55.体育祭
体育祭当日。
青空が広がり、絶好の運動会日和。
東西にはペーパーフラワーで派手に飾られた入場門が設置され、紅組と白組に分かれている応援席の後ろには、美術部の力作の応援看板が据えられている。
紅組は睨みを利かせた竜が、白組は今にも襲い掛かろうとする白虎が威風堂々と描かれており、それぞれの組を背後から見守っている。
その白虎を背に、白い鉢巻をした都は腕を組んで佇み、敵地を見据えた。
天翔ける竜の前に群れる紅組の集団の中に、標的は唯一人!
結局、昨日だって心躍る甘い言葉はあの一言だけ。
まったく、なんてつれないのだろう、私の想い人は!
「負けないわよ! 和人君!」
都の瞳はメラメラと燃えている。
和人の知らないところで、和人を掛けた勝負—――『借り物競走手繋ぎ大作戦』—――が都の中で勝手に始まった。
★
気合十分でスタートした体育祭だが、準備委員は裏方作業に駆り出され、何かと忙しい。
競技と競技の間の準備や、放送部との連携。その合間に自分も競技に参加。
パタパタと目まぐるしく動き回っているうちに、あっという間に勝負の時が来てしまった。
「いい? 都ちゃん。くじは全部四つ折りになってるから。『好きな人』のやつだけ、端の角を折ってあるからね」
真理は都に腕を絡ませ、耳元で囁いた。
「テーブルの上の平たい箱の中にくじを並べるから。都ちゃん、1レーンでしょ? それに合わせて一番右端に置くからね」
「分かったわ。一番右の端っこね。角が折れてるやつ!」
「そう! 頑張って!」
「ありがとう! 真理ちゃん!」
都はガシッと真理を抱きしめた。真理はその背中をポンポンと叩いてから、都を送り出した。
そして、自分もくじ設置係として校庭に走って行った。
都はドキドキする心臓を押さえながら、競技の配列に並んだ。
自分の順番は3走目。
「次の種目は、毎年お楽しみ『借り物競走』です! さあ、今年はどんなお題が出るのでしょうか? 楽しみです!」
そんな放送が校庭に流れる中、1走目の生徒たちが位置に着く。
「よーい」
パーン!
号砲が響いた。
一斉に選手が飛び出す。
20メートルほど先に設置されたテーブルに向かって走り出すと、我先にと箱に手を伸ばし、くじを奪い合う。
その場で中身を確認すると、目的に向かって、みんな多方面へ散っていった。
だが、その中で一人の女子生徒が、口に手を当てて佇んでいる。
困ったように顔を上げると、キョロキョロ周りを見渡した。
(きっとあの子、例のを引いたのね!)
都はその子を凝視した。
その女子生徒は、ゆっくりと応援席の方に駆けて行く。
一人の男子の前まで行くと、恥ずかしそうにそのくじを見せた。
男子はすぐに立ち上がり、彼女の手を取ると、一緒に走り出した。
周りが一斉に囃し立てる。
それに応援されるように二人はゴールに向かって走って行った。
(あれよ! あれ! 都もあれがやりたいの!)
都は羨望の眼差しで二人を見つめた。
そして、ググっと拳を握ると、紅組の応援席にいる標的の位置を確認した。
★
そんな都の野望の一翼を担っている真理は、少し困惑していた。
それはペアでくじ設置係をしている後輩女子についてだ。
(この子、めっちゃ神経質なんだけど・・・)
一緒に作業をしている後輩は、くじを並べるのもしっかり個数を数え、折り方が雑なものは丁寧に折り直して、箱の中に置き直している。
その様子を見て、真理は嫌な予感がした。
案の定、その予感は的中した。
都の番の前、二人は乱れたテーブルと箱の位置を直し、真理は箱の中にくじを並べた。
後輩はくじの個数をチェックした時、
「あれ? これ折り方が変・・・」
とボソッと独り言を呟くと、例のくじを手に取って、折り曲げている角を直し始めた。
(ちょっと~~~!!!)
真理は青くなった。
いくら右端と場所を伝えていても、単細胞の都の事だ。
あれだけ念押しした印が消えていたら混乱するはずだ。
真理は慌てて後輩の前に躍り出ると、彼女の顔の近くで大げさに手を振った。
「え? え? 何ですか?」
「い、いやっ! えっと、虫! 虫がいた! 蜂かも!」
「え! うそ?!」
後輩が首を竦めて中腰になった隙に、真理はサッとくじを奪い取ると、もう一度角を折り曲げ、箱の右端に置いた
「早く、こっち!」
そして急いで後輩の手を引き、テーブルから離れた。
二人がコースから離れた場所で座り込んだのを合図に、スターターが引き金を引いた。
号砲と共に6人が飛び出す。
そしてほぼ同じ速さでテーブルに着くと、お題の箱に一斉に飛び付いた。
都はすぐに印の付いたくじが目に入った。
(あれだ!)
手を伸ばした時、左隣にいた女子が、更に左隣の女子に押され、都の方に倒れてきた。
都はとっさに彼女を支え、転倒を免れた。
「ありがと!」
彼女は都に礼を言うも、すぐさま箱に飛び付き、くじに手を伸ばす。
その手の先にあるくじは・・・!
(待って! それ都の~!!!)
都の心の絶叫は届かない。
彼女は端の折れたくじをつかみ取ると、バッと広げてしまった。
「え! うそ、嫌だ! なによ、好きな人って・・・!」
困惑したように独り言を言いながらも、顔は少しばかり嬉しそうだ。
すぐに、応援席の方に駆けて行ってしまった。
都は呆然と彼女を見送った。
呆けた状態で、箱の中に目を戻すと、一つだけくじが残っている。
ヨロヨロとそのくじを手に取って、ゆっくりと広げた。
『やかん』
都はその場に膝から崩れ落ちた。
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