あーもう嫌い! 男子のこういうとこ大っ嫌い!!!

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 いつもより30分早く起きた!

 入学式より緊張している……。きょうは軽音部の正式決定の日で、あの生意気そうな顧問をぎゃふんといわせる予定だ。

 ボーカル初心者だけど、つねに腹式呼吸を意識して、高い声を出すイメージを想像する。もう何度もフレーズを歌ったせいか、勝手に歌詞が出てくる。

 通学時に聴いてる逆風くんのアルバム集。

 いまだけは封印。オリジナルをリフレイン。

 勝つためならいくらでも貪欲になる。

 後悔することになるって言ったこと、そのまま返してやるんだ。


 教室に着くと、みちるちゃんがベースを構えていた。

 私がボーカルに決まった途端に購入した、彼女の分身だ。それを大事そうに抱えながら、弦と楽譜をにらめっこしていて、慣れないピックさばきで音を鳴らしている。

「月。おはよ」

「おはよう。早いね」

「負けたくないから」

 誰にだろう。わからないけど、目に力がこもっているのはわかった。

「私も。一緒にがんばろうね」

「ん」

 みちるちゃんは小さく答えると、すぐに練習を再開する。ものすごい集中力だ。

 私はベランダに出て発声練習。低い声から高い声。野球部の掛け声や球を打つ音、陸上部のピストル音、吹奏楽部の重厚な音色が空に響く。早朝のグラウンドはサウンドのごった煮で、気を強くもたなきゃ自分の音がかき消される。

 まぁ、いまの私は無敵だけどね!!

 どの音よりも高域を出せるよう、頭の上から光線を出すイメージで息を吐く。

 喉にはなるべく力を入れず、お腹から押し出すように空気を出す。


あーあーあー

あーあーあー


 響く! 響く! 朝の夏空に私の声。

 めっちゃ気持ちいい! 高音を張り上げたときの爽快感といったら!!

 参ったなぁ。単独トップでゴールしたときを思い出しちゃう。悔しいけど、爽快感はあっちのほうが上。あーでも、浮気はダメって決めてるから!!

 一人しょうもない妄想を膨らませると、運動部の人たちが私を見上げていた。長距離部の人も。

「元気がいいね、月下さん」

 不意に横から結晶くんが苦笑した。

「あ、おはよう。気づかなかったよ。結晶くんも緊張して早く目が覚めた?」

「少しね。みんなの熱に当てられたかな」

「ぐっじょぶ!」

 嬉しくて親指を立てる。

 結晶くんは眼鏡をクイっと動かしながら、

「それじゃあ、音楽室でピアノを使えるか相談してくるよ」

「うん!」

 結晶くんが非常ドアを開けると、ベースを弾いていたみちるちゃんが彼を見ていた。

。負けないから」

「百年早いよ」

 結晶くんは楽譜をぱらぱらと扇ぎながら教室を出ていく。みちるちゃんの目がさっきよりも熱がこもる。

 私も負けられない!


 そうこうするうちに、運動部の生徒たちは撤収し、教室にちらほらとクラスメートが入ってきた。そろそろ終わりか。

 あとは放課後を残すのみ――

「ふわああああ。あー、月下。根暗。お前ら早いなぁ。朝はゆっくり寝るもんだぞ」

 こ、こいつ……。

 呑気そうに私たちの発起人が来る。

「うるさい、私たちは真剣なの!」

「そんなの付け焼刃だって、やっても効果ないぞ」

 どうして、こうやる気を削ぐこというんだ! ほんとにリーダーか!?

「二人ともそんな怒った顔すんな。昨日仕上げてきたんだから大丈夫だ。自信持てよ。お前らはそれが得意だろ?」

 逆風くんは肩をすくめて自分の席へ戻っていく。

 ――まったく、なんなんだ。うちのリーダーは。




 ……悪い予感は当たる。

 昼休みの鐘音と同時に交渉しに行った逆風くんは、すぐに帰ってこなかった。

 何か嫌な予感がするなぁ。

 気になって後を追うと、廊下で逆風くんが見上げるように最果先生を睨んでいた。身長180センチ近くある最果先生は、子犬の威嚇を辟易する大型犬みたいに苦い顔をしている。

「なんで聴いてくれないんだよ。あんたは顧問になるんじゃないのかよ!」

「こっちにも都合がある。全部自分たちの思い通りになるのは間違いだ」

 いまにも取っ掛かりそうな逆風くんに対して、最果先生は冷たい視線で見下ろしている。

「音楽室を使う時間が決まっているんだよ。ピアノが必要なんだ!」

「後日でいいだろう。そもそも君たちは特例で部活を再開した。きちんと立場をわきまえたほうがいい」

「知るかよ! 俺らの知らない年上のやつが勝手に事件を起こして、あんたら教師が勝手にルールを作った。ルールだなんだって馬鹿か。原因も改善策も何もださずにダメの一点張りで縛りつける。ただの能無しじゃねーか」

「口は慎め。ここは職員室の前だ」

 最果先生がぴしゃりと沈める。

 ――分が悪い。

 学校は先生の権力の上で成り立っている。騒がしくすると後の活動も危ぶまれる。

「とにかく、昨日から俺たちは練習して――」

「先生、昨日はありがとうございました!」

 私は咄嗟に駆け寄った。平行線になっている状態を突破したかった。

「…………」

 最果先生は値踏みするように私を見てくる。敵か。味方か。そんな感じだろうか。

 この冷たい視線がどうも苦手だ。

 昨日は最果先生の言い分に心が乱れてしまった。でも、いまはみんながいる。

「部活ですが、もうやるって決断したんです。だから先生もお願いします」

「後悔するぞ」

 逆風くんが前に出ようとして、私は腕を伸ばして止める。

 逆風くんと目が合う。

 大丈夫。絶対そんなことないから。

 視線だけ向けると、彼は頷いて下がる。

「相談なんですが、昨日、先生の勝手な都合で私を呼び出しましたよね?」

「ものの五分か一〇分だ」

「だったら、その時間くらい私ももらっていいですか? おかげで私、帰る時間が遅れたんです。フェアでいきましょうよ」

 にかっと笑みを見せると、最果先生は苦虫を噛んだように顔をゆがませた。

「吹奏楽部の邪魔するようなら撤収するぞ」

 それを聞いて逆風くんが吹き出した。

「月下、お前ってサイコーだな」

「そんなことないって」褒められると照れるから。「昨日のお礼だよ」

「早くいくぞ」

 私たちの後をついてくる最果先生がぶっきらぼうに呟いた。


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