5

 翌朝。

 逆風くんは用事があるというので、お祖父ちゃんの軽トラで、私と逆風くんと一影(こいつは荷台)は駅まで連れていってもらった。無人改札駅で、ホームには誰もいなく、逆風くんは一時間に一本の一両のチンドン鳴る電車に乗って都会へ旅立った。

 別れ際の挨拶はない。

 朝昼晩、練習しろという地獄のようなメニューを言い渡しただけ。

 ロマンもへったくれもないが、私と逆風くんの関係は、いまはこれでいい。

 軋んだ音をたてた電車が視界の奥に消えていく。

 周囲が静寂に包まれて、私と弟が駅のホームに佇んだ。

「みっふぃー」隣で見送っていた一影が呟いた。「あの人変わってるね……」

 あんぐりと口をあけた。何をやらかしたんだ、彼は。

 一影はお祖父ちゃんから貰った薬きょうをくるくる回しながら、

「昨日の夜さー、人生とかーいろいろ話したんだけどさー」

 何を話しているんだか……。相変わらずうちの弟はおかしい。

「びっくりしたー。大人だけど、全然、大人じゃなかった……」

 話の脈絡がまったく読めない。

 いや、よそう。私が最初に話したときだって、逆風くんは意味不明だった。

「でも、一影がそう感じとれるってすごいね」

「うん。ほんとにーほんとにー不思議だ。みっふぃーもおかしいけどー、あの人は変だー」

 どう違うか教えてほしいんだけど。

「あれは辰巳じゃ無理だー」

「ほわ!?」

 変な声がでた。辰巳は関係ないはずだ。

 言及したいけど、昨日の去り際に、冗談でも愛してるなんて言われたから、変に勘ぐってしまう。一影は辰巳の本心って知っていたんだろうか。

「辰巳には悪いけど、みっふぃーはマラソンやらないで正解」

「私、はじめて言われたんだけど。一影はなんでそう思うの?」

「音楽ー際限ないからー」

 わかんないけど、わかるような気がする。

 目を閉じて音楽を奏でたとき、私は宇宙を感じた。

 昨日見た夜空みたいに、きらきらと輝いて無限に広がっているんだ。

 その中で、私はちっぽけで、何もなくて、銀河に向かって私はここにいるぞー!って叫んでいる気分になった。


 一影は改札のほうに向いて、ぴょんと両足でジャンプする。

「みっふぃーはずーっと自由がいいよ。好きなように生きて、好きなときに帰って」

 私は腕を組んだ。

「三花姉にも同じように言われたけど、なんであんたもそう思うわけ?」

「世界に一人くらい、そーいう人がいていいからー」

 なんのこっちゃ。

「あー、もう一人いるのかー。運命ってすごいな」

 理由もなく勝手に感嘆する弟を見て、私のほうが呆気にとられる。

 私と逆風くんが出会ったのは運命なんだろうか。

 唐突に現れて、理解し合って、恋をしている。

 はぁー……。何回考えても不思議。なんで逆風くんのこと好きなんだろう。


「ってか、みっふぃー。三花姉にゲームのこといった?」

「忘れてたよ。てか、連絡先知ってるなら一影がいえばいいじゃん」

 一影は腕を背中で交差してしぶる。

「二〇歳ってなんか忙しそーだから」

 オタク活動している人が忙しそうに見えない。でも、中学生からみれば20歳ってそんなもんか。

「一影は三花姉のこと好き?」

「わかんないー。綺麗だけどー」

 よかった。あくまで近所のお姉さんみたいな存在だ。

「一影は恋したことある?」

「ないよー。あー! でも、草薙ルミナはスコだよー」

 私はその場で項垂れた。

 もうだめだ。おしまいだ。弟を上京させたほうがいいかもしれない。

 私の悩みをよそに、一影は空を見ながらぼんやり呟いた。

「どっかで聞いたことある声なんだけどなー」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る