第50話 人形と ”ナイツ・デストロイヤー”

 ディーヴァは見た。

 炎で形作られた巨大な猛禽の中心に存在する、小さな核を。

 それは抱えた両膝に顔を埋めた、幼い少女の姿をしていた。


 高価な過ちだった。


 無意識に動きを止めてしまったディーヴァに、怪鳥が爆炎を吐き付けた。


(――しまった!!!)


 ディーヴァは自我を得てから初めて、死を覚悟した。

 最高の量子頭脳が即座にあらゆる手段を検討したが、回避は不可能と結論した。


 暴竜のごとく迫る炎息ブレスを前に、機械仕掛けの戦姫は胸奥きょうおうに痛みを覚えた。

 ディーヴァはいぶかしんだ。


 自分の筐体ボディは未だ、ダメージを受けていない。

 それなのにどうして、胸腔きょうくう内部に痛みを感じるのだろう?

 そもそも自分には痛覚はないはずだ。

 あるのは触覚だけであり、刺激の度合いによって反応が決定される。


 だがディーヴァは今、胸の奥に発生した感覚を『痛み』だと正しく認識していた。


 自分は死など恐れない。

 死を恐れるBDバトリング・ドールなど、欠陥品もいいところだ。

 自分はそのような粗悪品ではない。

 最新・最高・最強の汎用量子オートマトンだ。

 ではなぜその自分が、胸に痛みを覚えているのだろう?


 答えが出る前にディーヴァの顔前に一枚の ”皿” が出現した。


 量子頭脳が計算をするよりも早く、彼女は反応していた。

 体内の電子量をほんの、本当にほんの少しだけ変化させる。

 反作用が彼女の身体を、見えない巨人に殴り付けられたように弾き飛ばした。

 同じ作用が働いた ”皿” が粉々に砕け散り、直後に炎息に呑まれる。


 もちろんディーヴァは、自分が飛ばされる座標を制御していた。

 宙空を勢い良く舞いながら時に手足を動かして、軌道を微調整する。

 その瞬間を今か今かと待ちわびながら、数秒の短い滞空を終えた。


「――マスターナイト!」


 狙い違わず舞台アリーナの中央に着地した機械仕掛けの戦姫は、女騎士に肩を貸されて立つ主の姿に歓喜した。


◆◇◆


 ピーッ!


 ===============

 呼吸 OK

 心拍 OK

 血圧 OK

 体温 OK


 CONDITION GREEN


 LET'S PARTY!

 ===============


 クワッ!


(――治った!)


 目蓋の裏に表示されるHUDヘッド・アップ・ディスプレイが回復を告げるなり、俺は眼を見開いた。

 弾かれたように身体を起こすと、燃え盛る炎の轟きに視線を向ける。

 五段に重なる観客席の一画に翼を広げる巨大な炎の怪鳥と、それに比べれば豆粒のような少女の姿があった。


 と、少女が破壊された ”騎士の鎧ナイト・メイル” の腰部を持ち上げて、怪鳥に向けて投擲した。

 吐き出された暴竜のような炎が、投げつけられた装甲を瞬時に溶解させる。

 だが本命は、その内側にあった。

 溶けた装甲の中から現れた精髄コアが、封じられていた絶対零度に近い冷気を解放。

 灼熱の炎を相殺する。


 直後、なぜか少女の動きが止まった。


 相殺された怪鳥の炎が再び燃え上がり、少女に爆炎を吐き付けた。


「――ディーヴァ!」


 叫んだ瞬間には、顕現化ナノ・クリエイトが完了していた。


 彼女なら――ディーヴァなら、目の前に出現した ”皿” の意味が分かるはず!


