44.勝負の行方

「和人君・・・」


都は目じりを擦りながら、立ち上がった。


「ご、ごめんね・・・。都ちゃん。待たせちゃって・・・」


「ううん。良かった、来てくれて・・・。来てくれないかと思っちゃった・・・」


安堵したのもつかの間、和人の緊張した表情を見て、本来の目的を思い出した。


そうだ。ここからが勝負だった!


都にも緊張が走る。

しっかり立つと、一歩前に進み出た。


「和人君。さっき順位を見たでしょう? 都、200番以内に入れなかったの。だから都の負けね」


「・・・うん」


「だから、約束通り、和人君のお願いを聞くわ」


「・・・うん」


「和人君。本当に、都の許嫁辞めたい?」


凛とした態度を貫き通したかったが、不覚にも語尾は震えてしまった。

縋りつくような表情になっていることが自分でも分かるが、直すことができない。

再び、ジワリと涙が浮かんでくる。


—――お願い! 辞めたくないと・・・、辞めないと言って!


腹の底からそう叫び出たい。

それなのに、喉の奥がきつく絞められて声が出ない。

都はキュッと拳を握った。


「・・・うん。都ちゃん。僕は許嫁を辞めたい」


和人は目を伏せてそう言った。


「そ・・・っか・・・」


都は全身の力が抜けそうになった。

以前のように、膝から崩れ落ちそうになったが、寸前のところで踏みとどまった。

しかし、浮かび上がってくる涙は止められない。

どんどん涙が溢れてくる。


都は腕で涙を拭った。


「で、でも、都・・・」

「でも!」


都の言葉を和人が遮った。


「でも、都ちゃん! 僕、都ちゃんが好きなんだ!」


「え・・・?」


都は涙を拭っている状態で固まった。


え? 何て言った? 今。


「都ちゃん、僕、ずっと前から君の事が好きなんだ・・・」


あれ? たった今、許嫁辞めたいって言わなかった?

それなのに好き? あれ? もしかして幻聴?


(もしかして、ショック過ぎて都の耳、おかしくなっちゃった?)


都はそろりと顔を上げた。

目の前には和人が顔を上げで自分を見ている。


その顔はちょっと不安そうだ。

でも、真っ直ぐ自分を見ている。


そしていきなり頭を下げた。


「都ちゃん! 僕と付き合ってください!」





都はポカーンとした顔で、目の前で頭を下げている和人を見た。

呆気に取られて声も出ない。


「・・・都ちゃん?」


まったく返事が無いことに不安を感じ、和人は恐る恐る顔を上げた。

都を見ると、口を半開きにして瞬きもせず、固まっていた。呼吸すらしていなようだ。


「えっと・・・、都ちゃん? 大丈夫?」


和人はオロオロと都の傍に近づいてきた。

心配そうに見る和人を、都はまだ信じられないように見つめた。


「・・・今、和人君、『付き合ってください』って言った?」


「・・・うん」


「・・・『別れてください』じゃなくて?」


「・・・うん」


「都のこと、『好き』って言った?」


「・・・うん」


都の呆けた顔がぱあと明るくなった。

都はガシッと和人の両手を掴んだ。


「うん! 言ったわよね! 『好き』って! 都の聞き間違いじゃないわよね?」


「・・・うん、言ったよ。好きって言った」


途端に都の瞳から涙が溢れだした。

さっきの涙がやっと引っ込んだというのに、新しい涙がポロポロポロポロ流れ出した。


「え?! み、都ちゃん! な、何で? ご、ごめん! やっぱり嫌だった!?」


和人は驚いてオロオロし始めたが、両手を都にガッチリと掴まれているので、身動きが取れない。


「ち~が~う~! じゃあ、何で都の許嫁辞めたいって言ったのぉ~~!?」


都は天を見上げ、子供のように泣きながらも、和人の手を放さない。


「それは・・・、『許嫁』なんて、親同士が勝手に決めたものだから・・・。僕らの意思で決めたものじゃないから」


「・・・?」


「僕は、僕の意思で都ちゃんの傍にいたいんだ・・・」


「!」


「だから、その・・・、許嫁じゃなくて、その・・・、ぼ、僕の彼女になってください」


和人はそう言うと真っ赤になって俯いた。


『彼女』! 『許嫁』じゃなくて『彼女』!


彼女 < 許嫁


改めてこの構図が崩れ去る。


彼女 > 許嫁


これが正しいのだ! 


「なる~! なる~! 都、彼女になる~! 許嫁じゃなくって、彼女になる~!」


都は和人の両手を掴んだまま、ビーっと子供のように泣きながら叫んだ。


「和人君、大好き~~!!」

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