第4話 壊れたスマホと古びたラジオ


 ◆ ◆ ◆ ◆


 目をつぶろうか、目を開けようか。

 先程から、そんなことばかり考えている。


 幸か不幸か、目がだんだん暗闇に慣れてきてしまった。窓から入る稲光いなびかりが無くとも、天井の線までぼんやり見える。


 停電したのだから、当然クーラーも効かない。もちろん扇風機だって。


 汗をじっとり、かいている。


 暑さのせいだけじゃない。

 この胸騒ぎは、俺が怖がりなせいだけじゃないはずだ。


 布団に寝転がっているというのに、背中が寒い。

 暑いはずなのに、手足が冷たい。


 たくさんの――――視線を感じる。


 

 ――ピカッ! ドォォォン!

 雷鳴とともに、部屋に鮮烈な明かりが入った。



「――――――うあっ!」


 よせばいいのに、見てしまった。

 さんに並ぶ遺影に光が当たり、ご先祖様たちの目がギョロリと動いたような気がする。


「俺……ダメだ……。めちゃくちゃ、怖い……」


 これで点けてもいないラジオが急に鳴り出したら、俺は失神してしまうだろう。いや、失神ならマシだ。下手したら失禁するかもしれない。

 ならばいっそのこと、点けてしまおう。


 半ばヤケだった。

 怖がりゆえの、防衛策だ。


 ――鳴らぬなら、鳴らしてしまおう、このラジオ。

 光一こういち、心の俳句。


 そんなアホな俳句すら真剣になってしまう俺のテンションは、すでに恐怖に振り切れている。


 ――ラジオ、ラジオはどこだ。


 天井に背を向けてはならない気がして、利き手でラジオを漁るように探す――が、ない。

 やむを得ず、最小限の動きを意識して軽く身をよじる。


「――は?」


 その瞬間、目を疑った。


 ――光ったんだ。枕元に置いた俺の――スマホが。


「は……? なんで……?」


 いや、落ち着け。

 電源は入れてない。

 故障して勝手に電源が入ったのか?

 なんで電源が入ってるんだ?

 

 画面はどうなってる?


 見るな。

 見たくない。

 怖い。

 怖い。

 でも見なくても怖い。



 ――――ブーッ、ブーッ、ブーッ。


 突然、スマホに着信が入る。


 ――『070-4444-××××』。


 先程の番号だ…………!


「うわああああ!」


 恐怖に耐えられなくなり、俺はタオルケットを被って必死に目をつぶる。


 ――早く、朝になってくれ……!


「もしもし……」


 先程の、可愛らしい女の子の声だ。

 スマホに触れていないというのに、勝手に通話になっている。


「もしもし……ヨウイチさん?」


 ヨウイチ⁉︎

 その瞬間、ピンときた。


 先程の電話、


「――××◇◯&◎……ういちさん? ―――」


 っていうのは光一俺の名前じゃなくてヨウイチって言ってたんじゃないか?




 ゾワリ。




 全身の毛が、急に逆立ち、肌がゾワリと粟立っていく。毛穴という毛穴から、脂汗が吹き出す感覚。



 ――――ジィ――――ブツッ

 ――――ジィ――――――ブツッ


「…………トミ…………ん…………ヒトミさん……」


 ラジオが、急に鳴り始める。


 その瞬間、俺の身体は――――



 ――――勝手に動き始めてしまった。



 タオルケットをはぐ。

 仰向けになる。


 ――まるで、俺の身体ではないみたいだ。

 俺に自由を許されたのは、この脳内の、思考のみ。


 右上のさんを見る。

 左側から順番に遺影確認。


 ひいひいばぁちゃん。ひいばあちゃん。

 ひいひいじいちゃん。ひいじい………………………………………………………………………………………………………………………………………………

 

 ――一番右の、若い男性がいない。

 あるのは額縁だけだ。


 ――怖い怖い怖い怖い怖い怖い……! なんで勝手に体が動くんだ! やめろ、やめてくれ……!


 俺はピィンと真っ直ぐに寝る。

 首がゆっくり持ち上がる。

 眼球が足下にゾロリと動く。



 ――――ズリッ


 ――――ズリッ


 ――――――――――――ズリッ



 ――――――ズリッ



 ほふく前進の兵隊が、近づいてくる。

 黒いヘルメット。

 緑の迷彩服。

 肩には銃を担いだ――あの遺影の男性だ……!



 ――――ジィ――――ブツッ

 ――――ジィ――――――ブツッ


 ラジオから声が聴こえてくる……。


「ヒトミさん……。日本の恩為おんため、貴方の恩為おんため、生きて必ず……!」


 は、俺に馬乗りになり、

 悲痛な表情で――俺の首を締め上げた。



 ――く、ぐるしい……。

 やめて、やめてくれ…………!



「…………無念…………………………」


 ――――ジィ――――ブツッ

 ――――ジィ――――――ブツッ……


 無念、というヨウイチの声とともに消えたラジオ。俺の意識も、闇の中へ消えていった……。



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