27.小さな期待

都と静香が図書室を出て行く姿を、和人は呆然と見送ってしまった。


「今の二人って、知り合いなんですか? 津田先輩」


自分の後ろに隠れていた後輩が、怪訝そうに尋ねてきた。


「え? あ、う、うん・・・」


「なんか、すごく怒ってましたけど、何でですかね?」


「・・・」


「図書室にクレームでもあったんでしょうか?」


「・・・」


「? 津田先輩?」


後輩に声を掛けられて、和人はハッと我に返った。


「え? あ、いや、多分違うよ。林さんは気にしなくて大丈夫」


「そうですか? でも、私、めっちゃ睨まれましたよ」


「・・・でも、クレームじゃないよ。大丈夫」


林と呼ばれた後輩は納得いかないようだったが、それ以上は何も言わず、もとの席に座った。

和人も椅子を引いて座った。だが、気持ちが落ち着かない。


顔を上げると視線の先に高田が目に入った。

いつもの席で勉強している。都と入れ違いに来たのだろうか。


(都ちゃんに気付かなかったのかな?)


今日も鉢合わせしなかったことにホッとしている自分がいる。

それに気が付き、途端に自分の胸の奥が騒がしくなった。


どう見たって、誰が見たって、彼の方がお似合いなのに・・・。


それでも、都の怒った理由が気になる。

ただただ自分の身勝手な行為を怒っているのか?

でも、後輩を睨みつけるなんて・・・。

和人の中で、小さな期待が浮き上がってしまう。


(何を考えてるんだろう、僕は・・・)


期待をもみ消そうと思っても無理だった。


「・・・林さん、ちょっと、席を外してもいい? すぐ戻るから」


「え? はい。どうぞ」


「ありがとう」


和人は急いで廊下に出た。

大きな体をボテボテと揺らしながら懸命に走った。


なんですぐに追いかけなかったのだろう。


和人は後悔の念に襲われながら、昇降口まで走った。

しかし、もうそこには都と静香の姿はなかった。


「おじいちゃんのお見舞いのお礼を言わなきゃいけなかったのに・・・」


和人は息を切らしながら、人のまばらな昇降口を見つめて呟いた。

しかし、そんな自分の額を叩いて首を振った。


(そんなの言い訳だ。僕がただ話たいだけだ・・・)





「おはよう、都」


翌朝、廊下で会った静香はいつものように都を教室までエスコートする。


「おはよう、静香ちゃん。昨日はありがとう!」


都はご機嫌に挨拶した。

静香にサポートされながらでも、自力で勉強したことで、何となく賢くなった気持ちがして、モチベーションが上がっていた。


「いいえ、こちらこそ。お夕飯ご馳走様。おば様にお礼言ってね」


「うん!」


「で、今日はどうするの? 図書室で勉強するの?」


静香がそう尋ねると、都は首を振った。


「ううん。今日は和人君お当番じゃないし」


「は?」


「だって、和人君がいない日に図書室に行ったって意味ないでしょ?」


「・・・意味有る無しの問題じゃなくて、勉強するか否かでしょうが」


「そうだけど~。でも、明日と明後日が和人君のお当番だから、その日がいいわ、図書室で勉強するのは」


「あ、そ・・・」


静香は肩を竦めた。





放課後になると、都は静香の傍にやって来た。


「静香ちゃん・・・」


「なに? 今日は一緒に勉強しないんでしょ?」


「・・・今日、水曜日。和人君は塾の日なの・・・」


「そ。それで?」


「・・・」


「捕まえるんでしょ? 急がないと和人君帰っちゃうんじゃない?」


「うん・・・」


都は俯いた。

昨日はあまりにも激高して突撃したが、冷静な今、またネガティブ思考が芽生えてきた。

しかも、昨日の見苦しい姿を見られている。和人に一体どう思われただろう。


沈んでいる都を見て、静香は溜息を付くと立ち上がった。


「まったく、もう。下駄箱までよ、付き合うのは。私だって早く帰って勉強しないといけないんだから」


「ありがとう! 静香ちゃん! 大好き!!」


都は静香に抱き付くと、腕を絡ませて教室を出た。

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