28.おじいちゃんの退院

大きな味方を得て、意気揚々と歩いていたのは自分の下駄箱付近まで。

そのずっと先に、特進科コースの下駄箱スペースはある。


途端に都は慎重になり、歩みが遅くなった。

しかし、静香は余計なことはさっさと終わらせたいのか、都の事などお構いなしにスタスタ歩いて行く。


「ちょ、ちょっと、静香ちゃん・・・・! 待って・・・!」


都が小声で声を掛けても一切振り向きもせず、ズンズン歩いて行く。

都は静香の後ろを隠れるように付いて行った。


和人のクラスの下駄箱近くに来ると、都は柱に隠れた。

そして、胸に手を当てて深呼吸して気持ちを落ち着かせた。


「都、あれ・・・」


「ちょっと、まって。静香ちゃん。ちょっと落ち着くわ・・・」


静香が話しかけるが、都は片手を掲げてそれを制した。


「でも、都・・・」


「お願い、静香ちゃん。まだ、一人にしないでね! 一緒にいてね!」


都はそう言いながら、目を閉じて呼吸を整えている。


「・・・和人君、行っちゃったわよ」


「え゛・・・?」


都はパチッと目を開けた。

急いで下駄箱を見た。そして出口の方を見ると、ずっと向こうの方に、校門に向かって歩いている和人の後ろ姿が見えた。


「え・・・? うそ・・・?」


「あー、なんか急いでるみたいね。でも、追いかけたら間に合うんじゃない?」


静香は額に手をかざして遠くを見る仕草をしながら言った。


「うそ、うそ、ちょっと・・・!」


都は転びそうになりながら、自分の下駄箱に走った。

急いで靴を履き替え、昇降口を飛び出した。

すでに和人の姿は見えない。それでも校門に向かって駆けて行った。


校門を出て左右を確かめるが、もうどっちに行ったかわからない。


「そんな・・・」


都はその場に立ち尽くし、ガックリと肩を落とした。

そんな都の肩を、ポンポンと追い付いた静香が叩いた。


「ドンマイ」


「・・・静香ちゃん・・・」


都はヨロヨロと静香に両手を伸ばした。しかし、静香にピシャリと跳ねのけられた。


「じゃ、今日は帰るから。明日ね」


「う~~」


「都もちゃんと勉強しなさいよ」


「・・・」


情けない顔の都をそこに残し、静香は颯爽と去ってしまった。





和人が急いでいたのは、塾の前に祖父の病院に寄りたかったからだ。

術後の経過も良く、今日退院するというので付き添いに向かったのだ。


「和人、ありがとうな。でも、帰るだけだから大丈夫だぞ。塾があるんだろ?」


祖父は既に帰り支度を終え、ベッドに腰かけていた。

祖母がその周りで忙しそうに片づけをしている。


「うん。タクシーの手配をしたら塾に行くよ。おばあちゃん、荷物持つよ」


「ありがとう、和人。それと、お会計の時、おばあちゃんと一緒に来てくれる? もう、今の病院のシステムは年寄りには分からなくて不安で」


「うん。多分そうだと思って急いで来たんだよ」


和人は祖母に向かってにっこり笑った。

そして、和人は大きな荷物を抱え、祖母は祖父に立派な腕を貸して病室を出た。


無事に会計を済ませ、手配したタクシーが来ると、和人は乗り込む二人に向かって、


「じゃあね。今日はお母さんは夜勤だから無理だけど、お父さんが会社の帰りに寄るって言ってたよ」


そう言うと、車の中の二人に手を振った。


「そんな、悪いねえ。お父さんだって忙しいだろうに。和人も本当にありがとうね。おばあちゃん、助かっちゃったよ!」


「和人、ありがとうな! それから、都ちゃんにもお礼を言ってくれな」


「そうそう! お礼言っておいてね! また遊びに連れていらっしゃい」


「え・・・、あ、う、うん・・・」


満面な笑みで手を振る祖父母に、和人はぎこちなく頷いた。

二人にはまだ自分が都の許嫁を辞めるつもりであることを知らせていない。


和人は複雑な思いで、走り去っていく車を見送った。


「明日、都ちゃんに言えるかな・・・、お礼・・・」


とうに見えなくなった車の方向を見たまま、小さく呟いた。

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