第26話 ロリッ娘と ”ムスカ大佐”

 柔らかい感触が……カサカサに乾いた……に……触れる……。


 何かが……少しずつ……注ぎ……込まれ……。


 その度……に……徐々に……甦る……意識……。


 注ぎ……込まれて……いるの……は……生命いのち……なの……か。


 死んで……しまった……俺に……生命が……注ぎ……吹き込まれて……いるのか。


 誰が……そんな……ことを……。


 誰に……そんな……真似が……。


 神……?


 女神……?


 …………女神ディーヴァ……?



 薄らと目を開けると、ディーヴァがキスをしていた。

 目を閉じ長いまつげが、俺の乾いてひび割れた顔に触れている。

 どうやら口移しで俺に生命を……水を注ぎ込んでくれていたらしい。


 すぐに動かなかったのは決して、もう少しこのままでいたかったからじゃない。

 単純に身体が動かなかったからだ。

 いや、ほんとだよ。

 もちろんこの至福の時間が、永遠に続けばいいとも思っていたけど。


 しかし、身じろぎひとつしなかったにも関わらず、ディーヴァは俺の意識が戻ったことを察知した。


 ああ、もう。


 ”接続” しているから、脳波の変化でわかっちゃうんだな。


「――マスターナイト! 覚醒したか!」


 パッと俺から顔を離すと、ディーヴァが表情を輝かした。


「…………ディ……ヴァ……」


 喉がガラガラで声が出ない。


「まってろ!」


 ディーヴァは自分よりも頭ふたつは大きい俺をヒョイと持ち上げると、そのままダッシュで近くの小川に運び、にして突っ込んだ。


「ガボガボガボガボッッッッ!!!!????」


「さあ、思う存分飲水しろ! マスターナイトには水分の補給が必要だ!」


 うへえっ!?!?

 女神のキスの次は、水責めの拷問すかっ!?!?

 スケベ心を出した罰が当たったっ!?!?


(ギブギブギブッ!!!)


 柔道の ”参った” よろしく、自分の身体をパンパンパンパン!


「そうか、美味か! そうだろう、そうだろう! 甘露かんろという液体があるらしいが、今のマスターナイトにはまさしくそういう味だろう!」


ぬ!!!)


 き、気づいて、生命兆候バイタルサインの異常に!

 こ、呼吸とか、心拍とか、血圧とか、ヤバいでしょ!? ヤバいよね!? ヤバいんだよ!!


「む? 体内水分量が回復するよりも先に、心肺停止に陥りそうだな。――すまないマスターナイト。まだ飲水を続けたいだろうが、一度中断するぞ」


 ザバーーーーーッッッ!


「ゲホッ!!! ゲホッ!!! ゲホッ!!!」


「どうだ、マスターナイト? すぐに補水作業を再開するか?」


「も、もう結構…………勘弁じでぐだざい…………」


「そうか。再開したくなったらいつでも言ってくれ」


 小川のほとりにドサッと投げ出された俺は大の字になって、ゼエゼエゼエゼ! と、鍛冶屋の吹子ふいごのように息を乱した。


「し、死ぬかと思った!」


「確かに危険な状況だった。水分補給があと少し遅れていたら、生命維持が困難になっていただろう」


 微妙にズレている会話が懐かしい。

 俺はしばらくの間、荒い息を整え続けなければならなかった。

 そしてようやく呼吸が楽になったあとも、立ち上がることが出来ずにいた。


 試しにHUDヘッド・アップ・ディスプレイにステータスを出してみると、


 筋力 64/97 (33↓)

 知力 23/28 (5↓)

 瞬発 50/89 (39↓)

 持久 45/95 (50↓)


 どの項目も大幅にダウンしていた。

 比例して、

 

 筋肉量


 ……の減少も著しい。


「脱水から続いた過度の体温の上昇で、全身の細胞が大きなダメージを負ったのだ。減少しているナノマシンが再度増殖すれば、回復も早まるだろう。それまでは安静にしていることだ」


 うんざりする倦怠感の中、俺はうなずくしかなかった。

 最強の人間と最強のオートマトン。

 大魔王だってやっつけてしまう最強コンビが、水筒一本分の水がなかったせいで、ご覧の有様だ。


(……身体的能力や特殊なスキルがいくら優れているからって、それで最強だなんてうぬぼれもいいところだな)


 人間はどんなに強くても、最後は一滴の水に勝てない。

 確かな教訓として、胸に刻み込んでおくべきだった。


 俺はディーヴァによって近くの洞穴へ移され、体力の回復を図ることになった。

 小川はブナが生い茂る森を流れていて、一見するとアスタロテと分かれた原生林と見分けがつかなかった。



「ディーヴァ、あの遺構からどうやってここに出たんだ?」


 洞窟に身を横たえながら、ディーヴァに訊ねた。

 ディーヴァは水を汲み、火を熾し、獣を狩ってきて、甲斐甲斐しく俺の世話を焼いてくれている。

 洞窟はジメジメとしていて肌寒いので、パチパチと爆ぜる火はありがたかった。


物質転送テレポートだ。先のマスターナイトの選択は正しかったぞ。マスターナイトが選んだ右の通路の先には、この近くへ出る転移地点テレポイントがあったのだ」


 甲鎧の魔王を倒したあと巨大な棺は閉じ、再び両側の通路が現れたそうだ。

 俺が事前に選択していたのは右側の通路。

 本当にギリギリのところで、幸運の女神が微笑んでくれたらしい。


「そこに行けば、またあの遺構に戻れるの?」


ノーだ。再出現テレアウトは一方通行だった。こちら側からは戻ることはできない」


「……そうか」


「マスターナイトは体力が回復したら、あの墳墓トゥームを調査したいのか?」


「棺の前にあった遺体が気になるからね……」


 わずか二年前に死んだという、あの司祭。

 イゼルマ皇家の人間らしかったが、いったい何者だったのだろう?

 どうやってあの場所に入ったのだろう?

 他にも仲間はいたのだろうか?

 いたのだとしたら、その仲間はどうしたのだろう?

 やはりあの遺構で死んでいるのだろうか?

 それとも――。

 

走査スキャンで得た情報は保存してある。回復後に分析してみるといい」


「どちらにしても、あの場所はそっとしておいた方がいいよ。今の人間の手には余りすぎる……」


 目にしてきた驚異的な光景が思い浮かぶ。

 あんな場所が他の人間に知られれば、いずれこの世界ハイセリアに災いをもたらすだろう。


「ムスカなんかに渡すべきじゃない」


「懸命な判断だと思う――最後の言葉の意味はわからないが」


「それも元気になったら話してあげるよ」


 そうして、俺は目を閉じた。

 焼いた鹿肉の香ばしい残り香が漂う中、強い睡魔が訪れる。

 喉の渇きはない。

 お腹も膨れている。

 ディーヴァがいてくれるので、危険もない。


 考えなければならないことは、無数にあった。


 現在位置の確認。

 イゼルマ自国への帰還の方法。

 巨大な棺の前で大魔王を甦らせた司祭の正体。

 ディーヴァが覚えていた ”ルシ……” という文字列の意味。

 イゼルマに戻れれば、何か分かるだろうか。


 アスタロテは無事だろうか。また会うことが出来るだろうか。

 ロイド、ボーラン、カリオン、それにモーゼス。

 みんな逃げ延びることが出来ただろうか。

 記憶の中でしか知らないパティは元気だろうか。


(……元気になったら、タイベリアル故郷に帰らないと)


 それが眠りに落ちる前によぎった、最後の思いだった。


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