36.好きって言わせてやる!
都は角を曲がって、和人から見えないところまで来ると走るのを止めた。
さっきの全力疾走が堪えている。
ちょっとした距離だが、すぐに息が切れた。
都は大事に抱えていた紙袋の中身を見た。
何冊ものノートと問題集、そして資料集のコピーの束。
ずっしりとして、手がしびれてくるほど重たい。
この重さは、絶対に愛情と比例しているはずだ。
都は空を見上げた。月が綺麗に見える。
都は紙袋をギュッと抱きしめた。
(絶対に『好き』って言わせてやる!)
都は月に向かって、心の中で一人叫んだ。
★
週末の土日、都は必死になって勉強した。
一人きりでここまで根詰めて勉強したのは初めてだ。
普段、勉強するように口を酸っぱくして説教している母親が、本当に勉強している姿に目を丸めて驚いた。一瞬、病気にでもなったのかと疑うほどの熱の入れようだった。
週が明けて月曜日。
「おはよう、都。・・・あら、今日はブサイクね」
静香は都に腕を絡ませると、顔を覗いた。
「目の下の隈がすごいことになってるけど・・・」
「うん! だって、都、土日、勉強めっちゃ頑張ったから!」
いつものメイクでは隠しきれないほど、はっきりと隈ができている。
それでも、都はハイテンションだ。
「都、今回のテストに人生を掛けてるの!」
「は?」
「勝負を挑んだの! 和人君に!」
「勝負?」
「そう!」
都は拳を握り締めて遠くを見ている。
くるっと静香の方に顔を向けると、
「あのね! 静香ちゃん、聞いて!」
「はいはい、教室でね」
高揚が収まらない都を遮って、静香は教室まで都を引っ張るように歩いた。
「で? 勝負って?」
席に着くと、改めて静香が都に尋ねた。
「今回のテストで都が200番以内に入ったら、和人君に一つ願いを叶えてもらうの!」
都は興奮気味に身を乗り出した。
「あら~、200番? 一人で勉強するのに? 大きく出たわね」
「う・・・」
「250番ぐらいにしとけばよかったのに」
「・・・でも、流石にそれは低過ぎるでしょ・・・。勝負を挑むのに・・・」
「勝負なんて勝つことを前提で挑むものよ」
静香は涼しい顔で答えた。
「でも、和人君にも、せめて半分以内って言われたくらいだもん」
「へえ、厳しい、和人君」
「でもね」
都はにっこりと笑って、カバンから数冊のノートを取り出し、ドサッと机の上に置いた。
「都にはこれがあるの! これで頑張れる!」
和人が作った対策ノートを静香に見せた。
静香は一冊手に取って、中身を見て目を丸めた。
「和人君が作ってくれたの! 都のために」
「甘! 和人君、甘!」
時間の無い中、急いで作ったと思われる個所が所彼処と見受けられるが、丁寧に解説が書き込まれている上に、色分けして纏められ、ビジュアル的にも分かり易い。
これだけのものを作っておいて、
「許嫁辞めたいってどの口が言ってんだか・・・」
静香はノートをペラペラとめくり、小声で呟いた。
「それと、もう一つ」
他の対策ノートも広げ、夢中で中身を見ている静香に、都は顔を近づけた。
「和人君が、3番以内に入れない場合も、都の言うことを一つ聞いてもらうの」
「二つ?」
静香はにっこり笑っている都を呆れたように見ると、
「ま、それは無いでしょうね。だから、実質一つね」
そう言いながらノートを都に返した。
そこに担任教諭が教室に入ってきた。
担任は挨拶をしながら教壇に立つと、手を叩いて生徒の注目を自分に集めた。
「はい、皆さん、今日からお待ちかねのテスト週間です。分かっていると思いますが、各教科の準備室、図書室等への入室は禁止。部活活動も休止。速やかな下校をお願いします。先生の願いは、赤点を取る生徒が一人もいないこと! 皆さんの健闘をお祈りします!」
こうして、都の思いを掛けたテスト週間の幕が切って落とされた。
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