56.僕の好きな人

「すごいわね、都って。細工したのにも関わらず、お目当てが引けないって、どんだけくじ運悪いのよ?」


お昼休み、食堂で静香は野菜ジュースを飲みながら、ハンカチをくわえてシクシク泣き崩れている都の頭をポンポンと叩いた。


「やかん・・・、やかんって・・・」


「でも、やかんを持って走る都はシュールで面白かった・・・、じゃなくて、レアで貴重・・・、いや、可愛かったわよ」


「う~~、もう体育祭なんてどうでもいい~~!」


「何言ってんの。まだ後半戦が残ってるじゃない」


「・・・都には、後半戦なんてないの・・・。一本勝負だったんだから・・・」


「そうじゃなくて。都は準備委員なんだからね。最後まで職務を全うしなさいって話」


「う~~。もう、雨降って中止になっちゃえばいいのに・・・」


「それはそれで片付けは大変ね。準備委員さんは」


「・・・」


都は恨めしそうに静香を見ると、大きく溜息を付いて、昼食を食べ出した。


そこに、数人と食堂に入ってきた真理が駆け寄ってきた。


「都ちゃん・・・」


気の毒そうな顔で都を見る真理に、


「真理ちゃん、ごめんね。あんなに協力してくれたのに、都、ドジっちゃった・・・」


都は頭を下げた。真理は何とも言えない顔で都の肩を叩いた。


「ううん。残念だったね、都ちゃん・・・。しかも、選りによって『やかん』って・・・」


「真理ちゃん、それ言わないで」


「うん。ごめん」


真理は肩を竦めると、


「とにかく、元気出して! 午後も頑張ろう。静香ちゃんも頑張ろうね! じゃあね!」


そう言って都と静香に手を振ると、自分の友達の方に走って戻っていった。





午後になり、紅組の応援席では、川田と同じクラスの準備委員が和人の傍に走ってきた。


「津田君。ありがとう。助かるよ!」


準備委員が和人に声を掛けた。


「ごめんな、津田っち。俺が調子に乗りすぎちゃって」


川田は頭を掻きながら和人に謝った。


「ううん、大丈夫だよ」


川田は、頭でっかちな特進科コースの生徒の中で、珍しく運動神経が良い。

学力は飛び抜けてはいないが、全てを平均的にこなすマルチタイプ。

今回の体育祭では徒競走もリレーも任された上に、怪我をして出られなくなった生徒の台風の目まで駆り出されることになった。


そこに、急遽、体調不良で欠席した生徒の分までヘルプをお願いされたのだ。

気の良い川田は快く了承していたが、横で聞いていた和人はどうにも無理があると思い、1種目は自分が代わりに出場すると名乗り出たのだった。


「僕は足が遅いから、台風の目はみんなに迷惑かけちゃうから無理だけど、借り物競走なら一人だし、あまり順位も気にならない競技だしね」


「サンキュー、津田っち」


和人はにっこり笑うと、


「それにしても、『やかん』とかあるんだね。『フライパン』を持って走っている人もいたけど」


のん気にそんなことを言った。


「うん。そうだね。なんか台所用品が多いよな~」


川田も笑いながら和人の隣に座った。





午後の部が始まり、盛り上がりを見せる中、もう既にやる気ゼロの都は、だらしなく校庭の端で次の競技の準備をしていた。


「さあ、次の種目は男子の『借り物競走』です。女子に続いてこちらも一体どんなお題が出るのでしょうか!」


そんな放送が流れる中、都は紅白の玉入れの道具を校庭のトラック内に運び入れた。


(超どうでもいいし! 借り物競走なんて!)


心の中でブツクサ文句を言いながら準備をしていると、一人の男子が声を掛けてきた。顔を上げると、クラスメイトの男子だ。


「か、神津さん・・・。一緒に走ってくれないかな・・・?」


そう言って、もじもじしている。


(え・・・? これって・・・)


都は目を丸めた。

自分が引きたいがために作ってもらった『好きな人』がこんな形で裏目に出るとは!

しかも、自分はそれを引けなかったのだ!

引いたこの男子が羨ましすぎる!!


「ごめんなさい。都、準備中だから一緒に走れないわ」


ピシャリと都に断られ、男子はスゴスゴ退散していった。

都は苦み潰した顔で男子を見送った。


その後も、都のもとに男子が駆け寄ってくる。

その度に都は妬みからイライラした。自分は引けなかったのに・・・。


ブー垂れて俯きながらイジイジと地面を足で掘っていると、また一人、誰かが都の傍に駆け寄ってきた。


「あ、あの・・・」


またか!


「悪いけど、都、準備中で忙しいの。だから走れないわ!」


都は顔も上げず、不貞腐れたように言った。


「でも、都ちゃん・・・」


え? この声?


都は慌てて顔を上げた。

目の前に和人が立っていた。


「え? あ? あれ? 和人君・・・?」


目を丸めている都に、和人はもう一歩近づいた。


「都ちゃん。一緒に走ってくれる?」


なんで?

和人の競技は大玉送りで、すでに午前中に終わっている。

それなのになぜ??


都の頭の中はクルクル回って、思考がまとまらない。


「な、なんで?」


「なんでって・・・」


和人は都の前にくじを広げた。

そのくじには『好きな人』と書いてある。


「都ちゃんは僕の好きな人だから」


そう言うと、和人は都の前に手を差し出した。


都はその手をじっと見つめた。

ジワリと涙が浮かんできて、和人のふくよかな手がぼやけて見える。


都はゆっくりと和人の手に自分の手を重ねた。


久しぶりに握る和人の手。

昔と変わらず、ムチムチとして柔らかく温かい。

ただ、違うのは、ずっと大きくなっていること。

都と同じ大きさだったはずなのに、今は、都の手をすっぽりと包む。


和人と都は並んで歩き出した。


すると、トラック内の端の方から、大きな悲鳴に近い歓声と拍手が聞こえた。


真理だ。

その場で飛び上がり、キャーキャー叫んで喜んでいる。


もう一方、白組の応援席からも大きな拍手が聞こえた。


静香だった。

満足気に微笑んで、拍手を送っている。


その二人の周りから徐々に拍手が広がり、いつの間にか全体に拍手と歓声が上がりだした。


その中を和人と都は手を繋いで小走りでゴールに向かった。

もう二人は最後だというのに、ゴールにはテープが張られた。


歓声の響く中、二人は仲良く一緒にゴールのテープに飛び込んだ。

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