審判の外側

 私たちは制服の埃を手で払うと、教室で待っている結晶くんとみちるちゃんの元へ向かった。

 ほんの数刻前まで手を握っていたことが少し恥ずかしい。

 逆風くんはどう思ったのかな?

 ちらっと盗み見るけど、嬉しそうに目を輝かせている。

 それどころじゃないみたい。

 うん――それでこそだ。

 私たちに寄り道している暇はない。逆風くんは全力で音楽をぶつけるだろうし、私はその逆風くんを超えなきゃならない。自分のペースを守る余裕はない。全力以上をだして限界を超えなきゃいけないんだ。


「そういえば、気にしていることがあるんだが」

 急に赤い顔を向けてきた。

「な、なに? そ、相談に乗るよ」

 やっぱり、向こうも意識したのかな。

 や、やばいなぁ。直視できないんだけど。

「バンド名が決まってない。ガリ勉も根暗もなんでもいいっていうし。俺、ネーミングセンス悪いって昔から言われてる」


「へーはー……」

 めっちゃくそ、どうでもいいわ!

 表情筋がゆるゆると緩み、代わりにイライラが募ってきた。

「ちょ、なんで怒ってるんだよ」

「べ、べつに何でもないですー」

「また根暗のあだ名か? せめて陰キャにしたほうがいいか? あいつ見てると、どうしてもそう言いたくなる」

 いや、そこじゃないし――ってか自覚してるならいい加減直せ。

 なんだかどうでもよくなってあからさまに嘆息した。

「逆風くんに任せるよ。私、バンドのこと詳しくないもん」

「いや、ダメだ。俺はお前の声を聴いてバンドの結成を決めたんだ。フィーリングでいいから何か言ってくれ」

 えぇ……。私もこういうの苦手だ。相談に乗るといった手前、何か言わないといけない。仕方ない。指をぐるぐる回しながら何かいい案がないか浮かぶ。

 そういえば、さっき会話してたな。奇跡を何度も起こせ的な。……そうだなぁ。


「ノンストップミラクル?」


 ……怪訝そうな顔をされる。

「ちょ! 何そのセンスないみたいな表情!! 君から言ったんじゃん!!!!」

「いや、絶望的にダセェだろ」

「さいてーだ!!」

 拳を腕にあててやると、逆風くんがいてぇと叫ぶ。

「ちなみにそっちはどんな名前考えたのさ」

「いや、いいだろ」

「こっちのことは批難するくせに、卑怯でしょ」

 逆風くんはバツが悪そうに明後日の方向を見上げる。


「フロンティアミュージック」


「同レベルじゃん!!」

「いや、こっちはテーマ入れてるし。そもそもミラクルとか流行らねーから!」

「はー!カッコいい単語いれればといいと思ってる人に言われたくねーわ!」

「べ、べつに思ってねぇし!」

 もはやどんぐりの背比べになっているが、言い合っているうちに教室についた。

「――君たち、うるさいんだけど」

 入るなり、勉強道具を広げた結晶くんとみちるちゃんがこちらを向いていた。結晶くんは試験後、すぐに学年首位を取り戻すべく勉強に躍起になっていた。

「うるせぇ、勉強するな!」学生の本分なのに何を言うんだろうか。「きょうから本格的に音楽活動はじめるぞ」

「決まった?」とみちるちゃん。

「うん。最果先生が顧問になってくれるって。昔ドラムやってたから代わりの生徒が来るまで協力してくれるって」

「僥倖」

 みちるちゃん難しい単語知ってるなぁ。

「それよりバンド名が決まらない。月下はノンストップミラクルとか言い出すし」

「その名を出すな!」

 めっちゃ恥ずかしいわ!

 結晶くんが、逆風と同じように怪訝そうに見てくる。何それ、君だって何でもいいとか思ったくせに!

「流石に引くね」「だろ」

「おい男子! 意気投合すんなし!!」

 私のツッコミにみちるちゃんがクスクス笑う。

 恥ずかしいけど可愛いから許す。みちるちゃんだけが唯一の癒しだ。

「逆。月。方向性、何?」

 一瞬、みちるちゃんのセリフが理解ができない。これは逆風くんと結晶くんを呼んでいるのか。ちょっと端折りすぎだぞ。

「陰キャ、お前中国人みたいだな」

「茶化すな馬鹿!」

 ツッコミしきれない。私はフォローするように、

「逆風くんは常識を打ち破りたいバンドにしたいんだって。それで合ってる?」

「そうだな。俺たちは型破りに進んでいきたい」

 一瞬で肩を落とす結晶くん。元から真っ当に行きたい人だっただけに、可哀想だ。

「結晶くん、何かいいネーミングある?」

「アウトサイダーとか?」

「ありきたりだろ」

 すかさずダメ出しをするフロンティアミュージック。こいつより全然ましだけど。


「審判。Judgement……Outside Judgment」


 みちるちゃんの言葉に私がピンときた。逆風くんと結晶くんもだ。全員が面白いように頷いている。

「審判の外側……か。逆風のテーマに合っているかもね」

「ああ。韻も踏んでいる。やっぱ根暗はセンスあるな」

「根暗は余計! でも、カッコいいよ!」

「……べつに」

 みちるちゃんは気まずそうに下を向いた。こういう照れ屋なところが可愛い。

「じゃあ、決まりだ。Outside Judgment。バンド名も決まったところでこれから練習するぞ。月下がクソ顧問に一泡吹かせたいって言ったからな」

「え、いまから!? ってか楽器ないでしょ」

「ピアノとギターは俺の家にある。エレキはないが、ウッドベースもな」

「いや……勉強したいんだけど」

「お前は賭けに負けたんだ。頭の悪い自分を呪え」

 成績が私と同じくらいなのに何をいうか。

「豆腐の角に頭をぶつけて死ね」

 恨みがましそうに眼鏡を向ける結晶くんに、逆風くんは肩をすくめた。


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