めてるのか貶しているかわかんないなぁ。


「先生は、私たちであの二人に勝てると思いますか?」

「月下のボーカルとキーボードが強みだ。そもそもグランドピアノだけでコンサートができるほど、ピアノは優れている」

「……強みはパートってだけで、僕には才能がないんですか」

「発展途上だ。覚醒しろ。上を目指すには絶対に必要だ」

 私のギター……。訊きたいけど怖すぎる。まるきり才能ゼロの疑いもある。

「結晶はいい意味で柔軟性が高い。全体の構成はこっちでやるから、結晶は自分で表現を模索しろ。ダメなときはすぐにいう」

「暗い未来しかみえない!」

 うちのめされて、膝を折って両手を床についた。


「本番では二曲演奏するんですよね?先生は何か考えています?」

「outside runはくれてやると逆風はいったが、べつに何でもいいぞ。やりたいものをやるほうがモチベーションもあがる。その分、こっちも容赦なく指導するが」

 相変わらず怖い!! 私は泣くまで虐められるんだ!

「月下は何かやりたい曲があるのか?」

 人差し指を重ねながら明後日の方角を見る。

「……その大変言いづらいんですけど。夏休みに、じつは新曲を作ってきて……」

 上目遣いで、ちらっと先生を見る。

 やたら嫌そうな顔だ。そもそも作曲は、逆風くんと先生のOKが出るまで禁止されている。音楽にもっと深くならなきゃいけなかったんだけど。

 最果先生がこれみよごしに悪態をついた。

「本当なら一時間は説教するが、学園祭のステージで対決するなら仕方ない。曲を聴いて採用するかどうか決める」

「わいは! がば聴きたきゃ!」

 さっきまで床に崩れていた結晶くんが、方言と共に飛び上がった。

 ――まずい。せっかく作ったから聴いてもらいたかったけど、死ぬほど恥ずかしい。

「じゃあ、練習室で……。そこで、歌います……」

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