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「でも、久しぶりだなー。完全無敵超人の美尋ちゃんが私のところに来るなんて久しぶりじゃないですか。一番最後に部屋に来たのはいつだっけ?」

「たぶん、小学校六年だったとおもう」

 それ以外では、集落のイベントやマラソン大会で会ったくらいだろう。超インドアの三花姉は運動系のイベントを秒で棄権したけど。

「……それでぇ、美尋ちゃんは何を悩んでいるの、かなかな?」

 浮かれた調子で首を左右に振って訊いてくる。こういうふざけたところが気になるけど、女の子同士で話せるのは、三花姉しかいないから仕方ない。


「その、三花姉はこれまで気になる人とか、いた……?」

 いうなり、三花姉は目を細めて、口をωみたいにうさぎっぽくして笑った。

 ちくしょう。やっぱり言うんじゃなかった。

「恋、恋ですか、あの森や山を駆けずり回った美尋ちゃんが」

「い、いや、まだそうと決まったわけじゃないから……」

 誤魔化すようにそっぽ向く。

「そっかー都会の風に当たってとうとう来たか。相手はイケメン? 部活の先輩?」

「だから違うって!見た目は、クラスメートがカッコいいって言ってただけだし。私は外見とかよくわかんないし。そもそも性格がおかしいもん。私が男子と競争できないから長距離辞めるって話したら、競争相手になるっていって。走りが全然得意じゃないのに。でも、私に勝ったら諦めてバンドやれって――」

 って、なんで訊かれてないのに話しているんだ私は。

 三花姉は終始にやにやと笑っている。

「へーそんで負けちゃったんだ。ラヴね、ラヴ」

「いやちがうし!」

「てぇてぇなあ。マジてぇてぇ」

 くっそー。わかってはいたけど、やっぱり話すんじゃなかった。

「はー大事件だよ。村一番のビックニュース。美尋ちゃんが長距離辞めた理由が恋だとは。お母さんに話していい?」

「絶っっっ対、絶交だから! そんなの一日で広まるし!」

 情報がほとんどないこんな田舎は、近所の事件が芸能人のゴシップ記事と化し、インターネットより早く広まる。冗談抜きに。

「あーたつみんに聞かれたらまずいねぇ」

「関係ないと思うけど……」

 昨日のことを思い出すと罰が悪くなる。

 辰巳とは、これからどうしたらいいかわからない。

 本当はそのことを話そうと考えたけど、朝まで逆風くんと話したせいか、そっちのほうが私を満たしていた。

「なくはないよ。たつみんにとって美尋ちゃんは憧れだからねぇ。好きな人ができたっていう理由で夢を絶ったら、絶対怒るよ」

「好きな人関係ないから! それにもう怒られたし」

 三花姉は顎に手を置いて、むふーと息を漏らした。でも、顔は笑っている。


「ずっと一緒にいた幼馴染より、都会の子を選んじゃったかー。あれだけ好きだったマラソンを捨てて選ぶくらいだもんなぁ。アオハルだなぁ」

「三花姉、絶対楽しんでるでしょ」

 私がジト目で聞くと、うんうんとクッソ笑顔で答える。

 あーもう、最低だわこの人。相談するんじゃなかった!

 三花姉は肩をゆらしながら詮索を続ける。

「たつみんに怒られたってなんで? 美尋ちゃんが怒ったんじゃないの?」

「最終的にはそうなったけど……」

 その言葉を聞いて、だろうね~と三花姉は何かを察した。

「なんかわかるの?」

「まー美尋ちゃんの話を聞いているからねぇ。あの子は依存しすぎだったのよ。こーんなド田舎じゃ楽しみがないから仕方ないけど、美尋ちゃんに甘えすぎ。疲れちゃうでしょ」

「そんなことなかったよ」

 上京する前は。

 私も大人の世界に触れて、嫌になって、変にねじ曲がった気がするから、いつまでも変わらない話をする辰巳に違和感を覚えたのは確かだ。

「人間いつかは大人にならなきゃダメなのよねぇ」

「私、全然そんなことないよ?」

「美尋ちゃんはいいのよ。だって宇宙人だし。宇宙人には地球のみなさんが気を遣うものでしょ?」

 なんて言い草だ。私はこの田舎に生まれた人間だぞ。

「三花姉はどっかで大人になったの?」

「どうかなー」いいながら最推しの西園寺リクの笑顔を眺める。「私はオタクに踏み込むとき、あーもうーこの三次元に自分を置くのは辞めようって覚悟したよ。恋愛とかドラマとかのリアル捨て仮に喪女になっても二次元に生きていこうって決めた。

 それが大人になるってことかわからないけど、親のいいなりにならず、自分で決めるってそういうことじゃないかな?」

「そういうもんかー」

「そういうものよ。たつみんはずっと美尋ちゃんの幻影を追っていた。すべての基準は美尋ちゃんだった。でも、成長するにつれて自分で決めるべきなのよ。そして、決めたらどんな不幸も受け入れる。あの子にはそれがなかったんじゃないかな……」

 ちょっと腑に落ちた。

 私が辰巳に感じる違和感は、そういうことかもしれない。


「それよかそれよかー。なんで好きになったんですかー、都会の男の子にー」

 態度が急変して、肩が急に脱力する。

 なんか口調が誰かと似ているな……。

「好きっていうか、優しいだけだから……」

 恥ずかしくて、思わず俯いた。いまめっちゃ顔熱いんだけど。

「昨日、辰巳と喧嘩した後、真夜中に電話したら3時なのに出てくれて……。それで朝までずっと話して……」

 なんで話しているんだ私は(2回目)。

「くー! なにそれなにそれ。てぇてぇ過ぎん? てぇてぇの高みだよ。あー配信したい、配信したいよー!」 

「殺す気か!」

 三花姉は、内緒でVチューバーっていう2次元キャラの配信をしている。

 モーションキャプチャーで動く絵に、ラジオ番組にみたいに雑談やコメントを拾って話している。しかも大手企業の一員のせいか、三花姉のキャラ『草薙ルミナ』は、フォロワー二〇万人の超売れっ子で、部屋の中でお金を稼いでいる。

 おかげで若津家の誰もが、秘密裏に莫大なお金を貯めている三花姉を責めれない。何かのハッカーかもしれないといわれているらしい。

 ネットの世界って恐ろしい。

「おねがーい、名前ださないからさぁ」

「ダメだって! この前、一影がルミナのグッズ持ってて吹き出したんだよ!」

「え、そうなの? 一影ちゃんって私のファン?」

 語弊があるが、真実だから仕方ない。

「電話で話したときも、可愛いし面白いってすごく勧められたんだよ。私、泣きそうになったんだから」

 実の弟が、何も知らずに、近所のお姉さんのキャラが好きだなんて死ねるわ。

「いいなー話したいな。ルミナはおっぱい大きいもんね。オネショタあるわぁ。今度、一影ちゃんを部屋に呼んでもいいかな」

「やめてくれ!」

 私の魂の叫びに、三花姉は腹を抱えて笑う。

 こんなひどい人にうちの弟の貞操が奪われるんですか……。めっちゃ複雑なんですが。私のよく知らない人と付き合ってくれたほうが幸せなんですが(私が)。

「ルミナ巨乳キャラだけど、私もおっぱい大きくなるかな?」

「しらねーよ!!!」

 弟の性癖なんて知りたくもないわ!!!

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