第48話 人形と ”終わりの始まり”

「マスターナイト、終わったのか?」


 深閑とした闘技場でディーヴァが訊ねた。


「ああ、終わった」


「結局、こういう結末か」


 むくろとなったルシウスを見つめて、アスタがどこかやるせなく呟いた。


「……兄様」


 パティが死んだ皇帝を出来るだけみないように、ギュッと俺に抱きついた。


 静まりかえった大闘技場。

 いや帝都ヴェルトマーグそのものから、時間が失われているのだろう。

 皇帝ルシウスの最期はディーヴァを通じて、都の全域に配信されている。

 二〇〇万の住人が自分たちの支配者の哀れな死、その一部始終を目撃したのだ。


 あまりの出来事に皇帝に次ぐ地位にある内大臣も、すぐには指示を出せない。

 たとえ出したところで近衛騎士はほぼ全滅している。

 一般の衛兵は闘技場全体に散っていて、俺たちに差し向けることなど出来るはずもなかった。


 当初の計画どおりこの機に乗じて光学偽装で姿を消し、脱出を計るべきだった。

 それで本当に、すべてが終わるはずだった。


 だが――。


 ピピッ!


 =======

 知力+α↑

 =======


「どうしたのだ、マスターナイト?」


「なにをしている、早く脱出しよう」


「……マキシマム兄様?」


 三人の声が届かないほど、俺は困惑していた。


 は立ったはずだ。

 は回収されたはずだ。

 は倒され、物語はを迎えたはずだ。


 それなのに――この激しいはなんなんだ?


 自分の中で膨張する不気味で不快な感覚に、俺は身震いした。

 それは理論を超えた直感だった。


 なんのが立てられていない?

 なんのが回収されていない?

 なんのが起きていない?


 メタ高次元的思考がどこまでも加速して、これまでに起こったあらゆる事象を俯瞰ふかんする。

 物事をメタ的に考える悪癖が招いた混乱なのか?

 最近話しかけなくなったIFイマジナリーフレンドたちが、ヘソを曲げたか?


 いや、違う。

 絶対に違う。

 この違和感には確かな理由が、源がある。

 それはなんだ?


 ピピッ!


 =======

 知力+α↑

 =======


 あの広大な ”甲鎧の迷宮地下墳墓” で朽ち果てていた司祭ミイラの正体は?

 二年前に死んだという、イゼルマの皇族らしいあの司祭の正体は?


 ディーヴァの拡張記憶領域に残っていた ”……ルシ” という文字列の意味は?

 まさか本当に、そこで屍を晒しているルシウスのことだったのか?

 そんなご都合主義偶然がまかり通るのか?


 そして、そして――。

 

 そしてなにより、そのルシウスは


「パティ、ルシウスはどうして君を――」


 ドスッ!!!


 抱きついているパティに顔を向けたとき、脇腹に衝撃が走った。


「――っ!?」


 激痛に目を見開く!

 視界に飛び込んできたのは、脇腹に突き刺さった鋭い短刀ダガー


「さすが兄様、よくお気づきになられました」


 短刀を握ったパティが、妖艶な微笑みを浮かべる。


「……パ、パティ」


「パトリシア!?」


「貴様っ!!」


「動くな、女に、人形。寸分違わず肝臓を刺した。短刀を抜けば、こやつはたちまち出血死するぞ」


 俺に刃を埋めたまま、パティがアスタとディーヴァを牽制する。


「なぜだ……パティ」


 俺は激痛よりも、驚きと悲しみに動くことができない。


「答えが見つからないときは逆に考えるのですよ、お兄様」


「な、なに……?」


「皇帝がわたしを側に置いていたのではありません。


「――!?」


「すべての元凶は、やはりお兄様なのですよ」


「どういう意味だ!?」


 驚愕に声を出せない俺に代わって、アスタが怒声を浴びせる。


「このマキシマム・タイベリアル・サークこそが、すべての起因。始まりなのだ」


(……お、俺が?)


「……説明を要求する」


 ディーヴァの押し殺した声に、パティが満足げに語り始めた。


「すべては前回の帝覧闘技ていらんトーナメントで、マキシマム・サークがオーギュスト・サルベインを破ったときに始まったのだ。オーギュストは敗北を恥じ、そこに転がっている男との誓いを果たせなかった事実に絶望して、この国を出奔しゅっぽんした。惨めな柔弱漢が放浪の末に迷い込んだのが、太古の樹海の下に眠る ”墳墓” だった」


「……樹海の……墳墓……まさか……」


「くくくくっ、そのとおりだ。貴様とその人形が見つけたあの干涸らびた骸こそ、オーギュスト・サルベインの成れの果てだったのだ」


(……あのミイラが……オーギュスト……)


「墳墓の最奥にたどり着いたオーギュストが目にしたのは、巨大な棺だった。飢渇きかつに果てる寸前だった奴は、そこに神の姿を見たのだ」


「神だと!?」


しかり。貴様たちから見れば一〇メートルを超える棺だ。蒙昧もうまいな人間が見出すならば神や悪魔のが関の山だろう」


 アスタの言葉に、人間どころか神や悪魔すら低俗なもののように嘲笑うパティ。


「愚かなるオーギュスト。矮小なるオーギュスト。悲壮なるオーギュスト。死の淵に立ちながら奴は、恋人から贈られた衣をまとい嘆願した。


『力を与えたまえ! マキシマム・サークへの復讐を果たし、名誉を回復する力を! さすれば我が生涯の信仰を捧げん!』


 くくくっ! はははっ! 哀れ哀れ、まさに妄執もうしゅうよな! ――だが、その執念が ”我” を呼び起こした!」


 パティの……あのパティの顔が、狂喜に歪む。


「もっともその妄執とやらも侮れぬやもしれぬ。死してなお己の仇敵の気配を感じ、眠っていた墳墓を目覚めさせおまえを引きずり込んだのだからな。奴め怨霊となって我の身体に取り憑きおったわ」


(オーギュストが俺を墳墓に引きずり込んだ……? 怨霊になって取り憑いたって、身体ってあの魔王のことか……?)


