第十話 宴


「おい。起きろ」


 マイクが寝ているダンの肩を揺らす。


「もう朝か。おはようマイク」


 ダンは眠たい目を擦りながら挨拶をした。


「呑気な奴だな。早く来い。外が大変なことになってる」


 マイクのテンションが妙におかしく、まるで近くでお祭りでも行われているかのよう。


 ダンは早速起き上がると、マイクの後に付いて行った。襖を挟んだ隣の部屋がなんだか騒がしい。


「乾杯。いやぁ、こんなところでこんな良い友に出会えるとは」


 緑色の迷彩服を着た男が言う。彼は朝から相当酔っぱらっているのだろう、呂律があまり回っていない。


「まったくだ。ほれ、ほれ、もっと飲め」


 その隣に座っているのは、なんと和光。


 昨日はこじんまりとしていたはずの部屋は、男、女、子どもも合わせ沢山の人が集まり、今日は賑やかな場所になっていた。いつからこの人たちが集まっていたのかは分からないが、酒瓶が散乱し、茶色く照りを帯びた食いかけの子豚の丸焼きには、誰も興味を示さなくなっていた。


「な、なんなんだこれは。なぁマイク、俺はいったいなにを見せられているんだ」


 ダンは寝起きだからなのかは分からないが、思考停止していた。まるで酒場、まるで早朝から室内で宴を始めているようなものだったからだ。


「ダン、落ち着け。迷彩の男、よく見てみろ」


 マイクはダンと視線を合わしたうえで、緑色の迷彩服を着ている男を指さした。


「なんだ。あの迷彩服の男がどうかしたのか」


  ダンは首を傾げる。


「どうかしたのかってシュウだよ。シュ、ウ。ああ、そうか。おまえ気絶してたのか」


 マイクはシュウと合流した直後から別れるまで、ダンが彼らと一度も顔を合わせていなかったことを思い出した。


「あいつが俺の仲間のシュウだよ。さっき牢屋に入った時に再会した」


「ろ、牢屋。マイク、牢屋にいたのか」


 ダンは真剣な顔をしている。


「ダン。おまえも入っていたんだぞ」


 マイクは言う。


「さっきの鉄格子の小屋か。あれ牢屋だったのか」


 ダンは閃いたように手を叩いた。


「お前が気絶している間にも色々あったのだが、それは過去の記憶を探ってもらって。本題は、俺たちが寝て起きたら世界は平和になっていた。ってことなんだ」


 マイクはやけに回りくどい言い方をする。正直なところ喜びを隠せないのだろう。


「つまり、マイクの仲間と和光が、早朝から凄く仲良く酒を飲んでいるから、昨日の争いはなしにしましょうねってことだよね」


 ダンはその光景を眺めながら言う。


「そういうことだろうな。一度俺が話してくる」


 マイクは、顔を真っ赤にし談笑しているシュウの元へと向かった。


「おい、シュウ」


「お、マイクか。無事でよかったよ」


 シュウは一瞬驚いた顔をしたが、笑顔でマイクの顔を見た。


「よかったって、いったいこれはどういうことなんだよ」


 顔を真っ赤にしたシュウに、マイクは問いただす。


「まあまあ、落ち着けって。俺に任せろって言っただろ」


 隣から和光が割って入る。


「確かにそうは言ったが...」


 マイクは納得のいっていない顔をし、後頭部を掻いていると、突然走ってきた誰かに抱きつかれた。


「マイク。よかった、生きてて」


 リコだ。リコの美しい赤毛が揺れ、心地よい香りがマイクを包む。


「痛いよ、リコ」


 リコに強く抱きしめられたマイクは、政宗につけられた背中の傷の痛みを訴えた。


「あ、ごめん。傷の具合はどう」


 リコは心配そうに背中を見る。


「どうってことないよ。薄皮を剥がされた程度」

 

 マイクは言う。


「それはどうってことないって言わないのよ。あいつだけは絶対に許さない」


 リコはそう言って笑ったが、目の奥には怒りが垣間見えている。


「和光、今の状況を詳しく聞かせてくれないか」


 マイクは和光に聞いた。


「見ての通りだが、俺たちは同盟を組むことになった。シュウ今朝の話をしてやれ」


 和光がシュウに言う。


「今朝か、今朝な」


 改まった様子でシュウは話し始めた。


「朝方俺たちは馬を引き野営から出発した。幸い全員怪我などはなかったため、万全な状態で出れたんだ。緊急だったから良い作戦が練られなかったが、以前西の村に襲撃をかけた時の作戦をそのまま使った。俺が考えた自信のある作戦だったんだけど、全て攻略されてしまったよ」


 シュウは言う。


「シュウの作戦が攻略されたのか」


 マイクは驚いた。なぜならシュウの作戦は非常に巧妙で、未だかつて破られたことがなかったからだ。


「自分でも驚いた。だが、大将の喉元には噛み付く寸前だったけどな」


 シュウが和光を見る。


「さすがゲリラだ。マーフ王国を敵にしているだけはあるな」


 和光もシュウを褒め称える。


「作戦がバレてた訳じゃない。攻めようとしていたところに、相手の兵隊が配置されていた。シュウと森の民の策士は、まったく同じことを考えていたってことよ」


 リコが言う。


「さらに裏をかいて、この建物に侵入したがギリギリのところで、あいつに阻止された」


 マイクが親指で後方を指す。


 そこにはあいつがいた。そう。政宗だ。


 彼は入口付近で、 腰につけた日本刀の鞘に手をかけ、凜とした姿勢で立っている。


「政宗は頭が良い。だから俺の近くに置いている」


 和光は言う。


「あいつは、マイクを殺そうとした。シュウ、なぜあいつがいる」


 リコは政宗に対し敵意むき出しだ。


 政宗はリコの視線に気付くと、鞘に手をかけたまま姿勢良くこちらに歩いてきた。彼は無表情で感情が読めない。不気味な雰囲気を纏っている。


「今回の件、誠に申し訳ありませんでした」


 それは突然の出来事だった。政宗がゲリラたちに向かって、深々と頭を下げたのだ。

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