 俺の信頼は裏切られなかった。

 ”皿” が砕けると同時にディーヴァの身体が、見えない巨人に殴り付けられたように弾き飛ばされた。

 もちろん、こっちに向かってだ。

 くるくると宙空を舞いながら時に手足を動かして軌道を微調整し、俺と俺を支えてくれているアスタの前に鮮やかに着地した。


「マスターナイト!」


 ディーヴァが喜びを爆発させて、俺に駆け寄る。

 拡張記憶領域の一部が復活したことで、本当に ”感情プラグイン” が使えるようになったのかもしれない。


「回復したか!? もう大丈夫か!?」


「ああ、ちょいと右足がギクシャクするが、俺の修理は完了だ!」


「そうか! そうか!」


 はしゃぐディーヴァを微笑ましく愛おしく思いながら、俺は気持ちを引き戻す。


「ディーヴァ、どうすれば奴を止められる!?」


「精核だ。精核を潰すしかない。だが……」


 表情が硬くして言い淀むディーヴァ。


「だが!? だがなんだ!?」


 俺よりも早く、アスタが先をうながした。

 怪鳥が酸素を大量に燃焼させているため、頭痛に顔を歪めている。


「奴の精核は、パトリシア・サークなのだ」


「パティが!?」


「イエスだ、マスターナイト。走査スキャンの結果、奴の中心に彼女の姿を確認した」


「馬鹿な! 奴を仕留めるには、パティを殺すしかないだと!?」


 アスタが顔を歪めて激高する。

 表情が鬼気迫っているのは、酷い頭痛に苛まれているからではない。


「奴はパトリシア・サークを媒体として、熱エネルギーとして自身を顕現している。奴を阻止するにはパトリシアを排除するしかない」


「…………その方法は?」


「マックス!?」


「方法を聞いているだけだ!」


 一喝され、アスタが黙り込む。


「”騎士の鎧ナイト・メイル” の精核をぶつけて周囲の炎を減殺する。炎が弱まれば走査とデータの共有が可能だ。その瞬間にマスターナイトが――」


「……精核に直接、顕現化ナノ・クリエイトする」


「イエス」


「……」


「マスターナイト、このまま奴を放置すれば、本当にこの都全体が燃え尽きるぞ」


「だからといってマックスに、妹を殺せというのか!?」


 逡巡しゅんじゅんを衝かれた。


 炎の怪鳥が爆炎の奔流を俺たちに向けて吐き出した。

 ディーヴァが再び俺とアスタを小脇に抱えて飛び退る。


「しまった!」


 空中から炎の海と化した舞台アリーナを見て、俺は呻いた。


 奴の狙いは俺たちじゃない!

 舞台に転がっている ”騎士の鎧ナイト・メイル” の残骸だ!

 猛炎に晒された ”鎧” の精核が内包する冷気共々、次々に蒸発していく。


「くそっ! こっちの打つ手を読まれた!」


 観客席最上段のさらに上、日除けのひさしに着地すると、俺は激しく毒突いた。

 奴は先制して、自分にとっての最大の脅威 ”騎士の鎧” の精核を焼き払ったのだ。


「マ、マックス」


 その時、アスタの震える声が背中に届いた。

 俺は振り返り、絶句した。


 背後を見た俺の目に飛び込んできたのは、炎上する帝都の姿だった。

 先ほど観客席を貫いた熱線になぎ払われ、ヴェルトマーグの歴史ある街並みが黒煙を上げて炎上している。

 さらに当初は線状だった被害地区が延焼によって、帯状に拡がり始めていた。


 このままじゃディーヴァの言うとおり、ヴェルトマーグ全体が燃えてしまう!


(俺は確かにこの都を燃やそうとしていた。けど絶対にこういう意味じゃない!)


 吹き抜ける風が身体を洗い肺を新鮮な空気が満たすも、混乱を鎮めてはくれない。


「……だが、どうすればいい? ”騎士の鎧” の精核は全部燃やされてしまった」


 それでも俺は、押し殺した声で訊ねた。

 一秒対応が遅れれば、さらに多くの犠牲が出てしまう。


「いや、すべてではない。あそこにまだ残されている」


 俺の質問を予期していたのだろう、ディーヴァが闘技場の一画を指差した。

 操者用のブースに転げ落ち、炎に呑まれることを免れた ”鎧” の残骸。


「あれが最後のチャンスだ」


「……行ってくれ、ディーヴァ」


「マックス……」


「ここで奴を止めなければ、ヴェルトマーグは全滅だ!」


 気遣わしげな視線を向けるアスタに、当たるように語気を強める。


(ごめん、アスタ。ごめん。でも、そうするしかないんだ。あいつを止めるには……都を救うには……パティを……するしか)