「……パティ……君は……いったいっ……!?」


「まだ解らぬか? 我こそは、あの墳墓に眠る者たちの最後のひとりなり!」


 哄笑するパティ。

 その言葉の意味するところは――。

 彼女の言わんとするところは――。


「……パティが…… ”顔と名前のない人々古代ハイセリア人” ?」


「な、なんだと!?」


 俺の呟きに驚きと、それ以上に怯えの声を上げるアスタ。


「惑わされるな。パトリシア・サークがあのような場所にいるわけがない」


さかしい人形だ」


「……ディーヴァの……言うとおりだ。パティが……あんな所にいるわけがない……おまえはパティじゃない……本物のパティは……妹はどこだっ!?」


 ふんっ、とディーヴァに蔑んだ視線を向ける自称古代人オールド・ハイセリアンを問い質す。


「逆に考えろと教えた。確かにパトリシア・サークが彼の地を訪れたことなどない。それどころかタイベリアルから出たことすらな。だからわたしの方からこの娘の元を訪れたのだ」


「……なんだと?」


「わたしはこのような事態を想定していた。だから眠りに就く前に数多の扉を作り、世界中に散らしておいた。そしてそのうちのひとつが貴様の城にあったのだ」


「……どういう……ことだ?」


 答えに行きついたのは、俺ではなくディーヴァだった。


「……タイベリアル城の隠し部屋か」


「賢しい人形め」


 再び、パティ……いやパティの姿をした ”何か” が吐き捨てる。


「そうだ。その男の父親が蒐集した品の中にわたしの扉があったのだ。この娘は母親と父親を相次いで亡くしてから、悲しみと不安に苛まれていた。だからわたしは扉を通じて、夜な夜な優しく語りかけてやったのだ。


『お話をしましょう』『お友達になりましょう』――とな。


 そしてこの娘は隠し部屋へと吸いよせられ、蝶が蜘蛛の巣に掛かるようにわたしに絡め取られた」


「……貴様っ!」


「わたしを憎むのはお門違いだ、。貴様が正しくこの娘と向き合っていれば、兄としての役目を果たしていれば、わたしの付け入る隙はなかっただろう。最初に言ったはずだ。すべては貴様から始まったと」


 お、俺のせい……?

 確かにあの時マキシマムはパティのことよりも、家督を継いでマーサを得たことを喜んでいた……。


 俺が……俺が……ちゃんとパティを見てなかったから……。

 俺がちゃんと、パティと寄り添ってやらなかったから……。

 だから、パティは……。


ほうけるな、マスターナイト!」


 ディーヴァの叱咤が、俺の意識を覚醒させた。

 舌打ちしたパティが勢いよく俺から短刀を引き抜くと、噴水のような鮮血を浴びることなく、とんぼを切って軽やかに後方に飛び退る。


「……ぐっ!!!」


「マスターナイト!」


「マックス!」


 両手で傷口を押さえ血だまりにうずくまる俺に、ディーヴァとアスタが駆け寄る。


「ははははっ! 無様だな、鬼畜騎士!」


 ピピピッ! ピピピッ! ピピピッ!


 ==============

 呼吸 ↑↑↑

 心拍 ↑↑↑

 血圧 ↓↓↓


 CONDITION RED !!!

 CONDITION RED !!!

 CONDITION RED !!!

 

 ALERT!!!

 ALERT!!!

 ALERT!!!

 ==============


 HUDヘッド・アップ・ディスプレイに表示される生命兆候バイタルサインが、緊急事態レッドアラートを喚き散らす。


「……パティは……パティはどこにいる!? ……正体を見せろ!!」


 苦悶に顔を歪めながら、階上から見下ろすパティの顔をした ”何か” に叫んだ。


「正体? 正体か――よかろう。我を甦らせた運命深き貴様の死出の旅だ。冥府でのせめてもの慰めに、その目に焼き付けるがいい!」


 次の瞬間パティの小柄な身体から、紅蓮の炎が噴き上がった。

 炎は瞬く間に大火となり、徐々にある姿を形作っていく。

 両翼を広げた神々しいまでの大鳳おおとり

 あれはイゼルマの……いやこのハイセリアの象徴……。


「「不死鳥フェニックス……っ!!?」」


 俺とアスタの喉から、驚愕と畏怖の呻きが重なり漏れた。


「いや、そんなものではない」


 だがディーヴァの答えは違った。


「「……え?」」


「あれは越次元侵略生命体、 ”ルシファー・レイス”」


「……ファー・レイス……」


「 そうだ、マスターナイト。わたしはあの化物を阻止するために、創造者クリエイターによってこの時空に送り込まれたのだ」


 最後のフラグが立ち。

 最後の伏線が回収され。

 そして今、最後のイベント戦いが開始される。


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