第49話 人形と ”最後の戦い”

「「不死鳥フェニックス……っ!!?」」


 俺とアスタの喉から、驚愕と畏怖の呻きが重なり漏れた。


「いや、そんなものではない」


 しかしディーヴァの答えは違った。


「「……え?」」


「あれは越次元侵略生命体、 ”ルシファー・レイス”」


「……ファー・レイス……」


「 そうだ、マスターナイト。わたしはあの化物をするために、創造者クリエイターによってこの時空に送り込まれたのだ」


「ディーヴァ……君は記憶が……」


「変態の際に強力な電磁気力の放射がなされた。おかげで少し頭がシャッキリした。だがすべてではない」


 不死鳥、いやディーヴァが ”ルシファー・レイス” と呼ぶ存在は、ますます火勢を強めながら、両翼を闘技場の観客席へと広げていった。

 カラカラに乾燥した大気が、内側から鼻腔と喉と肺を焼く。


「ここは危険だ!」


 物凄まじい熱波に、アスタが上腕を顔前にかざして叫ぶ。

 だが逃げ出そうにも、今や闘技場はパニックの極致だった。

 突然降臨した ”守護神” の御姿に一〇万の観衆は畏れおののき、一瞬の硬直のあと我先に出口へと殺到した。

 一五〇を数える出入り口のほぼすべてで将棋倒しが発生。

 阿鼻叫喚の情景が現出した。


「……舞台アリーナだ!」


 大量出血に朦朧としながら、掠れた声を絞り出す。

 肝臓を貫かれた激痛がなければ意識を失っている。


「……逃げるなら……生き延びるなら……そこしかない!」


「飛ぶぞ!」


 叫ぶなり三人で一番小柄なディーヴァが、俺とアスタを小脇に抱えて跳躍した。

 貴賓席上段の ”栄光の間” から、一〇〇メートルを超える大ジャンプ。

 単純な筋力だけでなく電磁気力の反発を利用したそれは、もはや ”射出” に近い。


「うっ……おぉぉぉぉぉおおおおおおおっっっおおおおーーーーー!!!!??」


 吹き荒ぶ風切り音を上書きする、アスタの絶叫。


 見る見る迫る舞台。


 ズンッ!


「ぐっっっ!!!」


 電磁気力の反発が今度はブレーキの役目を果たすが、着地の衝撃をすべて吸収することは叶わなかった。

 消し去れなかった衝撃が深いダメージを負った肝臓に浸透して、火の鳥なんてもうどうでもいいほどに痛い。

 刺された直後からナノマシンによる自己修復が始まっていなければ、とっくにショック死していただろう。


「マックス!」


「……大丈夫……大丈夫……死にはしないよ……でもすぐには動けそうもない……」


「わたしが時間を稼ぐ」


「……ディーヴァ……」


「あれをするのがわたしの使命だ」


「……駄目だ、まだ君は……」


「わかっている、マスターナイト。多少復活したとはいえ、わたしの拡張記憶領域は依然として八七.二四九パーセントがアクセス不能だ。わたしひとりで奴を阻止することは叶わないだろう。だから――」


「……わかった。すぐに回復して援護する……それまであいつを抑えてくれ……」


 ディーヴァの決意は固い。

 今の俺では引き止めることはできない。

 逃亡を指示しても、創造者クリエイターから与えられた使命との間で葛藤させるだけだ。


「イエス、マスターナイト」


「デ、ディーヴァ」


「アスタロテ・ソファイア・テレシア。少しの間、マスターナイトを頼む――ただしはするな」


「当たり前だ!」


 ディーヴァは微かに、口元をほころばせたように見えた。

 拡張記憶領域の一部が復活したことで ”感情プラグイン” が使えるようになったのだろうか?

 背を向けたディーヴァに、アスタが声を掛ける。


「必ず戻れよ! 戻らなければ、本当に!」


「それはゆるさない」


 背中越しに答えると、ディーヴァは燃え盛る炎に向かって飛んだ。


「見るな」


 顔を上げて彼女の戦いを見ようとした俺を、アスタが止めた。


「見てはいけない。あの娘のためにも、今は傷を治すことに専念するんだ」


 そして楽になるようにと、自分の両膝に俺の頭を乗せてくれた。


「呼吸を楽に、身体から力を抜いて、天地と一体になるんだ。興奮しても恐れても駄目だ」


 懐かしいその言葉に、俺は素直に目を閉じた。

 頭の後ろに膝枕の温もりを感じながら、ナノマシンによる再生が終わるのを待つ。


(……待っててディーヴァ。すぐに行くから)


◆◇◆


 傷の回復に専念する主を舞台アリーナに残し、その半身たる少女は再び闘技場の観覧席に戻った。


”我が前に立ち塞がるか、卑小なる人形よ”


 闘技場を舐め尽くすように両翼広げる炎熱の怪鳥けちょうが、轟っと鳴いた。


 灼熱地獄の直中。

 すでに周囲の酸素は燃焼し尽くされている。

 常人なら炎に焼かれるよりも酸欠で倒れているところだが――機械仕掛けの戦姫はものともしない。

 ただ一言、無機質な瞳で、


「おまえは最初から気に入らなかった」


 と言い放った。


”その力、貴様はいったい何者だ? この世界の者ではなないな?”


