恋をしているのがばれたら

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 目が覚めたらお昼前だった。

 あれからスマホの電池が切れるまで話した後、私は布団に寝そべって爆睡した。

 逆風くんと何を語ったか覚えていない。

 嬉しくて、楽しくて、こんな、真夜中がずっと続けばいいのに、と空がうっすらと明るくなるのを見て祈ってしまった。幸せってうっすらと甘い永遠とおもえる時間のことだったんだ。

 夜が明けたらすぐにでも家を出て会いたかった。

 でも、ダメ。それは自分に負けている。

 頑張らなきゃ。少しでも彼に追いつくのだ。いや、追い抜かないと気が済まない。

 時間は有限だから。その刹那の重なりに全力をぶつけなければいけないのだ。


 部屋を出てシャワーを浴びて着替えて居間にいくと、昼食を囲む家族と目が合った。お互い、一瞬の硬直。

 お父さんとお母さんは気まずそうに苦笑い。お祖母ちゃんは「もう大丈夫かい?」と暖かな声をかけ、お祖父ちゃんは「飯食ったら狩りにいくか?」と誘い、一影は箸をくわえながらぼーっとテレビを見ていた。

「ご心配かけました。もう大丈夫だから」

「「はー」」

 同じタイミングでため息をつく両親。

 なんだかなぁ。この家だと私が主みたいだ。お父さんもお母さんも、私が散々好き勝手やったものだから手が付けられないんだろう。

 そんな親にお祖父ちゃんはカカカと笑う。ほんと豪快。私はお祖父ちゃんの血が濃いんだろう。私は白米とみそ汁と、畑でとれた野菜の炒め物を前に両手を合わせた。

 田舎のCMを見ながら、まだそわそわするお母さんに尋ねる。

「そういえば、三花みか姉ってまだこっちにいるの?」

「若津さん家の三花ちゃん? 相変わらずだよ」

「電話番号変わってない?」

 お母さんが「大丈夫よ」と返事する中、さっきまでTVを見ていた一影が、急にこっちを見た。

「みっふぃーは三花ねーのとこいくのー?」

「ご飯食べ終わったらいこうとおもってるけど」

「じゃー、LODやろーっていっておいてー」

 なんのことかわからないけど、たぶんゲームだ。まったく、うちの弟はマイペースだな。てか、実姉のことは姉呼ばわりしないのに、近所のお姉さんに対しては使うのか。こいつにとって姉ってどういう立場なんだ?

「覚えていたらね」

「ひどー」

 一影はいつも他人事。こいつが取り乱したところを一度は見てみたいものだ。



 三花姉こと若津わかつ三花さんは私の先輩だ。

 若津家は私の家から四キロくらい離れた、森の手前にあるでかい家。我が月下家と同じく、この田舎の集落に先祖代々からいて、遠い親戚でもある。

 その家の三女である三花姉は、私と4つ年が離れているものの、一番年齢の近い同性だ。野暮ったいところもあるけど綺麗な人で、私が小学生の頃から何かと頼っている。

 インターホンを鳴らして待っていると、三花姉のお母さんが出てきた。

 挨拶もそこそこに部屋まで案内されると、本人いわく『魔境の扉』を前にする。

 ノックして入る。「こんちには」と返すように、青髪ショートでつり目男子高校生、西園寺リクの巨大タペスタリーが微笑む。三花姉の3年前からの推しキャラだ。

 壁には、金髪和装に刀を構えた村雨(様をつけろと言われた)と、やたらしぶい劇画タッチ(と教わった)の海兵帽をかぶる、ツェペリというキャラのポスターが貼ってあり、それ以外にも二頭身キャラの缶バッチや人形などが部屋中に転がっている。

 変わってなー。

 安堵と呆気が混ざるように見ると、PCデスクから椅子をくるりと回転した。

 三花姉。背中まである長いストレートの黒髪に、猫耳風のヘッドフォン。赤いフレームの眼鏡をかけたその顔は、鼻や顎や唇のパーツが整っていて、寝起きっぽい恰好なのに綺麗な人だと思った。

 部屋は、グッズとそれを破いた袋で溢れて汚いけども。

「ありりー? 美尋ちゃん帰ってきたんだ」

「来る前に電話したんですけど」あたりを見回してため息をつく。「片付けるとかしないんですか……」

「私と美尋ちゃんの仲だからねぇ」

「何してたんです?」

「今季のアニメ見てたのよ。何がおすすめか聞く?」

「(きりがないから)いいです」

 三花姉は不服そうに頬を膨らました。所作が似合うのが悔しい。

 こんな美人がなぜ二次元好きなんだろうか。神様だって頭を悩ませたろう。

 三花姉は、この集落にインターネットとアマゾン通販を広めた、ある意味、最先端をゆくガチガチのオタクだ。ネットを使いたいために、県に電波塔を要請したり、グッズを購入するためにアマゾンを始めたりして、五〇年前から同じ生活をしていた村人たちにとって、黒船襲来みたいなことをした。

 おかげで三花姉は、農業や自宅の林業などをまったく協力せず、この汚部屋(本人了承済み)でオタク活動に専念している。

 家や近所の畑や田んぼの手伝いをするのが当たり前の風習で、その例外となった三花姉と私は、まったく真逆のタイプでありながら集落で一線を画す仲間だった。


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