「行く」


「援護する!」


 舞台アリーナは燃え続けている

 急がなければ操者用のブースも、すぐに炎に呑まれてしまう。


 火勢を取り戻した怪鳥がディーヴァの動きに気づいて炎を向けた。

 ディーヴァはこちらの意図を気取られないように、迂回&回避を図る。


「ディーヴァ!」


 俺は叫び、彼女の前に ”皿” を顕現化させた。


「ハイハイハイハイ!」


 掛け声と共に次から次へと ”皿” を出現させ、ディーヴァの乱数機動を援護する。

 ”接続” による擬似戦術リンクで、俺にはディーヴァの望んでいるが見えた。

 そこに向かって ”皿” を創造していく。

 ディーヴァは空中に出現する中継点をして、怪鳥ルシファー・レイスを眩惑した。


「まるで魔法を見ているようだ。おまえは魔法騎士マジックナイトだったのか、マックス」


 唖然としたアスタの呟きを耳にしながら、俺はナノコストの管理に必死だった。


(三五、三四、三三、三二、三一、三〇――!)


 肝臓の修復で四〇パーセントを割り込んでいたナノマシンだったが、そこからさらに減少していく。


(怪鳥の精核の分も残しておかないと! ギリギリだぞ! 資源リソース管理を誤るな!)


 だがディーヴァは、もう操者ブースの目前に達していた。

 怪鳥はこっちの思惑に気づいた様子はない。


(――いける!)


 成功の予感が頭を過り、魔が俺を魅入った。


”クエエエェェツッッッッーーーーーーーーーー!!!”


 突然ディーヴァを追いまわしていた怪鳥の頭が、俺に向いた。

 回避力に秀でたディーヴァではなく動きの鈍い俺を狙う、当然の判断だった。

 絶望が心臓を鷲掴みにする。


「マスターナイト!」


「マックス!」


「逃げろ、アスタ!」


 不可能を叫ぶ。

 怪鳥の炎息ブレスの範囲、熱量、速度、どれをとっても人間に回避できるものではない。

 数秒後には俺もアスタも、消し炭すら残さず蒸発しているだろう。

 そして――。


 轟っっっ!!!!


 一切の慈悲も躊躇ちゅうちょも加減なく、炎が吐かれた。


『”そうぞう” しろ、マスターナイト!』


 少女の声が脳内に響き、彼女が俺のために温存し続けたアーカイブが展開された。

 アクセスが可能になった拡張記憶領域に、ひとつだけあったアーカイブ。


 想像イメージ――創造クリエート


 量子の煌めきが身体を包み込み、瞬時に顕現化ナノ・クリエイトがなされる。

 俺は立ち尽くすアスタを抱え上げ、跳躍した。

 電磁カタパルトで射出されるような勢いで俺の身体は、闘技場上空一二〇メートルに達した。

 瞬間的に三〇Gを超える荷重がかかり、意識を失うアスタ。

 自由落下のあとに降り立ったのは、炎息が直撃したのとは反対側の観客席だった。

 着地の衝撃は、踏み台から飛び降りたよりも軽い。


「こ、これは……?」


 俺は自分の身体を包む漆黒の ”鎧” を見て、呆然と呟いた。


「――そうだ。それこそ本当の一〇〇〇世代先の ”騎士の鎧ナイト・メイル” 。装着者の潜在能力を無限に引き出す最新の量子強化外骨格ナノテクギアにして、対ルシファー・レイス究極決戦兵器。甲鎧の悪魔を駆逐するために生み出された最強の烏羽色の騎士ナイツ・デストロイヤー、”もたらす者ブリンガー” だ」


 ヘルメット内に、ディーヴァの高らかな声が響いた。


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