第3話 心遣いと古びたラジオ


 ――和室に敷かれた一組の布団。


 俺がシャワーを浴びている間に、ばぁちゃんが用意してくれていた。

 料理だって大変だったろうに、布団の準備まで。本当に感謝してもし尽くせない。


「う……」


 俺は、こわいもの見たさ(ご先祖様に失礼)もあり、敢えて和室のさんに飾られた遺影を見上げる。


 ひいひいばあちゃんに、ひいばあちゃん?

 ひいひいじいちゃんに、ひいじいちゃん?


 誰が誰だかわからないけれど、みんないい表情で撮影されている。写真から見てとれるのは、じぃちゃんとばぁちゃんの家系は美形だってこと。

 今のじいちゃんは立派な眉毛が邪魔してよくわからないけれど、それさえ除けばじいちゃんの家系は精悍な顔立ちが多いってことがよくわかる。特に一番右の若い男性。めっちゃイケメンじゃないか? 顎のラインがなんだかじぃちゃんに似ているぞ?


 ――まぁ、つまりは俺も同じってこと。フフフ、同じ家系だからな。


 このご時世、男女問わず眉の手入れは最早マナーのようなものだから。身だしなみさえキチンとしてれば俺はそこそこモテるんだ。

 さっきも見知らぬ番号から電話がかかってきたけど、実はあの手のアピールは初めてじゃない。


 ――モテる男はつらいぜ、なんて月並みなことは言わないぞ? 俺は常に感謝の心とともに生きてるからな。気にかけてくれてありがとう! ってヤツだ。



 ――フッ。


 俺の思考が笑えたのか、急に電気がフッと落ちてしまった。その少し前には、お腹までドォンと響く地響きと窓から入る稲光いなびかり。どこかで落雷があったらしい。


 よりによってなんで今日? スマホだって壊れているのに。電話の後、また電源が入らなくなった俺のスマホ。壊れているのはわかっているけど、必死に畳を探ってスマホを求める。





「ーー!?」


 唐突に、

      違


    和


  感


  が


     す




         る



「嘘……だろ……」


 じわり、と背中に汗をかく。

 鳩尾みぞおちあたりが、きゅうっ、と痛い。


 


 落雷じゃないナニカの音が、聞こえてくる。

 




 ――――ギシ……



 ――――ギシ…………




 ――ギシ……………………



 頼れるものは窓をビリリと揺らす雷鳴の明かりだけ。


 先程から、

 ギシ、ギシ……と何かが近づいてくる。


 廊下に面した障子が、ピカリと放射状の明かりに照らされる。


 ――恐怖が過ぎると、思考は停止するんだな。

 

 何故かそんなことを考えた。


 ギシ……


 ギシ…………………………



 ――――――――――――――――――来る!




光一こういち、大丈夫かい?」


 ――ばぁちゃんだった。


「あ、う、うん……。大丈夫」


 すぅっと障子が空くと、心配した表情を浮かべたばぁちゃんが、ネグリジェ姿で立っていた。

 懐中電灯に照らしてもらい、お守り代わりにスマホを握る。


「大丈夫? 昔から光一こういちは怖がりじゃったけんのう。ばぁちゃんがもっと元気だったら、さんの上のご先祖様たちもないないしたんじゃけど……」


 まるで雷までもばぁちゃんのせいかのように振る舞う、優しいばぁちゃん。「片付ける」を「ないない」という可愛らしい言い方も、恐怖で冷えた俺の心をじんわりと温める。


「大丈夫だよ、ばぁちゃん。俺もう、高2だよ?」


 俺の最大限の心遣い=虚勢。

 ごめん、ばぁちゃん。心配させて。

 本当はこわいけど。

 俺、頑張るから、元気出してくれ。


「あらまぁまぁ。おおきゅうなってねぇ。じぃちゃんのラジオ、置いて行くから、点けて寝てええからね」


 ――ラ、ラジオ⁉︎


 ごめん、怖いからいらない。

 だって急に変な音が鳴ったら怖いじゃん。


 ――とか、優しいばぁちゃんに言えるはずもなく。


「あ、ありがとう……点けて寝る」


 ――バカバカバカバカ! 俺の強がり! 俺のバカ!


 俺は古びたラジオを受け取って、おやすみの挨拶をばぁちゃんに言った。





 ――長い長い、夜が始まる。

 たくさんのご先祖様と、ラジオとともに……。



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