18.和人の祖父母

都は花屋で花を買うと、母に教えてもらった病院へ急いだ。


受付で病室を教えてもらうと、その部屋に向かった。

その時になって、やっと緊張感が生まれてきた。


さっきまでは置いて行かれた焦りから、病院に辿り着くことしか考えていなかったが、いざ病室の前にくると、心臓がドキドキしてきた。


(もし、何で来たの?って言われたらどうしよう・・・)


拒絶された時の事を想像すると、足がすくんでしまった。


会いたくてしょうがないのに、会うのが怖い。

和人に会うのに、こんなに不安と緊張を抱いたことなんて初めてだ。


都は顔をブルブルっと振った。


(ここで、怯んじゃダメよ!)


そう気合を入れ直し、覚悟を決めて扉をノックした。


「はい」


病室から返事が返ってきたので、もう一度、大きく深呼吸して扉を開けた。


「こんにちは・・・」


そっと病室に入ると、そこには、和人の母親そっくりの大きくふくよかな老婆が椅子に座り、ベッドにはほっそりとした老爺が横になっていた。


都は部屋の中を見回した。

和人はいない・・・。


「あら? 都ちゃんじゃない? もしかしてお見舞いに来てくれたの?」


老婆は、よっこらしょと立ち上がると、笑顔で都を迎えてくれた。


「あ、はい! こんにちは。おばあ様。おじい様、お加減は如何ですか?」


都は慌てて和人の祖母に向き合い、お辞儀をした。

そして、お花を差し出した。


「まあ! 可愛い!! ありがとうね! ほら、見て、おじいちゃん! 都ちゃんからお花貰ったよ!」


「おお! ありがとう! 都ちゃん!」


ベッドの中から和人の祖父も都にお礼を言った。

なかなか元気そうだ。それには都もホッとした。


しかし、一番の肝心な人物が見当たらない。

トイレにでも行っているのだろうか?


「都ちゃん、一人で来てくれたの? 今日、和人は図書委員の仕事があるから来られないって言ってたから」


「え・・・?」


「もしかして、和人におじいちゃんの様子を見てきてって頼まれちゃった? 心配性だからね~、あの子」


「あ、えっと、その・・・」


予想外の事で、都の頭は上手く働かない。

え? 図書室にいた? 気が付かなかったのか?


呆然として言葉に詰まっている都を、祖母はもう一つの椅子に座らせた。


「折角来たんだから、おやつでも食べてって」


祖母はそう言うと、都にどら焼きを手渡してくれた。

有名な和菓子屋のどら焼きだ。都もここのどら焼きは大好きだ。


でも、今はそれどころじゃない。


和人が図書室にいた? 本当に? 

すぐに学校に引き返して、確かめないと!


そんな焦りが湧き上がってくるが、祖母にお茶まで入れてもらって、椅子から立ち上がれなくなった。

祖母は隣の椅子に腰かけると、同じどら焼きを大きな口で、もりもり食べだした。


「ひどいだろ? 都ちゃん。この婆さんはさっきからずっと、何も食べられない俺の前で、饅頭やら煎餅やら、これ見よがしに食べてるんだよ」


祖母とは正反対に痩せている祖父は、点滴を付けた手で祖母を指差すと呆れたように笑った。


「だってね~、いろいろお見舞い頂いちゃって、目の前にあったら食べたくなっちゃうでしょう?」


可愛らしく笑う祖母に、都も思わず微笑んだ。

どことなく和人の笑顔に似ていて、緊張と焦りが解れた。


都もどら焼きの封を開け、祖母と一緒に食べ始めた。

そして、老夫婦の穏やかな他愛のないお喋りに、暫くお付き合いした。

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