「わたしはディーヴァ。我が主マキシマム・タイベリアル・サークに仇なすすべての存在を駆逐する剣にして、その身を守る盾。わたしのマスターナイトを傷つけた罪はあがなってもらうぞ」


”カカカカカッ、小賢しい人形め! 我に敵うと思うてか!”


が何を言う。食ってやるからこっちにこい」


”クェエエエッッーーーーッッッ!!!”


 挑発合戦は、戦姫に軍配が上がった。

 ヤキトリはぬえのような甲高い鳴声で、猛り狂った。

 素の性格のキツさでは戦姫の方が上手だったようである。


 しかし当のディーヴァにしてみれば、これは不本意な結果だった。

 彼女は言葉の長槍を応酬することで、マキシマムの傷が癒える時間を稼ごうとしていたのである。

 だが以前にも主が評したとおり、彼女はそういった腹芸が得意ではなかった。

 結局、干戈かんかを交えての遅滞戦術を採らざるを得ない。


 ゴホォオオオッッッ!!!


 猛炎で形作られたくちばしが一文字に裂け、業火の奔流が吐き出された。

 ディーヴァの量子頭脳が瞬時に演算し、結論を導く。

 自分の反応速度と機動性なら、回避は容易。

 だが戦姫は、敢えて足下のに両手を突き入れた。

 豪快な破砕音を立てて巨大建造物の一部が剥ぎ取られ、彼女を守る分厚い大理石の盾となる。


(高機動による回避は容易。だが万が一放射線上にマスターナイトたちがいた場合、巻き込む危険がある)


 ディーヴァはそこまで計算している。

 いや、それはすでに計算ではなく別の反応なのだが、彼女は気づかない。

 気づかないまま無骨な大理石の大盾で、集束された光炎を遮った。


(大理石の融点は八二五℃、防げるのは一瞬だけだ)


 ”ルシファー・レイス” が吐き出す炎の温度は一五〇〇℃を超える。

 盾を放して飛び退るタイミングを逸すれば、彼女自身が一瞬で融解してしまう。

 放射線上にマキシマムらがいないことを確認すると、ディーヴァは半ば以上溶けた大理石の塊を手放し素早く離脱した。

 そして闘技場から新たな大理石を剥ぎ取る。


 越次元侵略生命体 ”ルシファー・レイス” 。

 自分の任務は、この時空でのその


 実のところディーヴァが思い出したのは、これだけに過ぎない。

 アクセス可能になった拡張記憶領域に戦いに使えるアーカイブはひとつしかなく、自分のために使うことは否と判断した。

 だから現在までに得ている情報とこれまでの戦闘データを元に、戦術を組み立てるほかない。


(敵は不定形ないし実体のない存在)


 幸いにして彼女はここに到るまで、何度かそういった特異な存在との戦いを経験していた。

 そういった相手の場合精核コアを見つけ出して破壊するか、精核が無ければ敢えて実体を与えてから撃破するか――である。


精核コアを潰す)


 炎の身体を破壊することはできない。

 まずは前者からだ。

 しかし先ほどから走査スキャンを重ねていたものの、激しい高温と放射されている電磁波に妨害されて、精核の位置を特定できていない。


(一瞬でいい。あの熱を下げられれば――)


 その方法を探して戦闘データを再分析したディーヴァは、こう結論した。

 やはり自分のマスターナイトは最高だと。

 彼女は大理石の塊を炎の怪鳥目掛けて投擲した。


 怪鳥の口から吐き出された炎の色が、赤から黄、白、青、そして紫へと変化した。

 炎は投げつけられた石塊を一瞬で溶かしさり、観客席の一画に逃げ遅れた観衆ごと突き刺った。

 数千の人々が瞬時に蒸発する。

 それだけに留まらず、あろうことか闘技場そのものを溶解・貫通しヴェルトマーグの街並みを一線になぎ払った。


 今度こそ本当に、帝都は炎上した。


 それは ”ルシファー・レイス” による明かな示威行動デモンストレーションだった。

 だが同時に、高価な過ちでもあった。


「おまえたちの犠牲、無駄にはしない! ――これがわたしたちの十八番オハコだ!」


 膨大なエネルギーを放射し熱量の弱まった怪鳥に向けて、再度投擲がなされる。

 ただし今度は大理石の塊ではない。

 ディーヴァが投げつけたのは、彼女が破壊した ”騎士の鎧ナイト・メイル” の腰部。

 衰えてなお高温を保っている炎に装甲が溶け落ち、内部のが炙られた。

 精核に封じられていた極低温の冷気が炎とせめぎ合い、さらに熱量を奪う。


 走査スキャン開始――走査成功。


 ディーヴァは見た。

 炎で形作られた巨大な猛禽の中心に存在する、小さな核を。

 それは抱えた両膝に顔を埋めた、幼い少女の姿をしていた。


 高価な過ちだった。


 無意識に動きを止めてしまったディーヴァに、怪鳥が爆炎を吐き付けた。


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