第九話 心に咲く花火


「どうした。しっかりしろよダン」


 マイクはダンの肩を掴む。


 肩を掴まれたダンは、濁った目でマイクを見るばかりで反応しない。


「そいつ、今日は使い物にならないだろう。奥の部屋に布団を敷かせた。そこを使え」


 和光は、彼から見て右側を指差す。


「あ、ああ。一度ダンを連れて行く。話はそれからでいいか」


 マイクは言う。


「おまえも、今日は眠れ」


 和光は言う。


「いや、でも明日の朝には俺の仲間が...」


 マイクはそう言ったが、和光が声を被せてきた。


「マイク。おまえ、俺らの戦力が気になっていたみたいだな。丁度いいじゃないか」


 和光はニヤつく。


「殺すのか」


 マイクは和光を睨む。


「おいおい。殺すわけ無いだろう。これから同盟を組むかもしれないってのに。早く行けよ」


 和光は、汚いものを払うように手をひらひらさせた。


 マイクはソファから立ち上がると、ダンを連れ奥の襖を開く。


「ダン。先に寝ていろ」


 マイクはダンを部屋に押し込むと、襖を閉める。


「おい、和光。本当に殺さないんだろうな」


「おまえもしつこいな。俺に任せておけ。約束は死んでも守る」


 和光の発したその言葉に、どうしたわけか納得させられてしまったマイクは、黙ったまま襖を開けダンの隣に敷いてある布団にうつ伏せになる。

 

 だがマイクは、うつ伏せにはなるものの、ここは敵のボスの城であることをはっきりと理解していた。こんなところで眠ってはいけないと思いながら、首を動かしどこかに逃げ道がないかを探している。いつ殺されてもおかしくないのだ。


 と、気を張っていたのにも関わらず、マイクの瞼は徐々に重くなってくる。ゆっくりと睡魔はやってきて、マイクの意識を吸い取ってゆく。そうして深く深く眠りに落ちる。今日一日の疲労全てが体にのしかかるように。




ドンッ。


ドンッドンッ。


 二人が眠りにつき、しばらくすると、笛のような音と、誰かが壁を叩くような音が遠くから聞こえてきた。


ドンッ。


《なんの音だ》


 マイクが大イビキをかいて寝ている中、ダンは意識の中で、音の正体を探っていた。


《違う。これは...》


「大砲だ」


 ダンは飛び起きると、部屋を見渡す。


「どこだここ」


 ダンの記憶は断片的ではっきりしない。しっかりと覚えているのは、和光の部屋の『色即是空』の掛け軸だけだった。


 とにかく、急いで状況を確認しなければいけないと、部屋の窓を探した。暗闇の中、大砲の放つ光を頼りに窓に近付き、勢いよく開いたその時。



ヒュー、ドーン。



 ダンの赤毛を暖かい風が揺らし、目の前に色鮮かやな光の粒が広がる。その幻想的な光は辺りを照らし、まるで花のように空を舞い、しばらくして儚く消え去った。

 

「花火...」


 ダンは呟く。


「ほう。おまえ、花火を知っているのか」


 突然の声に驚くダン。

 この部屋は三階くらいの高さはあるはずなのに、窓の下から声がする。


「だ、誰だ」


 ダンは窓の下を覗き込む。


「誰だとはなんだ。おまえこそ、うちの大将の家でなにしてやがる」


 男は捨て瓦に片膝を立てて座っていた。派手な着物を羽織り、巻煙草のようなものをふかしている。


「俺は...」


 ダンは黙り込む。自分が敵だということを言えないからだ。


「冗談だ。知ってるぞ、おまえ。森の中から連れてこられた奴だろう」


 男は花火を見つめながら言う。


「知ってたのか。俺はダン。今寝てるやつがマイクだ」


 ダンは、男の方を向き答える。


「ダンか。どこかで聞いたことのある名前だな。俺は将吾だ。おまえ、なんで針葉樹の森なんかにいたんだよ」


 なぜか、敵であるマイクを前にしているはずの将吾からは、一切の敵意を感じなかった。


「それは...たからだよ」


 大きな花火が打ち上がり、ダンの言葉を奪った。


「なんて言ったんだ。花火で聞こえなかったぞ」


 花火は将吾とダンを照らす。


「ウエストランドに向かっていたんだ」


 ダンは将吾を真っ直ぐ見る。


「ウエストランドだと。あんな物騒な村に何の用があったんだ」


 将吾は驚き、初めてダンの顔を見た。


 二人が話している間にも、いくつもの幻想的な花が空に舞っている。大きいものから小さいもの、赤、青、黄色、沢山の色が夜空を照らした。


「あんた、話しやすいな。思わず全部話してしまいそうになった」


 ダンは笑いながら花火を見つめた。


「なんでだろうな、その言葉和光にも言われた気がする」


 将吾はそう言うと、派手な羽織りをなびかせながら立ち上がる。


 立ち上がってみると、彼の体格に驚いた。とても大柄で数々の戦を勝ち抜いた大将軍のような風格だ。


「またな。小僧。和光はああ見えて結構いい奴なんだ。眠ってるガキ二人殺しちまうほど、腐ってねぇよ」


 将吾はダンに手を振ると、捨て瓦から飛び降りた。


《なんて頑丈なんだ》


 ダンは飛び降りた将吾を見て、心の中で心底驚いていた。


「おい。将吾」


 大きな声で将吾を呼んだ。


 確実に聴こえていたであろうダンの声に将吾は振り向かず、煙をくゆらせながら歩いてゆく。



「ありがとう」


 そっと置くように発した言葉に、ダンは首を傾げていた。


「あれ、なんでお礼なんて」

 


 窓を閉めたダンは布団に戻り、天井に吊るされたガラスの玉を見つめた。隙間風で揺れるそれを眺めていると、自然と瞼が落ちてゆく。


《なんだか頭の中でいくつもの記憶が交差しているようだ。今が流動的に動いていて、今に存在していない瞬間がある。今の今に戻れない瞬間が。》


 ダンは何度も何度も今日までの事を思い出そうとしていたのだが、とうとう瞼の重さに耐えることが出来ずに、深い眠りについてしまうのだった。




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