41.覚悟

都は大きく深呼吸すると、静香に向かってくるっと背を向けた。

そして、少しだけ前屈みになり、背中に力を込めた。


パシッ! パシッ! パシッ!


アスリートを試合会場に送り出すが如く、静香がその背中と肩を叩き、気合を入れた。


「・・・これでいい?」


静香は呆れ気味に都を覗き込むと、都はシャッ!っとガッツポーズしていた。


「行ってくるわ! 静香ちゃん、また明日ね!」


「・・・大丈夫? 図書室まで付き合う?」


「ううん。大丈夫! ありがとう!」


「そう? 余計なお邪魔虫がいなきゃいいけど・・・」


静香はボソッと呟いたが、都には聞こえていないようだ。

都は元気よく手を振ると、教室から出て行った。





都が向かったのは、もちろん図書室。

和人に自分のテスト結果を知らせるためだ。


202番で、都の負け。

よって、和人の願いを受け入れる。


その覚悟は出来た。

問題はその後だ。


和人の許嫁の座を諦めても、この恋は諦めるつもりは無いという、断固たる決心を伝えねばならない。

小さいころから大好きなのだ。そう簡単に諦められるものではない。

もし、また勝負が必要なら受けて立つ! 何度でも!


都は図書室の前に立った。

大きく深呼吸して呼吸を整える。そして、一歩図書室に足を踏み入れた。


貸出カウンターを見ると、まだ誰もいない。

都は久しぶりにいつもの一人用の席に腰を下ろした。

しかし、今日は読む漫画も雑誌も持っていなかった。


今、和人が来たところで、すぐに外に連れ出すことはできない。

とは言え、ただでさえ気持ちが高揚し、緊張しているのに、カウンター当番が終わるまで、何もせずに座って待っているなんて、到底できない。


都は周りを見渡した。

本がびっしり詰まった棚がずらりと並んでいる。

こんなにも足しげく通っている図書室なのに、都はいつもこの席に座っているだけで、本棚の本を読んだことはあまりない。


和人や他の図書委員たちがお勧めの本などは、図書室の中央のテーブルに感想と一緒に置いてあるので、それを手に取ることはあるが、奥の本棚の森には率先して近づこうとは思わなかった。


都はふらりと立ち上がると、奥の本棚の方へ向かった。


久しぶりに棚と棚の間をゆっくり歩いてみる。

上から下まで綺麗に本が並んでいる棚に挟まれると、独特な威圧感を覚える。

本屋だって、同じくたくさんの本が並んでいるのに、それとは全く違う厳かな雰囲気。


テスト週間も明けて、本を物色している生徒が多い。

都も他の生徒に習い、慣れたふりを装って本を選び始めた。


「あ・・・」


ある棚で知っているタイトルが目に入った。

都は思わずその本を手に取った。

最近も、この主人公の言葉に励まされたばかりだ。


「映画でしか知らないし、読んでみようかな。和人君も良かったって言ってたし・・・」


都はその本を持って、自分の特等席に戻ろうとした。

その時に、チラリとカウンターの方を伺うと、和人が席に座っていた。


途端に都の鼓動が早くなった。

駆け寄りたいのをぐっと堪えて、その場に踏み止まる。

仕事の邪魔をしないように、終わりの時間に声を掛けようと思ったが、


(あ! あの子・・・!)


和人の隣に座っている生徒に気が付いた。


あの子だ!!

同級生だか後輩だか先輩だか知らないが、和人と同じ特進科コースの女子!

馴れ馴れしく和人にしがみ付いていた女!


都は目を光らせた。

食い入るように二人を見た。

二人は小声で何かを話しているようだ。


小声で話すことは別におかしくない。ここは図書室なのだから。

だが、和人は何やら作業をしているようだ。

それなのに、女子は手伝う素振りも見せず、やたらと和人に話しかけている。

それも、至近距離で。


(やっぱり近い! 絶対、変!!)


都は諦めた。

和人の仕事の終わる時間まで待つことを。


ズンズンとカウンターに進むと、バンっと乱暴に本を置いた。

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