第2話 都合の良い神の恵み


 あれから僕たちは、自主学習を続けている。

 月曜日から金曜日の放課後に、毎日、毎日。


 僕らが毎日放課後に自主学習をするものだから、クラスのみんなだけでなく、学校の全員と思えるほど多くの人が僕らのことを勘ぐった。


 それほど彼女は学校中の注目の的だし、

 ……何より。

 相手がいたって普通の男子の僕なのだから、その対比もあって尚更なんだろう。



 たくさんの女子に質問された。


 ――ねぇ、付き合ってるの?

 ――鈴木くん、ヒカリちゃんのこと好きなんでしょう?


 それから、僕をやっかむ男子もいた。


 ――なんで鈴木が赤宮さんと自主勉してるんだよ。

 ――鈴木のくせに!


 補足しておくけれど、僕は平々凡々なだけであって、いじめられっ子でもなんでもない。普通に友達もいるし、もちろん仲間はずれにもされていない。


 平々凡々、ただそれだけだ。(それが人生において優位に生きられるかどうかの分岐点と言えるほど、重要なんだけどね。涙。)


 そんな僕が高嶺の花の赤宮さんに迷惑をかけられるはずもなく、どんな質問においても否定しなければならないことは明白だ。


「ただ一緒に勉強をしているだけだよ! 赤宮さんは、ただの……」


 みんなの視線を一身に浴びる僕は、言葉に詰まってフリーズした。



 …………ただの…………?


 次に続ける言葉の正解は、一体何だろう。


 みんなの視線は更に僕に集中する。

 にも関わらず、答えられない僕。



 彼女にとって、いや、僕にとって。

 一体彼女って、何なんだろう。


 ①僕の本音――僕が片思いしている女の子。

 ②角が立たない建前――ただのクラスメイトの女の子。

 ③言っていいか迷う表現――大切な、僕の友達。

 

 ①は論外。

 告白なんてできない。

 ②は……、彼女にとっての僕はそうかもしれないけど、僕にとっての彼女は、そうであってほしくない。

 ③は……、僕みたいなヤツが口にしていいんだろうか。



「フフフッ。みんな、鈴木くんが困ってるよ。みんなも知ってると思うけど、実は私、追試があるの。だから私から鈴木くんにお願いして、一緒に勉強してもらってるんだよ?」



「なんだぁ。追試のためなのかぁ」

「まったくうらやましいヤツだぜ、鈴木は。俺も追試したいくらいだよ」



「追試なんてしないほうがいいんだよ。ね? 鈴木くん?」


 彼女は僕にニコリと笑ってみせた。


「――――うん、そうだよ」


 そう、答えた僕。

 ――もちろん、彼女からお願いされて放課後の自主学習を始めたわけではない。

 たまたま、本当に偶然、一緒になっただけなんだから。

 

 情けない。

 情けない。

 …………情けない!


 片思いの女の子に、助けられてしまった。

 勇気を出して、「大切な僕の友達」と言えばよかったのに。


 後悔しても、手遅れだ。

 僕はぎゅうっと、拳を握った。




 そんな僕の気持ちを察してなのか、優しい彼女はゆっくりと――


「今日の放課後も、頑張ろうね」


 ――と言ってくれたけれど、ほんの少しだけ、哀しげに微笑んでいるように、僕には見えた。


 ◇ ◇ ◆ ◆


「わあ〜! すっごい雨だね。こういうのなんて言うんだっけ? んーと、物騒な名前の雨のこと」

「ゲリラ豪雨?」

「そうっ! それそれ! あぁ〜思い出せてスッキリ!」


 教室の窓を激しく叩きつける横殴りの雨。

 稲光いなびかりと、時間差でくる轟音。窓を叩きつける無数の雨粒で教室の中までとても賑やかだ。


「勉強のキリはついたけど……帰れなくなっちゃったね。私、傘持ってきてないし」


 彼女は、椅子を後ろにギィギィと傾けて不満な心を持て余しているようだ。


 勉強のキリは、確かについた。

 でもそれは、勉強が苦手な僕に彼女が懇切丁寧に教えてくれたおかげである。


「赤宮さんのおかげで無事にキリはついたけど、そろそろ帰らなきゃだよな」

「うん……」


 時計の針は、5時半を指していた。


 こんなに可愛い、しかもお年頃の天使様を、ゲリラ豪雨の中一人で帰せるはずがない。

 雨に濡れて風邪をひかせてしまうかもしれないし、天使を誘拐する悪い悪魔がいるかもしれない。


 ――などと、最もらしい理由をつけて。


 僕は、ゴクリと生唾を飲む。


「もう少し、雨が落ち着いたら、家まで送って行くよ」


 僕は再び、ゴクリと生唾を飲んだ。

 

 すると、彼女は……。


「本当⁉︎ いいの? 嬉しいっ! ありがとう」


 豪雨の中に咲いた一輪の花は、喜びの拍子に立ち上がり、椅子はバタンと後ろに倒れてしまった。

 慌てて彼女は椅子を直し、少し俯いて恥ずかしそうに髪を耳にかけている。




「〜〜〜‼︎」


 僕の心の奥深くが、じぃんと熱く、乙女のように(?)きゅううううんとなった。



 ――この気持ちを、なんと呼ぶのがふさわしいのか。



『僕という平々凡々な雑草に、向日葵の花が咲いた。』



 っていう感じかなぁ。


 僕の心の中は取り柄のない雑草だらけなのに、彼女といると――彼女の笑顔を見ていると、僕の中に、向日葵の花が咲いたような気分になれるんだ。


 無宗教な僕だけど、2人で仲良く帰れるキッカケを作ってくれたゲリラ豪雨は、神の恵みなのではないかと、思えてならない。


 まるで神様が、昼間の失態――彼女を傷つけてしまったかもしれないこと――をこの機会に挽回しろって言ってくれているように思える。


 無宗教のくせにこういう時だけ『神様』とか言うあたり、なんて都合のいい人間なんだろう、僕っていうヤツは。


 と、僕は心の中で、自嘲する。


 そういう意味では、ずる賢くて、平々凡々ではないかもしれないな。




 ――都合が良くてごめんなさい。

 神様、挽回の機会を与えてくださって、どうもありがとうございます。


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