32.明日は明日の風が吹く

「いや~! さっすが、特進科ね! 優秀! ものすごく分かり易かったわ! ありがとう、高田君!」


勉強を終えて図書室を出ると、静香は高田の腕をバシバシ叩きながら褒め称えた。


「そ、そう? 良かったよ、役に立てて」


高田は苦笑いしながら、ちょっと痛そうに腕を摩った。

そして都を見た。

都は何やら難しい顔をしている。


「都ちゃん・・・?」


都は親指を立て歯で爪をカリカリ噛みながら、廊下の一点を見つめて歩いていた。


「あー、高田君。大丈夫、気にしないで。この子、久々に勉強し過ぎて、ちょっと壊れてるだけよ」


静香は都の隣に来ると、都の頭をポンポンと軽く叩いた。

都はそんな静香に振り向きもせず、ブツブツ何か呟きながら歩いている。


「そう・・・? 大丈夫? 都ちゃん?」


高田は心配そうに都を覗こうとした。


「大丈夫、大丈夫!」


都の代わりに静香が答えると、都に腕を絡ませた。


「それじゃあ、今日はありがとうね、高田君。ホント、助かったわ。じゃあね、バイバイ」


「え・・・? あ、ちょっと・・・」


引き留めようとする高田を残して、静香は都を引きずるように下駄箱まで急いだ。





「今日の作戦は失敗だったのかしら・・・?」


都は呟くように静香に聞いた。


「さあ、どうかしらね? 作戦じゃなくて勉強だけどね。本来の目的は」


静香は呆れたように答えた。


「・・・」


都は今日の図書室での事を思い返した。


自分の席から和人は見えていた。

和人の席からも自分は見えていたはずだ。


勉強を始めてから暫くしてカウンターを見ると、和人はもう席に座っていた。

でもこちらを見ている様子はない。

チラチラと和人を見ていたが、まったく自分を見ていなかった。


都もいつの間にか自分の勉強に集中していたので、和人の観察が疎かになっていたが、たまに顔を上げてカウンターの方を見ると、和人はずっと下を向いていた。

和人も本を借りる人が来ない間は勉強しているようだ。


そして、気が付くと和人は既にいなかった。

カウンターには別の委員が一人、本を読んでいた。


いつの間に帰ってしまったのだろう?


都に声を掛けられたくなくて、さっさと帰ってしまったのだろうか?

そうだとしても・・・。


「都の勉強姿、見てくれたかな・・・?」


もし、その雄姿を少しでも見せられたら、多少の好印象は残せたかだろうか・・・?


「さあ、どうかしらね? 私は和人君どころじゃなかったからね、悪いけど。こっちも必死だから」


「うん・・・。分かってる」


都は力なく頷いた。

しかし、次の瞬間、両頬をパシパシと叩いて気合を入れた。

挫けていても仕方がない!


「とにかく、都、明日も勉強頑張るわ!」


今日がダメでも明日がある!

明日は明日の風が吹く! バイ スカーレット・オハラ!


都は両手をググっと握り締めて、空を見上げた。


「そうね、頑張った方がいいわよ、冗談抜きで」


静香は、ビビアン・リーよろしく拳を握り締め、夕日に向かって佇む都を、目を細めて見た。


「和人君を頼らずに頑張る以上、都の成績はガタ落ち必至なんだからね」


「・・・」


「いかに底辺まで行かずに踏ん張れるかが勝負ね」


「・・・」


「じゃあ、また明日」


「・・・うん」


静香はくるっと向きを変えると、スタスタ歩いて行ってしまった。

夕日に向かって颯爽と立ち去る後ろ姿は何とも男前で、甘える隙がまったく無い。


小さくなる静香の後ろ姿に、都は溜息を付いた。


「都の親友はホント容赦ないんだから・・・」

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