49.図書室で待ってる

(和人君、まだ図書室にいるかな?)


都は廊下を走りながらスマートフォンを取り出すと、メッセージを確認した。


『図書室で待ってます』


「きゃあ~~!!」


和人からのメッセージに都は歓声を上げた。

その場でピョンピョンと子兎のようにジャンプすると、再び駆け出した。


図書室に駆け込むと、貸出カウンターの場所だけ電気が付いていた。

和人はその席で勉強していた。


「和人君!」


「あ、都ちゃん。終わったんだ? お疲れ様」


名前を呼ばれ、和人は顔を上げて都を見ると、にっこりと笑った。


「ホントにいた~! 帰っちゃったかと思ってたの~! 良かったぁ~!」


都は貸出カウンターに駆け寄ると、乗り越えんばかりに身を乗り出し、和人の顔を覗き込んだ。


都のはち切れんばかりの笑顔がすぐ目の前に迫り、和人の心臓がバクンと音を立てた。


(近い! 近い! 近い!)


思わず、床を蹴ってススーっと椅子を後方に滑らせた。勢い余って、後ろの棚にガンっと椅子がぶつかったが、そんなこと気にしている余裕が無い。

和人は真っ赤になりながら、バクバクする心臓を手で押さえた。


「どうしたの? 和人君?」


都は首を傾げて、和人を見た。

そのキョトンとした顔も、今の和人には毒でしかない。


「な、な、何でもないよっ! さあ、帰ろう!」


和人は慌てて立ち上がると、誤魔化すようにバタバタと帰り支度を始めた。


「?」


都はそんな和人の様子を不思議そうに見ていたが、和人の支度が終わり、カウンターから出てくると、すぐに彼の傍に駆け寄った。


「ふふ、待っててくれてありがとう、和人君」


「う、うん」


和人は真っ赤な顔を見られないように、眼鏡をかけ直すふりをして顔を隠した。


「都、体育祭が終わるまで帰りが遅くなっちゃうの。なんか、思ってた以上にやる事がいっぱいあって・・・」


都はふぅ~と悩まし気に溜息を付いた。

そんな表情にもドキリとさせられる。


「そうなんだ。大変そうだね」


和人は無理やり平静を装い、図書室の扉までスタスタ歩きだした。


「うん・・・」


都は頷きながら、後ろを付いてくる。

出入り口付近にある電気のスイッチを切ろうと立ち止まった時に、チラッと都を見ると、斜め下の床を見ながら、少し口を尖らしている。


「だ、大丈夫だよ、都ちゃん。遅くなっても、僕は図書室で待ってるから」


「ホント?!」


都は顔を上げると、途端に笑顔になった。


(う・・・っ)


和人は慌てて目を逸らした。せっかく取り戻しかけた平常心がポロポロと崩れ出す。


「塾の日は無理だけど・・・」


「うん! うん! 塾の日はしょうがないもん! でも、ホントにいいの?」


「うん。都ちゃんだって、いつも僕の帰りを待っててくれてるじゃないか。だから僕だって待つよ」


「ありがとう! 和人君!」


都はバッと和人の手を両手で掴むと、にっこり微笑んだ。

忍耐も空しく、和人の心臓はドッカンと破裂してしまった。

慌てて、もがくように手を振り放すと、


「ウン! ダイジョーブ! ウン! マッテルカラ! ハハハ!」


くるっと向きを変えるとスタスタと歩き出した。


「え・・・? 和人君?」


(3.14159265358979323846・・・)


和人は廊下を歩きながら、ひたすら念仏を唱えた。


「え? ちょっと、和人君? 電気消してないわ」


都は和人の代わりに図書室の電気を消して、急いで後を追いかけた。





外の道に出た時には、和人の破裂した心臓もやや回復し、都の隣を歩けるまでになった。

だが、相変わらず、都の顔を見ることはできない。

ただ真っ直ぐ前を見てガシャコンガシャコンとロボットのように歩いた。


「ねえ、和人君は、何の種目に出るの?」


「ぼ、僕?」


「うん。都は借り物競走なの」


「僕は大玉送りだよ」


「いいなあ・・・、都も本当は台風の目とかが良かったんだけど。借り物競走って・・・」


都は不満げに言った。


「みんな嫌よね、借り物競走なんて。一体どんなの引くか、分かった物じゃないし・・・」


あれ・・・?

ちょっと待て。自分は準備委員・・・。

確か、その借り物競走のお題のくじを作成するのも準備委員・・・。

自分の担当ではないが・・・。


都の瞳の奥がキラリと光った。


チラリと和人を見た。

和人は相変わらず前ばかり見て、都の方を振り向いてくれない。

ましてや、手を繋いでくれる素振りなどまったく見せない。


(もしかして、借り物競走って、使える・・・?)


緊張して前しか見てない和人には、隣で都がにんまりと笑った顔が見えなかった。

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