43.もう一つの隠れた勝負

林は立ち去っていく都を唖然と見送った。


(そう言えばあの人って、この間、怒っていた人だ・・・)


林は以前、カウンター越しに般若のような形相でこちらを睨んでいた都を思い出した。

あっという間に友人に連れ去られてしまったが、あの時も自分を睨みつけていた。


(そうだ・・・。先輩は知り合いって言ってたっけ・・・)


そう思い出しながら、和人の方に振り返った。

和人は都からもらったメモをじっと見つめている。


(・・・)


大事そうにメモを見ている和人に、林は苛立ちを覚えた。

何が書かれているのか気になって仕方がない。

だが、聞くのは野暮な話だ。


「津田先輩。前、あの人知り合いって言ってましたけど、親しいんですか? 下の名前で呼ばれてましたけど」


「え? ああ、うん」


「ふーん」


林は少し拗ねたように唇を尖らせたてみせた。

しかし、和人はすぐに手元のメモに目を落とし、何やら考え込んでいる。

全然自分を見てくれない。


(そう言えば、あの人、さっき『後でね』って言ってた・・・)


「ねえ、津田先輩!」


林はグッと和人に近づくと、和人の片腕をギュッと掴んだ。


「!?」


和人は飛び上がるほど驚いた。いや、実際に大きな体がボヨンと浮いた。

目を白黒させて林を見た。


「本当に今日の用事って外せないんですか? ・・・私と一緒に本屋へ行ってくれませんか?」


「?????」


「ダメですか?」


林は可愛らしく首を傾げた。


しかし、和人も困惑した顔で、同じ方向に同じくらいの角度で首を傾げてくる。

まるで鏡のようだ。


「??? なんでそんなに急いでるの? 急に必要ならこの図書室にも結構いい本が置いてあるよ。借りたらどうかな?」


「・・・」


残念なことに、林は都の事を知らなかった。

何故なら、今まで、放課後に和人と貸出カウンターの当番になることがなかったからだ。

そのため、和人が当番の時には必ず待っている都の存在を知らなかったのだ。

知っていたらこんな無謀な賭けに出なかっただろう。


図書委員の中でも同じ特進科コースの生徒は和人だけ。

後は、みんな普通科コースの生徒で、冴えない男女ばかり。


そこに持ってきて和人は、自分と同じくエリートコースで、尚且つ、毎回学年トップ3に入る秀才だ。

その上、物静かで優しい。共通の話もあるし、他の生徒よりも話し易いので、林の中で和人の地位はそこそこ高かった。


見た目はアレだけど、付き合ってもいいかな。


そのくらいには思っていたのだ。

身長も低く、地味でデブで大人しくって、当然彼女なんていないと高をくくっていた。

それが、あんなに可愛い女子に言い寄られるなんて、どうにも信じられない。


「ごめんね、林さん。本屋は一緒に行けないなあ・・・」


「・・・そうですか。じゃあ、いいです」


林はスッと手を放した。

そしてスススッと体を離し、定位置に戻った。


(簡単に落とせると思ったのに・・・)


林は軽く溜息を付くと、不貞腐れた顔しながら頬杖を付いた。





都は広い屋上のど真ん中で、膝を抱えてちんまりと座っていた。


屋上に上がった当初は、まだ嫉妬の怒りが収まらず、ドシドシと荒々しく中央まで来ると、空を見上げて仁王立ちしていた。

ツインテールの髪を風になびかせ、メラメラと目を燃やし、


(あの子なんかに、和人君は渡さないんだから!)


心の中で叫び、空を睨みつけていた。


だが、時間が経つにつれ怒りが徐々に収まり平常心に戻ると、何故に今、自分が屋上にいるのかという根本的な問題を思い出した。


そうだ。勝負の結果報告をしに来たのだ。


和人の願いが変わらないのであれば、許嫁撤回の宣告を受けねばならない。

その後は自分の宣戦布告だ。


せっかく平常に戻った気持ちがまた乱れてきた。


好きなことを止めるものかという闘争心と、大好きであるという言葉を改めて伝える緊張感が入り混じり、心臓がトクトクと早打ちし始める。


「やだ・・・、めっちゃドキドキしてきた・・・」


都は小さく呟きながら、胸を押さえた。


早く和人に会いたい。早く気持ちを伝えたい。でも、どうなるか結果が怖い。

やっぱり、ゆっくり来てほしい。でもでも・・・。


ドキドキ高まる気持ちを抑えるように、都はその場に蹲った。


だが、これもまた時間が解決する。


和人の仕事が終わるのは想像以上に長かった。

ぽつねんと待っている間に、気持ちは落ち着き、徐々に呆けてきた。

膝を抱え、ボーっと空を見上げて和人が来るのを待っていた。


あまりに待ち過ぎ、都のメンタルはどんどん弱くなってきた。


(もしかして、来てくれないかも・・・)


じんわりと目に涙が溜まってきた時、屋上の扉がガチャリと開く音がした。


振り向くと、肩で息をしている和人が立っていた。

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