29.イタイ症状

今日は木曜日だ。和人が図書委員の当番の日。

都はホームルームが終わるとすぐに静香を引っ張って図書室に向かった。

静香の後ろに隠れるように図書室に入ると、そっとカウンターを見た。

まだ、和人は来ていない。

もう一人の図書委員は既に座っている。


(よし! あの子じゃないわ!)


都は小さくガッツポーズした。


「どこに座る? どこでもいい?」


静香は念のため都にお伺いを立てた。


「和人君が見える席。でも近すぎると緊張するから、ちょっと離れた所」


分かってはいたが、想像した通りの返答が返ってくる。


まだホームルームが終わって間もない。

この学校の図書室は比較的賑わっている方だが、早めの時間なので席は空いている。

都はさっさと理想的な位置を陣取った。


ここなら自分も和人が見えるし、和人からも自分が見えるはず。

しっかり勉強している姿を見せて、先日の失態を少しでも挽回しなければ!


鼻息荒く、都は教科書とノートを広げた。

静香は呆れたように都を見るも、隣の席に座ると、自分も勉強道具を広げた。


早速、静香が都に何かを説明しているとき、二人の前に影が落ちた。

二人が顔を上げると、目の前ににっこりと笑った高田が立っていた。


「あ、高田君」


「都ちゃん、今日はここに座ってるんだ。ふーん、テスト勉強?」


高田は都と静香の目の前に広げられた教科書を覗いて尋ねた。


「誰? この人?」


静香は都に小声で聞いた。


「高田君。和人君と同じクラスの人」


都も小声で返した。


「ふーん・・・」


静香は怪訝そうに高田を見た。

だが、高田は微笑んだまま、


「俺もここに座っていい?」


そう言って、二人が返事をする前に、前の席に座ると、カバンから勉強道具を取り出した。


「え・・・」


静香はあからさまに嫌な顔をした。

食堂にいるときなど、都と一緒にいると男子が割り込んでくることはよくある。

だが、ここは図書室だ。人が真剣に勉強するつもりなのに、邪心で近づいてきて邪魔されては迷惑だ。ただでさえ、都のお守も兼ねているのに・・・。

それこそ静香は静かに勉強したいのだ。


「静香ちゃん、顔・・・! そんな顔しないで。相手は和人君のクラスの委員長さんなんだから」


都は腕で静香をチョイチョイと突きながら、小声で囁いた。


「は?」


「だから、この人、和人君のクラスの委員長さんなんだってば。邪険にできないでしょ?」


「・・・」


静香は眉間に手を当てて溜息を付いた。


(でた・・・。都の女房面・・・)


たまに発症する都のイタイ症状・・・。

普段も愛想は悪くない。

だが、和人の知り合いや先輩などには輪をかけて愛想が良くなる。


『うちの主人和人君がいつもお世話になっておりますぅ~』


そのようなノリで相手に接する。

しかし、世間は和人が都の許嫁であることを知らないのだ。

相手は都の「女房気取り」にまったく気が付かない。それどころか、てっきり自分に好意を持ってくれたと勘違いしてしまうのだ。


「もし分からないところがあったら言って。教えるよ、前みたいに」


高田がにっこりと笑って話しかけてきた。


「前みたいにって、教えてもらったことがあるの?」


静香は都に尋ねた。


「・・・うん。宿題をしてた時」


都の顔は少し曇っている。


「ふーん・・・」


静香は目を細めて高田を見た。


(もしかして、こいつも勘違いしちゃった・・・?)


「ま、いいか、別に」


静香は小さく呟くと、気を取り直して高田を見た。そしてにっこりと笑顔を向けると、


「悪いけど、私も勉強見てもらってもいい? 早速、分からないところがあって」


そう言って、彼の前にノートを広げた。


「もちろん。俺で良ければ」


そうして三人での勉強会が始まった。

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